01-02
「はあっ、はあっ……」
ナナの助けを求める電話から数分。私は今、歌舞伎町の方向に向けて全力で走っていた。
「お願いだから、間に合ってよ……!」
*
数分前――
「ナナ、私、愛名よ。どうしたの?……なにかあったの?」
「せっ、……せん、ぱいっ……た、助けてっ……!」
今にも泣きそうな声での、悲痛な叫びだった。ナナの身になにかが起こっていることは間違いなさそうだ。
「ナナ?今どこにいるの?!」
「いまは……店の、近くに、います……。ただ、ひ、人に追われてて……逃げてるんです」
「追われてる!?」
衝撃を受けた。思ってたよりもとんでもない事に巻き込まれているようだ。
――急がないと。どういう相手から逃げているのかは分からないが、一刻を争う事態なことは間違いないだろう。
「……ナナ、聞いてる?」
「は……はい!」
「今すぐそっちに行くわ。……だからもう少しだけ、頑張って。必ず探しだすから。」
「わ、分かりました……!ありがとう、ございます…!」
「急ぐから切るわよ。……待っててね」
椎名達に話をしている時間はない。私はバーの中には戻らず。すぐに歌舞伎町の方へ向けて走り出した。
*
比較的静かな街並みだったバーの近くとは程遠い、煌びやかなネオンの光が見えてきた。
「あまり考えてなかったけど、この人込みから探すのは……なかなか大変ね」
深夜1時を回ろうかという時間にも関わらず、今日も歌舞伎町は多くの人で溢れていた。その人の波をかき分け、ナナを探す。だがやはり、見つかる気配はなかった。
「時間かかるけど、路地の方をしらみつぶしに行くしかないか……」
さっきからずっとナナに電話をかけているけれど、一向に通話に出てくれる様子はない。
とりあえず先程電話で言っていた、私たちの勤務先のキャバクラの裏路地から探す。
「まあ、いないわよね」
あの電話から大体10分程度は経っている。逃げるため走り回っていることを考えれば、この地点にはいなくて当然だろう。地道に、かつ迅速に探していくしかない。
*
「……ん?」
探し始めて5分程。ゴールデン街のすぐそばの裏路地に入った瞬間、何かを感じた。見た目はいつも通りだが、空気感が違う。
「ちょっと……!離してっ……くださいっ……!」
そしてその勘は、当たっていた。その裏路地からさらに一本入った細い路地に、ナナはいた。数人の男に囲まれ、その内の一人に腕を掴まれている。通りの奥には黒いバンが止めてある。おそらくはあの車の中に連れ込むつもりなんだろう。
「ナナ!!」
全力でナナのもとに向かう。ナナと男たちもまた、私の存在に気づいたようだ。
「せ、せんぱい……!……いやっ!」
今まで以上に強い力で腕を掴まれたようで、苦痛に顔を歪めている。そのせいで抵抗する力が一瞬緩む。そして、その隙を逃す男たちではなかった。
「ったく、手こずらせやがって……」
「は、はなして……せんぱい……たすけて……!」
「ナナ!」
遅かった。間に合わなかった。ナナの抵抗も空しく車に連れ込まれ、車はどこかへと走り出してしまった。
(せめて……)
「おう、あの嬢ちゃんの知り合いか?」
「悪いが、あの嬢ちゃんを返すわけには行かないぜ?……まあ、居場所くらいなら、条件次第で教えてやらんでもないけどな」
「条件……?」
今この場には、車に乗らずに残った男が二人程。今のナナを連れ去る際の手際の良さを考えても、明らかにカタギじゃない。あまりいい状況じゃないのは間違いないけれど、どのみちこの状況から逃げることは難しそうだし、何より今は手掛かりが欲しい。とりあえず話に乗っておいた方がいいだろう。
「ああ。いや何、なかなかイイもん持ってそうだからな、嬢ちゃんも。……まさか、この言葉の意味が分からない程子供じゃあねえよなぁ?」
「はは!そりゃいいな!」
前言撤回。もう少しまともな交渉ができると思ったんだけど、少しでも期待した私が馬鹿だった。さっさとこの場から離れてナナを追おう。
「ごあいにくだけど、私はもうあんたらみたいな下衆に身体を売る事はしないって決めてるの。悪いけど他を当たってくれる?」
後から考えれば、この時の私はまだ酒の酔いが残っていたのかもしれない。素面の私ならこんな挑発的な発言をすることはなかっただろう。なぜなら、
「っはは!なかなか威勢のいい事言うじゃねぇか。……舐めた口ききやがって。逃げれると思うなよ」
こういう展開になると、間違いなく気づくからだ。
「っ!」
素早く回れ右をして、元来た道を全速力で戻る。目的地は私達の探偵事務所。とりあえずそこに逃げて奴らを巻いてから、ナナを追う……!
「逃がすか!」
当然、奴らもすぐに私を追いかけ始める。しかも、
「はやっ!?」
なかなか立派な図体をしてる割には、男たちのスピードはかなり速い。これは、ちょっとまずい。このままじゃ、人通りの多い場所に入る前に追いつかれる……!
こうなれば、一か八か――
「……せぇっ!」
追いつかれる直前に唐突に足を止め振り返り、目の前まで迫っていた男のでかい腹目がけて思いっきり正拳突きをぶち当てる。探偵の活動のためと、ついでにキャバ嬢としてのプロポーション維持のために密かに習っていた格闘技。とうとう実戦で使う時が来てしまった。
「おわっ……!」
狙い通り、男は派手に吹っ飛んでくれた。だが、意表を突いただけだ。あまり大した痛みはないだろう。それに、追ってきてる男はもう一人いる。つまり、ピンチなのは一切変わってない。
「てめぇ……!」
吹っ飛ばされた男を追い越して、もう一人の男が距離を詰めてくる。今さら走り出しても遅い。たとえ格闘技を使ったとしても、さっき程の成果は期待できないだろう。どうする。もう考えている暇はない。ここはもう一度、何かしらの手段でこの男の動きを止めるしか――
「馬鹿にしやがって、覚悟し……、がはっ!」
私に殴り掛かる直前、突如脇の小さな路地から飛び出してきた影に飛び蹴りを喰らい、さっきの男より数倍派手に吹き飛んでいった。そのまま道路脇の建物の壁に右肩から突っ込む。あれは……痛そうだ。
「こっちよ!急ぎなさい!」
飛び蹴りから綺麗に着地し、即座に身を翻し私にそう促したのは、他でもない椎名だった。
「椎名っ!」
「こっちに車を停めてるからそこまで走るわよ。話はその後!」
「一つだけ!」
これだけは、今伝えたかった。
「なによ?」
「ありがとう!信じてた!」
私の言葉に、椎名は不敵に笑い返してくれた。
「あら、これくらい当然でしょう?」