第十話 色々なことを考えた
普段はバスで通過する大通りを、今日は自分の足で歩く。バスからは一瞬しか見えない脇道に入ってみたり、真昼の公園のベンチに座ってみたり。自由を求めて冒険しているような気分だ。しかし、夕方になるにつれて、虚しさに襲われるようになった。一日中探していたという両親にバス停で見つかり、僕の冒険は日没前に終わった。両親は、僕の意見を聞いて転校させることにしよう、と言った。僕はそれを他人事のように聞いていた。
鳥栖駅のホームに白い流線型の列車が入ってきた。長崎行きの特急かもめだ。スーツ姿の警察官が数人、僕の周りを取り囲むように座る。僕自身は窓側に座らされた。外にはサッカー場が見える。列車はすぐに発車した。車掌のアナウンスによると、踏切安全確認の影響で五分ほど遅れが出ているそうだ。どこかで人身事故でも起きて、列車が止まってしまえば良いのに。そうすれば、長崎に帰らなくて済むのに。僕が捕まったことは、もう理央は知っているのだろうか。
かもめの車窓からは、懐かしい景色が見えた。地震は大きな被害が出るものではなかったようだ。この車窓にタイトルをつけるとするなら『日常』が最も適していると思う。僕がここにいようがいまいが、例えばそこの河川敷を歩いていく女子高生なんかには、今日は昨日と変わらない毎日のうちのひとつに過ぎない。変わったと思っているのは僕だけなんだ。地震のこともじきに忘れられていくのだろう。
佐賀駅に近い場所で、見覚えのある景色が通過していった。そうだ、あのうどん屋がこの近くにあるはずだ。願わくば、もう一度あの店の肉うどんを食べてみたい。麺の弾力、肉の味、出汁の濃さ、どれを取っても僕好みの逸品だった。次に食べる機会があれば、何者にも邪魔されずにゆっくりと味わいたい。あの店の店主から、僕への捜査が強化されていることを知らされた。あのときは背筋が凍った。
肥前鹿島を出ると、次の停車駅は諫早だ。長崎県に戻ってきた。かもめは順調な運転を続ける。こちらの窓は福見のアパートとは逆方向を向いているが、仮に反対側の席に座っていたとしても、確か駅のホームからアパートを望むことはできなかったと思う。夢遊病犯罪、という言葉を思い出した。佐賀県に入ってからは逃亡のことで頭がいっぱいで、福見を殺したのが自分かどうかなど、あまり考えていなかった。
現川を通過して、長いトンネルを抜けると、そこは浦上だ。終点の長崎駅で他の乗客が全員下車してから下りる、と隣の警察官が指示した。僕は首を一回縦にふって応えた。路面電車と路線バスが往来する、懐かしい街並みが見える。浦上駅を出て、宝町が視界にゆっくりと入り込んだ。まもなく僕の逃避行が終わる。鳥栖を発って二時間もかかっていない。憎たらしいほど短い旅路だった。反対側の窓の向こうに、稲佐山がちらりと見えた。警察署までは車に乗せられた。
着いた警察署で、僕は前髪の長い警察官に呼び止められた。




