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不夜城に蝶は舞う  作者: 名月
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01-06

「……ん……?」


 翌朝。といっても11時を既に回っている。事務所の奥にあるベッドで寝ていた私は、不意に寝返りを打とうとして違和感に気づいた。同じベッドで寝ていたはずの椎名がいない。いつもなら文字通り叩き起こさないと起きない、必要に迫られない限りは決して自分から起きることはないぐーたら人間の椎名が、だ。流石に気になるので体を起こして部屋を見渡す。椎名はどうやら出かける準備をしていたようだ。鏡を見ながら髪の毛をセッティングしている。


「あら。出勤まで寝てていいわよ?私はこれからちょっと出かけるけど」

「もしかして、ナナの事?」

「まあ、ね。……ちょっと人に会いに行くのよ」


 少し目線をそらされる。どうやらあまり知ってほしくない何かがあるみたいだ。でも、ナナに関係のあることならば私も協力したい。早朝決めた方針ではここからは何もしなくて良いってことになったけど、まだ何かできることはあるはずだ。


「私もついてく。すぐ準備するから」

「無理しないでいいわよ?」

「別に、無理はしてないから。私だけ蚊帳の外にはされたくないの」

「別にそんなつもりはないけど……」


 分かってる。それは分かってるつもりだ。でも、自分の大切な後輩が事件に巻き込まれているのを外側から黙って見とくなんて私には耐えられない。それに椎名も、奏も、松葉さんも皆解決に向けて動いている。その中で私だけ足を止めたくはなかった。その思いが、私のエゴでしかないとしても。


「……まあいいわ。正午に約束してるの。さっさと準備してね」

「りょーかい。……ありがとね」

「いいわよ、このくらい。ただ、行ってから後悔しても知らないわよ」

「大丈夫よ、多分」


 *


 正午五分前。私と椎名は歌舞伎町の一角にあるビルの中の今はもぬけの殻になっているフロアに来ていた。入り口には不動産の「テナント募集」の立て看板があった。ここもきっと昔はキャバクラかホストクラブか風俗店か、まあそのあたりの何かがあったのだろう。


「ここは?」

「さあ?15年くらい前には何かあったらしいけど、私は何も知らないわ。――しっ、来たみたいね。いい? 愛名は後ろで立ってるだけ。受け答えは自己紹介くらいにしといて。後は全部私がやるから」

「分かった」


 コツン、コツン、と階段を上る靴音が聞こえてきた。その音は次第に大きくなり、急に途絶えたかと思うと、入り口のガラス戸が開いた。


「おい、連れがいるとは聞いてねぇぞ」

「まあ、私としても想定外だったので。大丈夫ですよ。私の助手ですから」

「そんなものを雇うくらいには、余裕があるってことか。変わったな。……名前は」


 松葉さんと同じくらいの年齢だろうか。かなり大きい図体は、どうやら昨日の連中とは違い筋肉の塊のようで、ボディビルダーと言っても通じるくらいだ。落ち着いた色合いだが、間違いなく一流ブランドものであろうというスーツを身にまとっている。眼光も鋭く、めが会うだけで射抜かれたかのような感覚が体を駆け巡る。とても椎名のように気楽にやり取りができる自信はなかった。この手の客は少なくともウチのキャバクラには来ない。行きつけの店があるのなら、それはほぼ間違いなく歌舞伎町ではなく銀座だろう。そのくらい、歌舞伎町には似合わない“高級感”をひしひしと感じる。ただまあ、それと同時に彼の雰囲気が明らかにカタギのそれではないことも同じくらいに伝わってきているが。


「……片桐愛名、です」

「ほう。……なるほどな」


 何が“なるほど“なのかは分からないけど、それを突っ込める空気感ではない。


「お久しぶりですね、赤羽根さん。会長はまだお元気ですか?」

「くたばってたら、とっくにアンタの耳には入ってるだろうさ」

「まあ、そうですね。ではよろしくお伝えください。近いうちに今度は土産を持っていきます、と」

「遠慮しとくよ。お頭はアンタのことが大嫌いみたいなんでね。アンタから土産なんぞもらったら、それが冥土の土産になっちまうだろうさ」


 軽妙にやり取りしているが二人とも表情は一切笑っていない。お互いに油断できない相手、と認識しているらしい。


「んで、目的はなんだ。ただ世間話がしたい、ってわけじゃねぇんだろ?」

「ええまあ。単刀直入に聞きます。お宅の顧客リストに、茅野菜々美、っていう名前が載っていると思うんだけれど。……どうかしら?」

「……それを、どうしたいんだ?」

「単純ですよ。その彼女の名前と、一緒に載ってるだろう彼女の父親の名前を、リストから消して欲しいんです」

「ほう」


 え……?想像もしていなかった展開に一瞬息が止まってしまった。つまり、この赤羽根と呼ばれた男は、昨日の奴らの……


「どうでしょう。こちらもそれなりの物を用意してますけれど。お互い、手札の消費は少ない方がいいと思いますよ?」

「ったく、これだからこの悪魔とやり取りするのは嫌なんだ。……とりあえず、見せれる手札を見せてもらおうか。話はそれからだ」

「ええ、もちろん」


 椎名が何やら封筒を手渡す。赤羽根と呼ばれた男はすぐに中身を確認すると、はあ、っとため息を吐いた。


「……負けだ。ある程度は突っぱねるつもりだったが、まさか最初っからこんなもん持ってくるとはな」

「あら、その程度で音を上げますか。まあ、ありがたいですけどね」

「ったく、減らず口を。まあ負けは負けだ。お望み通りリストから綺麗さっぱり消しといてやるよ。要件は終わりか?」

「今日のところはこれで。次はもう少し手札を見せてくれることを期待しておきますよ」

「そうかい。じゃ、さっさとお暇させてもらうよ。――片桐とか言ったか」

「え……?」


 唐突に名前を呼ばれる。


「こんな悪魔の助手なんて、苦労するだろ。同情するよ。ま、せいぜい愛想尽かれないよう頑張りな。見切られたら最期、社会的に死んじまうだろうからな」


 そんな言葉を残して、彼はこのビルを後にした。


 *


「何者なの、あの人」

「赤羽根恭一郎。指定暴力団赤羽根組の若頭よ。昨日の連中の元締めね」


 出勤までもうひと眠りする為に事務所に戻る道すがら、あの男の事を椎名に聞いてみる。


「なんでそんな人と知り合いなのよ」

「……詳しくは言わないけど、昔、愛名とまだ会う前に赤羽根組とは少し小競り合いをしたことがあってね。その時の縁よ」

「暴力団と小競り合い、って…… まあ今さら驚かないけど」


 椎名の過去はつくづく謎に包まれている。まあ、それを無理に聞く気はないけど。私だってそれなりに秘密はある訳なんだし。にしても、私と負けず劣らず、いやそれ以上の波乱万丈な人生を送ってきているみたいだ。


「で、何を渡してたの?」

「それも秘密。……まだ愛名に嫌われたくはないもの」

「……聞かなかった事にしとく」

「ありがと」


 本当に、謎の多い人だ。この椎名美咲という人物は。


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