01-03
「ふう。……それで?今度はいったい何に巻き込まれてるのかしら?」
どうにか車まで逃げてきた後、椎名に開口一番にそう聞かれた。どうにか目の前の危機は脱したけど、事態は全く解決していない。急がないと、ナナの身に何があってもおかしくない。
「ごめん。説明はいったん後にさせて」
「……分かったわ。その目つきからして、急いでるのは分かったし」
「あれま。探偵サンにしてはあっさり退くんすね。いつもみたいにこじれるかと思ってハラハラしてたんすけど」
「どうにもただ事じゃなさそうだからね、特別よ」
見れば前の助手席には奏が座っていた。運転しているのは幹也さんだ。
「やあ愛名。とりあえず、無事で何よりだ」
「ありがとう、幹也さん。――奏、いいかしら?頼みたいことがあるの」
「はい?アタシですか?」
ここで指名が飛んでくるのが予想外だったのか、奏はきょとんと首をかしげている。だが、ここは奏の力が必要だ。
「今から車を一台見つけて欲しいの。ナンバーと特徴は教えるわ。いける?」
「……そういうことっすか。お安い御用すよ」
ニヤっと不敵に笑いながら、奏は手元の鞄からノートパソコンを取り出し始める。最近はその力に頼る機会も減ってたけれど、奏は天才と言っても過言ではないレベルのハッキング技術の持ち主だ。実際にどういう手段を使っているかは素人の私にはわからないけど、過去にも同じように車の居場所を見つけだした事があるし、ここは任せるしかない。パソコンを準備中の奏に、椎名からもらったメモ紙に車の特徴とナンバーを書いて手渡す。
「なるほど。じゃ、始めますか」
その一言を発した瞬間。奏の雰囲気が一変する。一切口を挟むのも許さないような気迫を纏い、目にもとまらぬ速さでキーボードを叩き始めた。とりあえず奴らの居場所の特定は奏に任せて、状況の整理をしておこうか。
「さて。それじゃひと段落したことだし、事情聴取を始めましょうか、ラブネさん?」
「言われなくてもそのつもりよ、椎名。一から話すから。――実は……」
「見つけた」
事の次第を話そうと思った瞬間、奏が声を上げた。えっと、まだ1分もたってないんですけど……?
「え?」
「見つけた、って言ったんすよ。今首都高を走ってるとこっすね。この方向は……湾岸線に出るつもりみたいっすね、たぶん」
「確かなの?」
「まあこれ警察のシステムなんで、多分間違いないんじゃないですかね」
「さらっととんでもないとこに侵入してるわね……」
「このくらい朝飯前っすよ」
首都高速湾岸線。その名の通り東京湾の海岸線沿いにある路線だ。つまり、奴らの目的地は海辺にあるってこと……?そこまで思いついて、嫌な考えに思い至る。
「幹也さん」
「言われなくてもそのつもりだよ。何があったかは分からないけど、愛名の頼みなら断る理由はないからね。じゃあ、少し飛ばすよ。しっかり捕まってて」
「うん。お願い……!」
*
「……なるほどね。事情は分かったわ」
追跡を始めて10分程。とりあえず道すがら、皆に一通りの事情の説明をした。
「それで相手の行先が湾岸線って分かった瞬間焦り出したんすね。そのスジの奴らが東京湾ですること、って言ったら、まあ物騒なことなのは間違いないっすからね」
奏の言う通りだ。ナナを攫った連中は明らかにカタギではなかった。暴力団か、それに類するグループの一員と見ておそらく間違いないだろう。そしてそういう奴らが東京湾に向かっている。ここまでくれば嫌でも察してしまう。ナナが何に巻き込まれたのか知らないけど、このままでは命が危ないかもしれない。
「……そういえば、皆はどうやって私の所にたどり着いたの?」
とはいえ奴らに追いつくまではまだ時間がかかりそうなので、ふと疑問に思った事を聞いてみる。
「あー、別に大した方法じゃないっすよ。ね、探偵サン?」
「そうね。起きたらあなたの姿が見当たらないうえに、外で電話してるっていうから見に行ったらいないんだもの。どこに行ったか分からないし、奏に探してもらったのよ」
「携帯電話の番号さえ分かってて、その番号のスマホの電源さえ落ちていなければ、どこにいるかなんて案外簡単に分かるっすよ、いまどき」
「さらっと怖いこと言うわね……」
いとも簡単に私の居場所を筒抜けにした、奏の恐ろしさを改めて痛感する。いまは味方だからいいけど、絶対に敵に回したくない。
「じゃあつまり、ずっと私の動きを見てたの?」
「まあそういうことになるっすね。それで、私らになーんも言わずにどっかに行くなんて、何かあったんだろう、って結論に落ち着いたんで、お酒飲んでなかったマスターに車出してもらって追いかけたんすよ。あ、松葉さんには、入れ違いになったりしたら困るんで残ってもらってるっす」
「そしたら案の定ヤバそうな事に巻き込まれてた、というね。私が助けなかったらどうなってたか。この貸しは高くつくわよ?今度なんかおごってもらおうかしら」
「はいはい。いくらでもおごってあげるわよ、皆まとめてね」
「やったー!」
子供か。私より二つは年上なはずなんだけどな、椎名。……っと、そろそろ本題に戻った方がいいだろう。
「話戻すわよ。それで今奴らはどの辺にいるの?」
「えーと。結構追いついてきてるんで、このペースなら5分後には見えてくると思うっすよ。……っと、前言撤回。丁度今高速を降りたみたいっすね。行先はまあ皆さんの予想通り、港付近の倉庫地帯みたいですよ」
予想通りの目的地だ。おそらくその中のどこかの倉庫で監禁でもするつもりなんだろう。
「問題は、どこの倉庫が目的地かって事ね」
「そこまで特定するのはなかなか難しいっすね、探偵サン。あの辺は警察のカメラが少ないんで、このシステムでも正確な場所の特定ができないんすよ」
「そうなの?」
「こんなことで嘘ついてもしょうがないっすよ。まあ大体この辺りかな、ってくらいが限界っすね。別にGPSとかじゃないですし、これ」
奴らの降りた辺りはそこそこ広大な範囲にかなりの数の倉庫が散らばっているエリアだ。その中から一つの倉庫をほぼ情報のない状態で探さないといけないのか。普通に探していたら、それこそ夜が明けてしまうだろう。
「それは厳しいわね……。ねえ椎名、なにか手掛かりとか、ある?」
ダメもとで椎名に聞いてみる。が、返ってきた返答は意外なものだった。
「あるわよ。多分だけど」
「……ほんと?」
「まあね。おそらくこのリストの中のどれかだと思うわ」
椎名がスマホのリストを見せてくる。そこには5つほどの倉庫の住所が記されていた。
「これは?」
「歌舞伎町を縄張りにしてる暴力団が持ってる倉庫のリストの中から、今私でこの辺にあるものだけピックアップしたものよ。違う可能性もないとは言えないけど、大方この中のどれかだと思うわ」
「なんでそんな物持ってるのよ?」
「歌舞伎町で探偵やってて持ってない方がおかしいと思うわよ、この程度の資料」
暴力団が所有している倉庫のリストが「この程度」扱いなのはどうかと思う。普通に考えたら、警察ですら持ってるか怪しい代物なんじゃ……?まあ、有用なのは間違いないし、一旦出所について追及するのはやめておこう。
「幹也さん、あとどれくらいで着きそう?」
「ちょうど次の出口がそこだよ。椎名君、とりあえず一番近い倉庫まで案内をお願いしていいかな」
「分かりました。と言っても高速を降りてすぐに右にあるので案内も何もないですよ。すぐに右折すれば大丈夫です」
「了解だ」
ナナまで目前に迫っている。絶対に、手遅れになる前に見つけ出さないと――!