越えてはいけない領域(5)
闇に暗躍し、ターゲットの命を奪い取る裏稼業・殺し屋。
これは、その中でも最強と謳われた1人の殺し屋と仲間達の終わりの物語。
数十分後。玄武は獅子と協力して守の遺体を、持参していたスーツケースに入れ、飛び散った血液を一滴残らず拭き取った。
「……こんなところか。もう大丈夫だよ浦木さん。これで君の脅威は去った」
「あ、ありがとうございます。先輩……」
いつもの優しく賢い先輩の裏の顔を間近で知った真由は、その恐ろしさに震えながらも頭を下げた。
「礼には及ばないよ」
「けど、本当なんですか? 先輩と志村先生が殺……」
そう言いかける真由の口を、玄武が手を前に突き出して制止する。
「それ以上詮索しない方が身のためだよ。ま、その通りだけど」
「先輩……」
「その上で言わせてもらうけど、今回の報酬は受け取れない」
報酬を拒否された理由がわからない真由がその訳を尋ねると、玄武は呆れた表情で、8万円ごときで殺しをするほど殺し屋は安くないと言ってから、
「……その代わり、僕らの素性や今回のことはきれいさっぱり忘れてほしい。僕に好意を抱いているのなら、それも一緒にね」
と、冷たい口調で頼み、突き放した。どうやら図星だったらしく、真由は思わずドキッとする。
「確証は無かったけど、薄々そんな気はしてたんだ。僕に対する期待値や態度からね。けど、ごめん。僕は君の想いに応えられそうにない」
「どうしてですか!? 私は、先輩のこと……」
「君と僕とでは住む世界が違う。殺し屋である僕らが住まうのは、血なまぐさい闇色の世界。君のような者が関わるべきじゃない」
「そんなの知りません! 先輩がどんな人だろうと、私はあなたのことを好きになりました。それすらも認められないんですか!?」
必死にそう訴える真由の眼前で、鉄パイプがピタッと寸止めされる。それを握っていたのは、同じく彼を愛している獅子だった。
「……えぇ。認められないわ。あなたの青臭い愛情は、目障りでしかないから」
「先生? それはどうい……?」
真由は彼女のことを一瞬理解できなかったが、すぐに2人が禁断の恋で結ばれていることに気付いた。
「わかったろう? 君はこれ以上、僕らの領域に入ってきちゃいけない」
「それでも聞けないというのなら、容赦はしない。邪魔者であるあなたを排除するだけよ」
そう言われ、殺意と隔たりを感じた真由は、そこから言い返せなくなり、口を閉ざしたまま、彼らが遺体ごと去っていく背を見ることしかできなかった…………
似たようなケースを龍も経験していますが、彼と玄武とでは大きく違います。
それは、相手にホレられているかということと、その相手に自分の素性を明かしたかどうかという点です。
どちらも彼らなりの優しさかもしれませんが、皆さんはどちらが正しいと思いますか?
正直なところ、僕にはわかりません。