越えてはいけない領域(1)
闇に暗躍し、ターゲットの命を奪い取る裏稼業・殺し屋。
これは、その中でも最強と謳われた1人の殺し屋と仲間達の終わりの物語。
平成18年10月16日。この日武文は、昼休み恒例の死獣神の活動報告を早々と切り上げ、正門で人を待っていた。
そのわけは、登校した時に下駄箱に入っていた1通の手紙にある。
この年頃で、なおかつ下駄箱というベタな手法で届く手紙といえば、十中八九同世代からのラブレター。しかも、文面から差出人もわかっている。それだけに、嫉妬深い紫乃や愛花が後で知った時のことを考えると、ヘタな断り方ができない。
いかにして断ろうか。そう考え頭を悩ませていると、手紙の主が彼の元に来た。
「先輩。お待たせしてすみません」
「いいよ。気にしないで。けど、やっぱり君だったか。浦木さん」
彼女の名前は浦木真由。大牙のクラスメートであり、小学生の頃から同じ書道教室に通っていた武文を慕う少女である。
「それで、その……手紙のこと、なんですけど……」
後輩が人目を気にしてそう切り出すと、短い時間だったせいで対策を講じることができなかった武文は少々うろたえた。
こうなったら、紫乃らへの言い訳は後回しにして、ここはストレートに断ろう。そう思った武文は気持ちを落ち着かせ、
「お願いします! 私を助けてください!」
「ごめん!」
と、ロクに話を聞かず、勢いで断ってしまった。口に出してから違和感を感じた武文は、ここで己のミスに気付き、拒否されて涙目になる真由に正式に謝ってから詳しく話を聞いた。
真由いわく、半年前に母親が病で他界したのを契機に、再婚相手の義父からDVを受けるようになったらしい。
他の身寄りを頼ろうにも、実父は5歳の時に交通事故で死んでおり、両親の結婚が相当もめたこともあって、力になってくれる親戚もほとんどいない。
そこで彼女は、信頼できる先輩である武文に、内密の相談を持ちかけたのだ。内密にしておかないと、家族の不幸やDVなどをネタにいじめられるから。
紛らわしい相談の仕方に武文は、とりあえず告白ではなかったと胸をなで下ろした。
「そっか……そんなことになってたとはね」
「私、どうしたらいいんでしょうか? 先輩」
真由はそう尋ねるが、武文は迂闊なアドバイスができず、内心困っていた。
死獣神のサイトオーナーとして利益を優先するのなら、『僕が殺してやろうか?』と言えばいいし、その方が手っ取り早いだろう。
だが、彼女にそのことを明かしていない。故に、下手に死獣神が手を下せば、自分達に降りかかるリスクはデカくなるし、彼女からの依頼ということになれば、莫大な依頼料と殺人教唆罪を犯すリスクを負わせることになる。
たかが一家庭問題でそこまでするのは、お互いにとって不利益でしかなかった。
そのため、納得のいく答えが思いつかなかった武文は、一旦この問題を持ち帰り、いい方法がないか考えると約束し、真由と別れた。
とはいえ、そんな都合のいいものがすぐにみつかるはずがないことは、武文自身が1番理解している。
慕ってくれている後輩からの相談。先輩冥利に尽きますが、面倒事&厄介事の予感がプンプンします。