第六話 こんなことになるとは思わなかった
「お前、外ばっかり見てるけど、何か珍しいもんでもあるか?」
福見に言われた。退屈なだけだと答えた。
「へえ。退屈ならお前、学校にテロリストが来たときのシミュレーションでもしとけよ」
「どうせシミュレーションするなら、学校を爆弾で徹底的に破壊するよ」
「爆弾? ……そりゃいいや」
福見がにやりと笑った。
長く寒い夜がようやく明けた。この事件の正しい犯人が捕まってくれれば僕も家に帰れるというのに。今は七時くらいだろうか。いよいよ福見の家を目指そう。諫早駅から西に向かってしばらく自転車を漕ぐと、二階建ての白いアパートが見えてきた。二〇三号室が福見の家だ。ふらふらとした足取りで階段を上る。ドアを開けようとしたとき、僕の意識はなくなった。
それは例えるなら、映画やドラマで急にカットが入ってシーンが変わるような印象だ。ドアを開けようとしていたのに、次の瞬間には、僕は部屋の中で倒れ込んでいた。やはり徹夜は無理だったのだろうか。若い頃は余裕だったのに、と苦笑する。きっと玄関前まで来て睡魔に負けてしまい、それに気づいた家主が引き込んでくれたのだ。
「おーい、福見」
起き上がって、懐かしい友の名を呼び、辺りを見回した。
僕の足元に、パンツ姿の男が倒れているのが見えた。
「うわっ!」
あまりにショッキングなその光景に、思わず悲鳴を上げた。寝ているのではない。うつ伏せに倒れているのだ。しかも、その背中には包丁が突き刺さっていた。横顔からして、被害者は福見で間違いない。
何が起きたのかわからない。自殺? あり得ない。自分の背中に包丁を刺すなんて、自殺の方法としては選ばない。事故? あり得ない。背中に包丁が刺さる事故なんて、聞いたことがない。殺人事件だ。では誰が? 僕が寝ている間に誰かが押し入ったのなら、いくら寝ていたとはいえ僕を殺さないのはおかしい。ならば誰が、どうして。どうして、どうして、誰が。
——夢遊病殺人。合理的な説明をつけられる言葉が浮かんだ。ばかな。眠っているうちに、僕が福見を殺したということか? そうなると、高校爆破も自覚がないだけで僕が……。なら理央はどうなる? 爆弾魔かもしれない男を無条件に信じてくれた理央を、僕は最初から裏切っていたのか? あり得ない。あり得ない、あり得ない! 僕は福見の部屋を飛び出し、自転車で駅の方向へ走り出した。逃げよう。とにかく遠くまで。