第一話 学校を爆破したかった
バスは細い坂道を登る。進行方向右側、山の斜面に建っているのが、このバスの目的地。そこは普通科の公立高校。今、あの校舎が爆音と共に炎の海と化してくれたら。最近は毎日そう考えてる。学校には行きたくない。
「来る気が無ければ来なくて結構」
これが、入学前の合格者説明会で教頭が放った言葉。祝いの言葉でもなく、励ましの言葉でもなく、こういうことを平気で言える先生が、なんでいるんだろう。
僕は皮郷隼人。長崎市内に支社のある小さな会社で建築デザイナーをしている。昨年、とうとう係長代理というあまり偉くなさそうな名前での管理職昇進をさせていただいた。現在は残業代なしという管理職の特権を大いに利用させられている。ため息が止まらなくなるので、仕事の愚痴はここまでにしておこう。
冬になると長崎も五時頃には暗くなってしまう。冴えないサラリーマンの僕にも娘と二人の息子ができた。にも関わらず連日の残業というのは、父親としてどうかと思う。思っているのは本当なのだが、かと言って定時に「お先に失礼」ということも現実的に難しい。結局、うつらうつらとバスに揺られて帰宅したのは九時過ぎになった。
「明日は土曜日だから。明日たくさん遊ぼうな」
先週も言った気がする決まり文句で、小学生になったばかりの姉と、年中組の弟を寝かしつけた。まだ生後七ヶ月の末っ子は、既に夢の中だった。
見たいドラマがあったので妻から先に風呂に入ってもらう。約三十年ぶりに再放送されている『ジッチャンの名にかけて二度死んでBARに行ったのち誰もいなくなった』だ。先週の放送では夢遊病患者が医師殺害の犯人と疑われるも、探偵が夢遊病殺人などあり得ないと反論するまでが描かれた。ちなみに、夢遊病患者による『動機なき犯罪』というものは実在するらしい。あくまでインターネット上の噂だが。
「この事件の真犯人……それはあなただ!」
探偵が意外にもナースを指差したところで、ニュース速報を表すチャイムが鳴った。何かあったのだろうか。
『長崎県立◯◯◯高校で大規模火災 近隣にも被害』
その文字を見た瞬間、僕の意識はドラマからニュース速報に移った。
しかし、すぐにドラマへ意識を向け直した。ナースが使ったトリックが気になったからだし、それ以上にその高校のことに興味がなかったからだ。この学校の名前を聞いたのは三十年ぶりくらいだろうか。もはや存在すら忘れていたような遠い昔のことなど、どうでもよかった。