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終わりへの始まり

 地下牢に入れられる際、リームは腰に下げていた剣を、アランはその手に抱いていた赤子と逃走用の荷物をそれぞれ取り上げられていた。


 二人が入ったのは別の牢、しかし隣り合ってはいたので言葉を交わすことはできた。


 「済まないな……俺なんかとぶつかったりしなければ」


 あるいはリームは牢に入れられることもなかったかもしれない、と。

 しかし、当の本人はその可能性を否定する。


 「村人は地竜を討伐してほしくなかった様子……どのみち揉めることにはなっていた……と思う」


 確かにな。

 アランはそう言うと


 「なぁ……ウチの村に伝わる話、聞いてみるか?」


 「どのみちやることはない。 興味もある」


 男が話したのは村に古くから伝わる伝承だった。

 何時のことかはわからないがはるか昔の話である。


 そのあたり一帯が大雨による洪水と土砂崩れが襲った。

 村は多くの犠牲者が出て、作物も大半を収穫を待たずに失った。

 その年はとにかく天災が続いたらしく、このままではこの土地も手放さざるを得なくなる……

 そんな時だ、地竜が現れこう言った。

 「この地に降り注ぐ禍は我が沈めた。 しかし我が居なくなればその限りではない。 この土地の安寧を守りたくば人を差し出せ。 若い女が良い。 まだ肉が柔らかい女の赤子を差し出せ」


 「その言い伝えを未だにこの村の人間は守り続けている。 地竜の加護がなけりゃ村が滅ぶかもしれないしな。 実際地竜は居るんだから伝承も嘘じゃないんだろう。 俺もその姿は見たことがある。 恐ろしい姿だった……あまりにも大きくて見上げないと全身が見えないんだ。 一歩歩くたびに大地が揺れるんだ。 人間なんかその一撃で大勢蹴散らされるに違いない……」


 「それはいい……」


 「え?」


 (それはいい? 良い? つまり好意的に捉えている?)


 この文脈で何でそんなことになるのか?

 アランは疑問に思いはしたが、とりあえず話を進める。


 「そんなわけでウチの村では毎年一人、女の赤子を人質に差し出しているんだ」


 「それが……お前の抱えていた子供……?」


 「ああ、アリスっていうんだ。 一人娘でな、今年女の赤子はアリスしかいない。 村を守るためなら是非もない、それはわかってるんだ……」


 「そういえば……母親は?」


 「病気で死んだ、あの子が生まれたときにな。 だからこそ俺がアリスを守らないと……そう思ってたんだけどな……」


 「そうか……それは羨ましいことだ」


 (羨ましい!? うらやましいって言ったのかこの女!?)


 気のせいかとも思ったがどうやら違うらしい。

 アランはつい声を荒らげる。


 「羨ましいって何だよ羨ましいって!! 死ぬことが羨ましいか!?」


 「気に障ったのなら謝罪する。 だがこれは私の本心であって決して馬鹿にしているわけではない」


 「なんだよそれ……意味が分からん……」


 「簡単なことだ。 私は死ぬために冒険者をやっている」


 「そ、そうか……?」


 若者がよくなる奴だ。

 アランは知っている。

 まだ世の中のことをろくすっぽ知らないのに、なぜか世を儚み死にたいとか言い出す若者がいるということを。


 「なあ、俺とお前はついさっき会ったばかりの他人で、なんで死にたいと思ってるかもわからんが、一応の年長者として言っておくぞ。 一体何に絶望したか知らんが、世の中はお前の知ってることだけがすべてじゃないんだ。 ほかに慈しいものはいくらでもある。 冒険者やってるんだろう? もっと世界をいろいろ見てから死に場所を探してもいいんじゃないか?」


 それは自身の経験から来るものだった。

 アランもかつては自分のいる村の田舎独特の閉塞感に嫌気がさし、周囲に反発ばかりしていた。

 やがて自分の周囲だけが世界のすべてと思ってそれに絶望し、生きる気力も次第に失われていった。

 それを変えてくれたのが彼の今は亡き妻であったわけだ。

 リームがどういう境遇にいるのか解らなくても、アランは彼女をかつての自分に重ね、より良い方向に導こうとしていたのだ。

 しかし、リームの反応はアランの想定するものとは全くことなるものであった。

 というのもだ、


「ふっ、ふふふ……」

 

 彼女はアランの言葉を聞いて、笑ったのである。


 「な、なにがそんなに可笑しいんだ?」


 「いや、そういえばそうだったな。 認識の相違という奴だ。 自分の常識は他人の非常識とはよく言ったものよ」


 「何を言って……?」


 リームが何を言ってるのかアランにはまったくわからない。


 「気にするな、貴重な先達の意見として聞くさ」


 「そうか? ならよかった。 良かったのか? まあいいか……ところでアンタ冒険者って言ったよな? 金さえ払えばどんな依頼でも受けてくれるのか?」


 「どんな……というのは正確ではないな、受けるかどうかは本人の意思一つだ。 それに本来はギルドを通して行うものだしな。 何か依頼したいことでも?」


 「娘を……アリスを外に連れ出したい。 村の掟云々とは関係なく、外の世界を見せたいんだ。 ここじゃどうしたって狭い世界しか見れないしな。 アリスは必ず取り戻すが……もし俺の身に何かあったら……アリスのことを頼みたい。 村の人間を信用してないわけじゃないんだが、こんなことになったしな。 報酬は俺の家にあるものを好きに持って行ってくれ。 手持ちが限られていたからまだ家にいろいろ残してるんだ。 大した額になるとも思えないが……」


 「今日会ったばかりの人間に言うこととは思えん」


 「まったくだ。 だが村の連中は…… 信じられるのはアンタしかいないんだ」


 「受けるかどうかの前に一つ聞きたい。 何かあったら……と言ったな? お前はどうするつもりだ? まさか……」


 「落とし前の一つもつけないとな。 この村のことが嫌いなわけじゃないんだ。 さてと」


 アランは立ち上がり、スタスタと歩き出した。

 リームは彼が何をしようとしているのか、牢の壁越しでは見えないがただ徒に歩き回るというのではないだろう。


 「何をする気だ?」


 「決まってるだろ、ここから出る。 もうすぐ日も沈む。 地竜は今日の夜には村に来てアリスを喰らいに来るだろう。 そんなことはさせられない」


 「ではどうする? ここからどうやって出る?」


 「この牢は罪人を閉じ込めるためのものだが、村でそんなに罪人なんて出ない。 だから普段は親の言うことを聞かない悪餓鬼を閉じ込めるのに使うのさ。 かくいう俺も何度もここに放り込まれた。 そこで学んだのさ、ここの錠の開け方を」


 実はアランはここに入れられる前、正確には村人に捕まえられる前に針金を懐に忍ばせていた。

 荷物と(アリス)は奪われたが、身体検査まではしなかったからここまで持ち運ぶことができた。

 その針金を錠穴に差し込み少し弄ると……


 ガチャン


 かくしてアランは牢から逃げおおせることができた。

 

 「悪いが時間が無い。 この針金はやるから自分で出てくれるか? 慣れないと時間はかかるがそんなに難しいことじゃない」


 そう言ってアランはリームをおいて走り出した。


 「娘を頼むと言いつつ自力でここから出ろ、か。 無茶苦茶を言う。 だが……」


 リームは徐に服を脱ぎだした。

 脱いだ服は鉄格子の隙間から牢の外側へと放り出される。


 「いいだろう……精々私のやり方でやらせてもらうとしよう」


 リームはその手を鉄格子の隙間まで伸ばし……そして……

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