越えてはいけない領域(2)
闇に暗躍し、ターゲットの命を奪い取る裏稼業・殺し屋。
これは、その中でも最強と謳われた1人の殺し屋と仲間達の終わりの物語。
それでも、慕ってくれている後輩の頼みを袖にしたくない武文は、龍達や紫乃に昼休みのことを話し、相談した。
モテていることに仲間達がヤキモチをやいたり、茶化したりしながらも、親身になって相談に乗ってくれていたが、結局わかったことは、余所の家庭のことに他人は口出しできないというわかりきった答えだけ。
満足のいく解決策が見つからなかった武文は、その夜、児童相談所に真由の現状を伝えることにした。今の自分にできる1番有効な方法だと信じて……
ところが、結果としてそれが仇となった。児童相談所への連絡から3日後、大牙からの連絡を受けて駆けつけた武文が目にしたのは、体中痣だらけになり、正視できないほど痛ましい姿になった真由だった。
彼女の話によると、昨日児童相談所の職員が来たのだが、義父は真由のせいで彼らが来たと逆恨みし、職員達が帰ってから彼女に暴力を振るったそうだ。
「そんな……」
「先輩……私、大好きな先輩ならなんとかしてくれるって思って助けを求めたんです。それなのに先輩は、児童相談所の人に助けを求めて……そのせいで私…………」
涙ながらにそう言われて、武文は己の行いを恥じ、激しく後悔した。
殺し屋の元締めだとバレたくないという保身から自分が動かない安易な道を選んでしまい、そのせいで大切な後輩を傷付けてしまったからだ。
「ごめん……僕……」
「あ、ごめんなさい。先輩は最善だと思って動いてくれたのに、八つ当たりしてしまって……これからは私だけでなんとかするので、先輩はもう忘れてください」
「なんとかって、どうする気?」
武文はそう問いかけたが、真由は一切答えてくれなかった。
代わりに武文の携帯電話に、死獣神のサイト経由で真由からの依頼のメールが届いていた。彼女は義父の浪費で残り僅かとなった母の遺産・8万円で義父を殺してくれるよう依頼してきたのである。
放課後にそれを読んだ武文は目を疑い、側に居合わせた紫乃に同じメールを見せた。
「どうするの? 玄田君」
そう聞かれた武文の答えはとうに決まっていた。
「……先生。僕、間違ってたよ。最善を尽くしていたつもりが、我が身かわいさに最悪の選択をしてしまった。彼女に非難されて当然だよ。だから、今度こそ僕なりの最善の選択をしてみせる。そのための手伝いをしてくれる?」
武文がそう言うと紫乃は快諾し、2人は早速準備を始めた。
他の誰でもない。自らの手で後輩を救うという最良の一手を打つために…………
本人は最善のつもりでも、当人にとっては最低の悪手となりうる。
だからこそ武文は、今度こそ間違うわけにはいかないのです。