第三話 ずっと計画していた
土日も授業や部活が入るので、結局登校することになる。これでは毎日が平日のような気分になってしまう。ところで、この学校からは大きな白い橋が見える。何か愛称があるらしいが、浸透はしていない。橋はそこにあるだけで、僕をこの監獄から脱出させてはくれない。傍観者だ。僕はそれも前々から不満に思っていた。もし、この学校と一緒にあの橋まで壊すことができたなら。ずっとこんなことばかり考えている。ふと、視線を感じて振り返った。黒板を見ていたアイツが、こっちを見て笑った。
「じゃあ……どうすればいい?」
僕の問いに、理央は十秒ほど悩んだあと、決心したように口を開いた。
「明日、五時か六時くらいには誰かがここに来ると思うけん、今の内に逃げて」
「逃げる……。あの子らを残して、警察から……」
僕は理央の命令を復唱した。聞くだけでは理解した気になれなかったからだ。少し、自分の解釈も混ざった。
警察が、逃亡する容疑者や参考人を取り逃がす確率は極めて低い。理央から何度も聞かされた。それ以上に、警察の尋問が辛く厳しいということも聞かされている。理央は僕に警察の尋問を受けて欲しくないのだろう。僕は生真面目に同行する道と、警察から逃げ続ける道を天秤にかけた。
「わかった。じゃあ僕は、警察が犯人を捕まえるまで、外に出ておくよ」
逃げる、と言わなかったのは、僕自身がそういうことにして欲しかったからだ。あくまでこれは外出。偶然にも警察が来たときに留守だった。これなら何の問題もないはずだ。その後、理央の主導で計画が立てられた。僕はこれから速やかに家を出て、できるだけ遠くへ行く。可能なら九州の外へ。絶対にあの学校へ近寄ってはいけないし、監視カメラがある駅や空港を利用してもいけない。スマートフォンは電源を切り、絶対に起動させないこと。お金はATMから一度に多く引き出して、そのATMがある場所からは速やかに離れて近づかないこと。
今日は出勤したきり帰ってこなかった、ということで理央はこれから来るであろう捜査員に説明する。この家族で、警察の実力を最もよく理解しているのはもちろん理央だ。理央は僕に渡せるだけの現金と衣類をリュックサックに詰めた。確か、そのリュックサックは理央と結婚する前に買ってあげたものだ。僕はそのリュックサックを玄関で受け取った。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
涙声でそう言ったのが聞こえた。大丈夫だ。外出だ。逃亡なんかじゃない。太陽が昇ってから、子供たちと一緒に開けるはずだったドアを、闇夜の中、一人で開ける。バタン、という音が一際大きく響いた。理央や子供たちと、僕が分断されてしまったように感じた。このドアの向こうで、今の理央はどんな顔をしているだろう。胸が締め付けられる思いをしながら、僕は冷たいアスファルトの上を歩き始めた。