プロローグ
その日はいつも通りの日常だった。通勤時間になると電車はサラリーマンや学生でぎゅうぎゅうづめになるし、仕事や学校で昼間は大体の人が働いている。
朝日高校の二年四組でもいつも通りの光景があった。あるものはスマホゲームに熱中したり、またあるものは友達と世間話や恋ばなをしたりしている。みんなどこかしらのグループに所属しており、うまくクラスにとけ込んでいる。
だが、一人だけクラスにうまくとけ込めないものがいた。金髪金眼で高身長、日本人というよりも外国人と言った方がしっくりくる容姿の男だ。
彼の名前は白崎要、つい一週間前にこの学校に転校してきたばかりの転校生だ。彼は外国人と間違われがちだが、実際は母親が外国人で父親が日本人のハーフである。
要はどうすればこのクラスに馴染めるのかを考えていた。クラスメイトとは少し話す機会があるのだが、どうにもうまくいかない。自分の趣味とクラスメイトの趣味が合わず、どうにも話すネタがない。だからといってコミュニケーション能力が高い訳でもない。
要は今日も皆とうまく話せない事に対してため息をついたその時、
ヴォォォォン
二年四組の教室の床に魔方陣が展開される。クラスの誰もがその突然の出来事に戸惑い、硬直する。
そしてまばゆい光が教室を包み__
気づいたら大広間にいた。天井には豪華なシャンデリアがあり、壁の模様や床を見る限りここはお城の中だろうことがわかる。
(なんだここは……)
急なことで戸惑う要とクラスメイト。徐々にざわつきが大きくなっていく。
「どこだよここ!」
「家に帰らせろ!」
そう叫ぶクラスの中心にいるような男子が声を荒げる。それが種火となり抗議の声がどんどん広がっていく。
(ここは異世界だとして……いったい誰が召喚したんだ……?)
要は冷静に頭を働かせて考える。この世界のこと、よばれた意味、もとの世界に帰る条件……
抗議の声がどんどん大きくなるなか、不意にドアの開く音がする。この場にいる全員が視線をドアにスライドさせると、そこにはピエロがいた。もとの世界でよく見るような、何の変哲もないピエロ。
静まりかえる大広間でピエロはカツカツと音をたてて真ん中に歩いてくる。ピエロ以外の全員は思わず身構える。
そしてピエロは二年四組の生徒の前に立つと、口を開き始めた。
「やぁ皆さん、僕の箱庭へようこそ。早速だけど、君たちには生き残るための職業を与えるよ。」
要も他の生徒もみな、一瞬訳が分からなかった。
「あの、どういうことですか?僕の箱庭って。それに職業って。」
手を上げて質問するのは四組の委員長である神崎春斗だった。春斗は容姿端麗で性格がよく、女子からは王子様のように慕われている。
「僕の箱庭っていうのはこの世界を端的に表しているんだよ。ここは異世界だけど僕が創った世界だよ。だから僕の箱庭。」
このピエロは信じられない言葉を発した。僕の創った世界……自分を神とでも言いたいのだろうか?
「次に職業だけど、これから君たちが生き残るために僕から与える力のことだよ。職業ごとに特徴があるけど……それは与えてから話そうか。」
ピエロはそう言うと、指をパチンと鳴らす。その瞬間、クラスの一人一人が光に包まれる。
「これは……?」
光がひくと要の服装が変わっていた。制服姿からファンタジーの世界でみるような服装に変わり、腰には短剣が吊るされている。要はしきりに手を開いたり閉じたりさせる。
(なんというか……力が溢れてくる。)
いつもより体が軽く、不思議と万能感がある。
要が視線を他に送ると、クラスメイトもみなそれぞれ違う格好をしていた。
「基本的な職業の説明を始めようか。例えば、勇者だと全ての能力が平均以上だし、魔術師だと魔力関係が高かったり__」
ピエロの基本的な職業の説明はよくあるゲームの職業の特徴と同じだった。
クラスのほとんどがその説明に耳を傾けていたが、一部生徒、ファンタジー系ゲーム経験者は聞き飽きたと言わんばかりにピエロを馬鹿にするように見ていた。
やがて、説明が終わるとピエロは一呼吸おいてから再び話始める。
「さて、気に入ってくれたかな?ちなみにスキルや自分がどの職業なのかを知りたければ提示と唱えれば出てくるよ。閉じたい場合は棄却と唱えればいいよ。」
要はピエロの言葉通りに唱えてみる。すると要の目の前にステータス画面が表示される。
(えっと……職業はレンジャーか。スキルを見る限り支援系の職業みたいだな。)
要はため息をこぼして画面を閉じる。
彼は正直この状況が憂鬱だった。少ししか分からないが、どこかの本で見たような状況。突如として異世界に召喚され、そこで生活する……もとの世界にいつ帰れるのか分からなくて不安だ。こんなものでモンスターを狩れる気がしない。
「一つ言い忘れていたけど、この中にはチート能力を持った人もいるんだよ。それは誰かは言わないでおくけど。さて……肝心な事を話そうか。」
ピエロは懐から拳銃を取り出し、自分のこめかみに当てる。その瞬間、この場の空気は凍りつく。
「君たちがここからもとの世界に帰る方法は一つ……僕を殺すことだ。こんな感じにね。」
ピエロは銃の引き金を引く。バンと大きな音がしてピエロは仰け反る……が、死なないどころか倒れない。
「このように、僕を銃なり剣なり魔法なりで殺せばここからもとの世界に戻れるよ。……ん?なんで死なないのかだって?だってこれに入ってるのは実弾じゃなくて空砲だからね。仰け反るのも演技だよ。楽しめたかい?」
そう言ってピエロはケラケラ笑う。この場にいるもの全てはピエロの意味不明な行動に恐怖をおぼえていた。
「あの!これにはなんの意味があるんですか!?」
春斗は皆の気持ちを代弁するかのようにピエロに質問する。
「意味?特にないよ。だってこれはゲームなんだから。それでも意味をあげてみるなら、君たちの恐怖する顔を見たいからだよ。」
ピエロは不気味に笑い、春斗を見る。この場の空気がどんどん重くなっていくのが要には感じられた。
(このピエロ、かなりヤバイ。俺達に能力を与えた事や、元の世界に帰る条件が自分にも関わらず俺達の前に出てきたことは、ゲームを面白くするためなのか……?)
要はピエロを見据え、思考を続ける。
(俺達をこの世界によんだ理由は、ただ単に恐怖する相手を殺したいからっていう風に思える。)
一同が固まるなか、一人の男子生徒が声をあげる。
「おい!そこのピエロ野郎、舐めてんじゃねぇぞ!!恐怖する顔を見る前にお前は死ぬんだよ!」
その生徒はいかにもチャラそうな雰囲気で、染めたであろう金髪に両耳にピアス、首からはネックレスがさがっている。
彼の名前は岡島、四組では危険人物と言われてきた男子だ。まだ転校して一週間しか経っていない要ですらも彼の噂をいくつか知っている位だ。
いわく、岡島は気に入らないやつは徹底的にいじめ、退学にする。薬物使用の疑惑があり、過去何度も警察のお世話になった。生粋のレイパーであり、彼が今まで強姦してきた女の数は2桁を越える。暴力沙汰が絶えず、病院送りにしてきた相手は数知れず。
岡島は普段は学校には来ないが、今日はちょうど暇なので出席していた。
「おやおや、それはどういう事かな?」
ピエロはおどけて笑う。その表情には余裕があった。
「どういう事だぁ?それはお前が一番わかってるんじゃねぇのか?」
そんなピエロの様子をもろともせずに、岡島はニタニタと笑っている。その瞳は弱いものをいたぶろうという意志が表れていた。
「お前さっき言ったよな~?お前を殺さないと帰れないって。殺されないとたかをくくってるみたいだがよ、俺達に力を与えたのは失敗だったみたいだなww」
「つまりは今ここで僕を殺そうと?やめておきたまえ、今の君たちでは勝てないよ。」
「はっ、強がりも大概にしやがれ雑魚が!お前なんて俺がいれば余裕なんだよw」
「ふーんどうやって僕を殺してくれるのかな?実に楽しみだ。」
「楽しんで死んでくれや、ピエロ野郎死ね!」
岡島がとった行動は、ただピエロに死ねと言っただけだった。
他の生徒はみな困惑している。そんなものでどうやって殺すのかと。
だが、信じられない事にピエロが倒れたのである。あっさりと無言で。うつ伏せに倒れたピエロは起き上がる気配がない。
「へへ、やってやった。」
困惑する一同をよそに、岡島だけは悦に入っていた。
「岡島くん、一体君の能力は……?」
春斗が問う。
すると、
「俺の能力は即死チートなんだよ。死ねと言えばなんでも死ぬ。最強だろ?」
岡島は自慢げに言った。
即死チート、その言葉に一同は息を呑む。
相手を言葉だけで即死させるなんて最強ではないか。この能力の前には誰であろうと勝てないと、この場にいるものは悟った。
「さてと、これで帰れるんだよな?とっとと帰って女でも漁るか。」
ピエロはもう死んでしまったので、これで帰れる筈だろうという安堵感が一同を支配していた。
「おい姫川、さっきの俺の活躍見てどうだった?惚れちまったんなら俺の女にしてやってもいいぞ?」
「はぁ?あんたなんかに惚れるわけないでしょ?」
姫川と呼ばれた女生徒は怠そうに岡島にかえす。
姫川明美は茶髪で軽そうな見た目のギャルである。ギャルとはいっても厚化粧や過度な着崩しをしているわけではなく、薄く施した化粧でこそ引き立つ艶のある白い肌、適度な着崩しでもキッチリ制服を着ても可愛く見える圧倒的な元のよさがあった。
「ちっ、つれねぇの。まっいいや、戻ったら女探すし。それよりもいつ戻れんだこれ?」
ピエロが死んだというのに一向に何も起きないことに岡島は不信感を募らせる。それは徐々に広がっていった。
「なんで戻れないんだ?」、「そいつ本当に死んでるのか!?」など、疑問の声は広がっていく。
「あぁ?死んでるに決まってんだろ?」
岡島は確認のためにピエロの死体に近づく。胸に耳を当てるが心音は聞こえない。
「てめぇ、死んでんのに帰れねぇのはどういうことだよ!!」
怒りからか、ピエロをげしげしと踏んでいく岡島。
と、その時、信じられないことが起きた。
「がはぁ……は?どういう……ことだ……?」
岡島の影から出てきたピエロが、持っていたナイフで彼の胸を刺したのだ。突然の事で困惑する一同。岡島以外は時が止まったように動けない。
「だから言ったろ?僕には勝てないって。」
ピエロはそう言ってナイフを抜く。岡島は息苦しそうに咳をしてピエロの方に向く。
「あれで勝ったと思ったかい?それなら失礼した。説明し忘れていたね、ピエロは人形だよ……本体は別にいる。」
「ふざけんな……くそが!!」
岡島は最後の力を振り絞るようにして叫ぶ。
「ピエロ野郎!!死にやが………」
最後の力でせめて目の前のピエロだけでも殺そうとした岡島を止めたのは、ナイフの一閃だった。惚れ惚れするような所作でピエロがナイフを振るうと、岡島の首から上が無くなった。
正確には、頭は切られた反動で上に飛んだ。ある程度の所まで上昇すると、今度は緩やかな回転をしながら地面へと落ちる。
そして、岡島の頭が地面についた瞬間、時は動き出した。
「キャアアアアア!!」
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
男子女子関係なく、悲鳴が上がる。大きすぎる恐怖に泣き出すものや胃の中のものを吐き戻してしまうものもでる。
(あのピエロは絶対に関わっちゃいけないやつだった……)
要は顔を真っ青にして思う。
(あいつは……岡島を殺すとき、笑っていた!殺しを心から楽しんでいるかのように!!)
この場にいる全員は、さっきの一瞬ともよべる戦闘で痛烈に悟った。このピエロには勝てないと……
「おっと失礼、首を跳ねてしまった。彼にはもう少し生きていてもらいたかったのだが……しょうがない。」
ピエロは惜しいといった声色で言った。
「彼にはとんでもないチートを授けていてね。有機物だろうが無機物だろうが関係なく殺す即死チートなんだよ。あと、殺意の感知もできたけどね……」
改めて能力説明されるとどれだけチートなのかが分かる。だが、今その説明をされても恐怖を駆り立てる要素でしかないことは明白である。
「本当にすまないね……君たちの一番の戦力を無駄にしてしまって。僕も成長した彼と殺しあうのを楽しみにしてたのだがね。」
ピエロは手に持っていたナイフを床に落として続ける。
「さて、丸腰の状態で話そうか。改めて説明しよう、君たちが元の世界に帰る方法は僕を殺すことだ……本体のね。で、まずはこの城の地下にある下水道を通って新しい城を目指してもらう。ひとまずは疲れてるだろうからこの城は好きに使ってもらってかまわない。個室はたくさんあるし、食料と武器、大浴場も完備だから休むといいよ。」
殺しのあった城で休む、そんな狂気じみた提案に一同はまた凍りつく。
「……では、皆さんの健闘を祈るよ。」
そう言って倒れるピエロ。
次の瞬間、倒れた2体のピエロの体がどんどん膨らんでいく。
「全員ピエロから離れろ!!」
その異様な光景にまずいと感じた要はとっさに叫ぶ。
その瞬間、2体のピエロは弾けた。肉片と血が勢いよく飛び散る。この部屋を濃厚な血の臭いと恐怖が侵食していく。
「あ………キャアアアアア!!!」
一人の女子生徒の悲鳴がきっかけとなり、恐怖がこの場の全員を伝染する。
「帰してくれぇぇぇ!!」
「たのむ!何でもするから!!」
「うっぷ、おえぇぇぇぇ!」
悲鳴と絶叫と泣き声で恐怖がアンサンブルする。血の臭いに耐えきれなくなり、吐くものが続出する。
「みんな!落ち着いて!」
この恐怖をなんとかしようと春斗がクラスメイトを宥めてまわるが、簡単におさまるものではない。
みんなが絶望にかられるなか、要だけはピエロだったものを見つめていた。
(絶対に……生き残るんだ……みんなで!)
このゲームを開催したピエロのふざけた動機が要の脳内でリフレインする。
(恐怖の顔を見るためだけに殺されてたまるか!絶対に生き残ってやる……!そして、あいつに然るべき報いを……!)
そうして、笑っているであろう奴を思って睨み付ける。
要が睨み付ける先には、誰かの血に濡れたナイフがあった。
この作品を見てくださってありがとうございます。
今回この作品は、なろう作品レビューをボーッと見てたらアイデアが浮かんできたので書きました。
こっちの投稿頻度は不定期になると思います。能力者の方を優先して書きたいので……。こっちはほんとに気長に待ってもらえるとありがたいです。