第四話 楽になりたかった
俺の前の席にいる皮郷は、この学校において、俺の唯一の話し相手だ。昼休みなんかは大抵、二人で雑談している。他にやるべきことならあるのだろうが、やりたいことはない。
「自分が知らない内に人を殺してるってことも、あるらしいぞ。夢遊病犯罪って言うんだと」
俺からそう話しかけると、今度は皮郷が何かネタを出す。都市伝説とか未解決事件とか、そういう話が好きなのは俺も皮郷も同じだ。興味のある会話ができるのは、皮郷とだけだ。
夜が明けた。家にはもう捜査員が来ただろうか。いよいよ後戻りができなくなってしまった。逃亡するにあたって、僕は協力者が必要だと考えた。理央は警察がマークするに違いないし、理央自身も迂闊に動くことはできないはずだ。会社の人間はあまり信用できない気がする。むしろ、堂々と警察の前に出て無実を証明すべきだ、と諭されるだろう。本来ならそれが社会人として正しい判断なのだ。
やはり逃げないでいるべきだったかと後悔するも、時すでに遅し。僕は一人の男を協力者候補に挙げた。中学、高校と同じだった福見光太郎だ。中学で知り合って以来、年賀状のやり取りは欠かしていない。福見は諫早市に住んでいるので、長崎本線と交差点の名前を頼りに北上していこう。大丈夫だ、僕ならうまくやれる。何とか自分を鼓舞するため、頭の中でBGMをかける。からげんきは自慢のわざだ。
そのうろ覚えの歌を脳内再生していると、この話を思い出した。ゲーム版ポケットモンスター金・銀のシロガネ山最深部にはプレーヤーに無言でバトルを挑み、プレーヤーが勝利すれば無言で去る、レッドという謎の人物がいる。これはポケットモンスター赤・緑においてプレーヤーが操作するキャラクターだったレッドの霊体である、という噂だ。福見が僕に話してくれたものだった。有名な都市伝説なのだが、高校一年生の僕は知らなかった。
そうだ、僕に夢遊病犯罪の存在を教えてくれたのも福見だった。最後に家で見たドラマを思い出した。『夢遊病犯罪なんてあり得ない』と探偵は言い、それは作中の真実を言い当てていた。一方で、インターネットには夢遊病犯罪の噂が流れている。どちらが正しいのか、僕にはわからない。夢遊病犯罪を起こした人はどのような気分なのだろうか。犯罪者である自覚を持てるのだろうか。
……本当は、僕がやった? その考えが浮かんで、背筋が凍った。人通りのない道だったので、わざと大袈裟に頭を振る。僕が夢遊病である筈はない。これまでに夢遊病になったことなど、一度もないだろう。何度もぶんぶんと頭を振ったが、自分への疑いを完全に晴らすことはできなかった。