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空(そら)  作者: まきや
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1. 誕生



 温かいものに満たされた袋に浮いて、くるくる回って、もじもじと動きながら。

 規則正しい、トクン、トクンと動く大きな波が、僕を安心させる。

 お腹の底がジンジンしてくると、ふわぁっと僕に元気が流れ込んでくる。


 柔らかな水の布団に包まれて、夢見て起きていつまでも、ずっと揺れる時間を過ごしていられたら、良かった。


 けれど、誰かがノックしたんだ。最初は優しい音で、徐々に強く、何回も。そのうち僕の身体がぐらぐらとゆすられて、全然寝ていられなくなった。部屋の隙間がきつくなってきた気がする。

 怖くなった僕は、小さな「手」とか「足」とかで、懸命に壁を押すんだけれど、動かしづらいし、ちょっと無理みたい。


 なんだか頭の方が冷たい感じがした。袋の水が減ってきたのかな? 思っているうちにも、どんどん身体が寒くなって、やがて温かい覆いが全部なくなった。水なしで袋の底に転がされていると。触れているお腹だけが温かい。トクンという波が直に身体に伝わってきた。


 また「うねうね」が強くなって、でも今度はねじるみたいに波打ってきた。ずるずると押され、身体が後ろに滑っていく。

 はじめての感覚にとても怖くなり、僕は手と足を(つっか)えさせて懸命に踏ん張った。何だか足と足がくっついて、うまく動かせない…僕は必死に抗った。


 イヤだ! イヤだ! もう少しここにいたい!


 いったんねじりの体操が収まった。壁も僕みたいに疲れたのかな…

 でもまたすぐに、動きが始まって、耐えて踏ん張って――その繰り返し。その運動は長い間、続いた。


 さすがの僕もヘトヘトだった。壁からくる波の周期も、どんどん不規則に、荒々しくなっていった。

 それより何だか、肩とか胸とかに、変な痛さを感じるようになってきた。身体もだるくて、奇妙なポカポカさが僕を包んでいく。

 それにつれて手足がうまく動かなくなってきた。


 いきなりジャンプしたみたいに袋がきゅっとすぼまって、僕の身体は一気に後ろに押し流された。頑張れる元気がもうないから、もう抵抗はしない。

 腰から足の先までが、とても冷たい水に触れた。初めての感覚に身震いしたけれど、もう怖さはなかった。


 水の中で、誰かが僕の「両足」をぐいっとつかんだ。今度は押す力に、引っ張る力が加わって、僕はどんどん、袋の出口に向けて、滑っていく。

 そこからは早かった。つるん、と音はしなかったけれど、一気に僕はその冷たい世界――これから生きていく海の水の中に、飛び出していった。


 上の方でパチパチと弾ける音や、甲高い鳴き声がしていた。何だか明るくて楽しい音。


 生臭い僕の身体が水に洗われて、きれいになった。遠くの方で誰かが言った。さあ足を動かせ! 泳げ! その声を信じて言うと、僕は最初から泳げるはずだった。けれど水に流されてまもなく、僕の身体は顔を下にして沈んでいった。すぐに大きくて優しいものが支え、持ち上げてくれた。


 やがて僕の意識は、音のない世界の下に沈んでいった。


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