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終わりなき始まり

 「天に居ましましわれらが神よ……悩み苦しむ無垢な娘にどうか救いの手を…………」


 とある国のとある港町……海からは離れた丘の上に立つ領主の屋敷の一室で神官が必死になって神への祈りをささげ続けている。


 「げほっげほ…… はぁはぁはぁ…… ぜぇぜぇ……」


 神官が祈りをささげる先では一人の女性がベッドに横たわっていた。

 もちろん眠っているわけではない。

 苦しそうに咳き込み、息を切らし、時折血も吐き出している。


 彼女の身に起こっていることは単純明快、病だ。


 生まれつき病弱な彼女は生まれてこの方、ずっとこんな調子、何の拍子で死ぬともしれない、まさに綱渡り、それが彼女の今日までの人生だった。


 そんな状態では外を出歩くことも、誰かと話をすることもできず、周りの同年代の女子が嫁に行くなか、彼女の状態ではそんなことができるはずもなく、死を待つような日々であった。

 そんな彼女のことを両親も哀れに思い、母はこんな身体で生み落としてしまったことを毎日のように詫び、領主である父は治療法を探して東奔西走。

 しかし、今日に至るまで有効な治療手段を見つけることはできず、今祭壇で祈りをささげる神官も、藁をもすがる思いで呼び寄せたのである。


 呼び寄せたのであるが………






 「申し訳ありません。 全力を尽くしましたが……力及ばず……」


 残念ながら、彼女を救うことはできなかった。


 ちなみにこの神官、この国においてはかなりの高位の神官であり、これまでに救ってきた人間は数知れず、当人にとってもここまで何もできなかったのは初めてのことだったりする。


 「いえ、構いません、こんなところまで足を運んでいただいてありがとうございました……」


 そう言って両親は神官に頭を下げた。

 その顔には諦観が見て取れた。

 何度も何かに縋り付いて……そして裏切られたのだろう。


 そんな夫婦に何か言おうとして……結局何も言えずに、神官は馬車に乗り、去っていった。


 「ああ……神よ……」


 妻はそれでも神への祈りを続け、その場に突っ伏し、父は下を向いて唇をかみしめた。

 娘はその姿を屋敷の自室のベッドの上で窓から見ながら、息苦しさに苦しみ続けるのだった。


 そしてその日の夜。


 漁業で繁栄したその街の港は日夜漁船が出入りし、大量の魚が運ばれてくる。

 故に常日頃威勢のいい男衆の声が鳴りやむことはないのだが、その夜はどこか様子が変であった。


 それとほぼ同時刻、領主の屋敷に若い漁師が駆け込んできた。

 その行為自体本来なら咎められるようなものであるのだが、その漁師のただならぬ様子に領主は謁見を許した。


 「いったい何事だ? 港のほうで何か問題でも……」


 領主がその言葉を言い切るよりも早く、息を切らしながら漁師は口を開いた。

 

 「い、今……港に………」


 「!!」


 彼の言葉を聞き、領主はすぐさま港に向かった。


 


***




 いまだ、ざわつきと興奮が入り混じる港、漁師たちや近くの住人までも一か所に集まって、ナニかを取り囲んでいた。

 そこに領主が馬車から降り立ち、人々の目は彼へと移る。


 「アレが出たというのは本当か!?」


 領主が尋ねると、二人のとこが彼の前へと歩み出た。

 一人は白髪交じりで、それでも筋肉質な男性漁師、もう一人は漁師の中にあってだいぶ細腕で(というか漁師ではなく、港を仕切っている代官)であった。


 「この漁師が捕まえました。 弱ってはいますがまだ生きています」


 そう代官が言うと、領主は彼には一瞥もくれずに人だかりの中へと進んでいった。

 モーセよろしく人が左右に分かれると、その先にソレはいた。


 上半身は人、紛うことなき人間の女性、しかし下半身は人のそれとはまったく異なっていた。

 銀色の鱗、大きな尾びれ……そう人魚だ。


 人と魚の合間に位置する人魚には様々な伝承がある。

 

 曰く、海難の前兆である。

 曰く、その歌声で人々を惑わす。


 曰く、その肉は万病に効く、と。


 魚網に捕らわれている人魚は憎しみのこもった眼で領主を見ている。

 

 「愚かな人間どもが……我々に牙をむくということがどういうことかわかっているのか……」


 「例え神に盾突くことになろうとも手に入れたいものがあるのだ……」


 領主の手が人魚のもとへ延びる。

 人魚は何を想像しているだろうか……

 少なくとも想像しうるすべての可能性の中で最も恐ろしいことであるのは違いない。

 

 なぜなら領主は先ほど自分でも言った通り、神にすら盾突く覚悟ができたのだから……………










 翌日、その港町は津波に襲われ、そして壊滅した。

 たまたまその地を訪れた行商人が見たのは大きな波にさらわれ、水浸しとなり、もはや原型などありようもない家々や建物であった。

 生存者がいるのかも怪しく、そもそも一体どれだけの人間が被害を受けたのかそれを割り出すこともできず、名乗り出る者がいなかったことからおそらく全員が亡くなったのだろうと考えられた。

 不思議だったのは、丘の上の領主屋敷をも飲み込む大波だったというのに、隣の港町には一切被害がなかったことだ。

 それどころか、一報を聞くまで大波のことなど全く知らなかったという。


 何かの祟りだ、などと言う噂もあったが生存者がいない以上真実がわかりようもなく、街を襲った大災害として後世に伝えられた。


 それでもそのあとに人が移り住み、復興しまた港町として栄え、いつしか災害の記憶も風化していくのだった。




 それからまた時は移ろいでいって………………




***




 「ハァハァ……」


 森の中を男が走る。


 人の手が一切入らず、草木が好き勝手に生え不安定な足場であるにも関わらず。

 その手には赤子を抱えて。


 「もう少しだ…… 街道に出てしまえばきっと……」


 誰かに見つけてもらえるかもしれない……

 そんな男に、希望と絶望が同時に訪れる。


 「街道だ! ここなら…… わっ!」


 男は目論見通り森を突っ切り、街道に出ることができた。

 しかしながら、そこには誰かいたようで、男はその人物と真正面から衝突した。


 「おっと危ない…… すまない、先を急いでいたので……?」


 ぶつかったのは少女だった。

 年にして15,6くらいのまだ幼さが残る少女である。

 にも関わらず、その少女は他のそれとは何か異なる印象を抱いた。

 なぜだろう?と男がその顔を除けばその理由がわかった。

 美少女ではあるのだが、あまりにも生気がないのだ。

 このくらいのうら若き年頃といえば、もっと自分のこととか将来のこととか、人生楽しくって仕方ない!とか思うものではないのか?


 多少男の主観と偏見が入ってるとはいえ、目の前の少女はあまりにも暗く、沈んだ顔をしていた。

 目が死んでいる、とは彼女のようなことをいうのだろう。

 あくまで他人、しかしあまりにも危うい存在に見える少女を放ってはおけなかった。


 「ここで……何をして……?」


 初めに口を開いたのは少女のほうだった。

 そこで男は自身の目的を思い出した。


 「い、いきなりぶつかって済まない。 その……急いでたんだ。 ちょっと急用っていうか……失礼」


 男はこんなところで油を売っている場合ではなかった。

 彼はとにかく近くの町に急いでいたのだ。

 しかし、残念ながら少々遅かったようだ。


 「いたぞ!」


 そんな声が後ろからして間もなく、男と少女は囲まれてしまった。

 そしてそろって近くの村まで連れていかれるのだった。






**********






 男と少女は村の広場のようなところに連れていかれた。

 拘束の類いはされていないが、囲まれているので力づくでの突破はできない。

 そこにやってきた老人の男性、その振る舞いから察するにそれなりの立場にいることが推察される。


 「アラン……どうしてこんなに愚かなことを……」


 「村長……」


 村長と呼ばれた老人が男、アランに向けるものは呆れと憐憫を含んだものだった。


 「自分の娘を大事に思う気持ちは重々わかる。 しかしこれは村の掟、儂らも見殺しなんぞ本当はしたくない。 だがここに住まう村人を守るため。 わかってくれ」


 村長はアランにそう声をかけると、今度は少女のほうに顔を向けた。


 「して貴女は?」


 「リーム=スターク。 冒険者」


 「冒険者? 魔物を狩るとかいうあれですかな?」


 確かにリームと名乗った少女は腰に薄く細身の剣を差している。


 「魔物を狩る、だけではない。 護衛も、採集も行う」


 「アランとの関係は?」


 「先ほど出会ったばかりだ。 関係は無い」


 「ではなぜこのような田舎に?」


 「魔物を、地竜を狩りに」


 『地竜』、その単語がリームから飛び出た途端、周りを囲んでいた男衆が動揺を見せた。

 リームはそれを横目で一瞥、その存在を確認する。


 「ギルドより地竜の存在を聞かされたとき、眉唾と思っていたが、いるのだな? 近くに」


 「それを聞いてどうされるおつもりで?」


 「その答えだけで十分。 いるのなら狩る」


 リームはそう言うと立ち上がろうとする。

 それを男衆が武器(槍などのほか武器ではないが鍬なども)を出して抑えようとする。

 威嚇のつもり、それで退くと思ったが、リームはそんなの気にしていないようだった。


 「これはただの虚仮脅しか? それとも本気か?」


 「本気ですとも」


 答えたのは村長だ。

 彼もまた剣をリームに突き出している。


 「殺されては困るのです。 どのような経緯と考えを持ってこのような村までいらしたのかわかりませんが、我々の静止を聞き入れて下されないというのなら……」


 「殺すのか?」


 そう聞いたリームの表情は、その年齢に似つかわしくない凄みと、ほんのわずかな期待感が見て取れた。

 一瞬飲まれそうになった村長ではあるが、それでも彼女に向き直り、


 「それも止む無し……」


 「ならば殺すと良い」


 「は?」


 (この娘は何といった? 殺せば良いと言ったのか?)


 村長にとってその答えは予想外であった。

 いや誰だって殺せ、などと言う輩がいるなんて考えもするまい。


 (我々が殺せないと高を括っているのか? 飽くまでもハッタリであると……)


 そんな考えが村長の頭をよぎる。

 しかし、リームは立ち上がると淀みない足運びで村長のもとまで歩を進める。

 いつの間にか剣も腰から外し、両手も広げている。


 「如何された? 私は本気。 抵抗もしない。 斬るも良し、刺すも良し。 ここで私が野垂れ死んだとて探す者もいない……」


 そう言いながらリームはゆっくりと村長に近づいていく。

 目をかっぴらき、ゆっくり歩いてくる様は、長いこと生きている村長をもってしても言い知れぬ恐怖を感じた。


 「人殺しが恐ろしいか? ならばその剣をそのまま持っていればいい。 そうすれば私が歩けば勝手に刺さっていく」


 村長は未だ剣を構えたままであった。

 なので、リームの言う通り、彼女がそのまま歩けばいずれその胸に刺さることは間違いない。


 しかし本当に?

 リームの言うことがすべて正しいのならば彼女は進んで自ら命を投げ出すと言っていることになる。

 さきほどまでの発言と一致していることはしているが、だからこそ信じがたい。


 何で目の前の娘はこうも簡単に命を投げ出すと言っているのか?

 そして本当に投げ出そうとしているのか?


 村長が目の前の少女の醸し出すオーラのようなすごみに飲まれ始めたとき。


 「うわああぁぁぁぁ!」


 後ろを取り囲んでいた男たちがリームに飛びかかり押さえ込む。


 「村長! あんな小娘に丸め込まれるな!」


 「む……あ、ああ……」


 正気に戻った村長は剣を下ろし、アランとリームを地下牢に連れていくよう命じる。


 その最中、並んで歩かされたアランの耳に女の声が聞こえてきた。

 女の声の主なんて一人しかいないのだが、曰く


 「ああ最悪だ……また死に損なった……」


 との恨み言であった。

続きは翌日更新となりますのでよろしくお願いします。

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