34.戦(いくさ)の終わり
銃兵の火薬も弾丸も尽きようとする頃、アレキサンドリア側の反応が変わらない事を、いぶかしむマニウスの元にアレキサンドリア側から、大音量で降伏勧告が伝えられる。
『こちらアレキサンドリア議会から、盗賊軍の首魁に対し通知する。河口より領内へ侵入を図った、別働隊は殲滅した。これにより、其方の主力の半数は戦力としての価値を失った事を通告する。
アレキサンドリアは、盗賊軍に降伏を勧告する。回答期限は24時間後とする。以上』
通告が終ると、アレキサンドリア側からの攻撃は止み、あわせてこちらの弾薬の消費を抑えるためにも発砲を停止した。
マニウスが見ると、遠く隔壁を攻撃している一軍も戦闘を終了したようである。ここは、一度情報を纏める為に宿営地に戻るべきあった。陣地に戻るよう指示を出しながらも、マニウスは突入部隊の指揮をとっていたオリバーの事を考えて、頭を振った。
「オリバーの奴め、思いの他役に立たなかったな。」
勿論マニウスにも弟であるオリバーを失った悲しみは、多少はある。しかし、現王の息子であり、立太子された今となってもオリバーはマニウスにとって、最も有力な王位継承の対抗者でもあったのだから、居なくなるには問題はないのである。出来れば、アレキサンドリアを征服し、討ち死にしてくれれば最も良かったのであったが……
陣地にもどると、街壁を攻撃していた有力貴族数名と打ち合わせを行ったマニウスであったが、河口付近で物見をさせていた伝令兵より、アレキサンドリア側の発表が真実であったと知らされるのである。
「文字通り怒涛の如く押し寄せる大量の水に飲み込まれ、攻略部隊は海へと流されて行きました。波がおさまった時には、既に味方の姿は一兵もなく、海に流されてしまったものと思われます」
報告を聞き、幕僚や貴族達は押し黙ってしまった。既に戦死と病死で正規軍にいたっては8割、貴族の私兵である軍も6割が失われている。民間人の義勇兵は既に瓦解し、兵の形を成して折らず、本国に戻るにしろ東部属領の伯爵家は門を閉ざしてしまっている。教会の兵力は依然健在だが、戦場には出てこないのでは意味がない。
「諸兄はどう思うか、意見を聞かせて欲しい。引くべきか、徹底的に戦って、この地で死すべきかを」
マニウスの言葉に俯いていた1人の子爵が、口を開こうとしたその時である。
「よもや撤退などと申されるわけではありますまいな。そのような言は神もお許しになりませぬぞ。神に逆らう者は全て滅ぼさねばならぬ。これは神の意思ですぞ」
数人の奴隷に担がれた、神輿にのってやって来た東区大司教ディオニクスは、本人は厳かと思っている口ぶりで語ったのである。
うんざりした表情をもはや隠そうともせず、マニウスは大司教ディオニクスに向き合った。
「戦うにしろ、既に我が軍は半数の兵を失い、糧食も乏しい。『黒死病』が徐々に広がる中、この地で止まり死ぬわけにはいかん。大司教座下は、信者の命を酷く軽んじているように思えるが、それは如何なものか」
ディオニクスは、マニウスや集まった貴族達をみてうすら笑う。
「敬虔な信者であればこそ、神の為に戦う『聖戦』で命を失う事など恐れもしないでしょう。王太子殿下ともあろうお方が、そのような発言をなさってはいけませぬな」
そして朗々とディオニクスは語るのだ。曰く神の兵は1兵で異教徒の百人にも勝る、飢えなど信心深い信者であれば、神が慈雨を与えて下さり、恐れるものでもない。神を信じ、ひたすら異教徒と戦うのが信者の務めであると。
マニウスは、大司教ディオニクスに嫌悪感すらいだいて吐き棄てた。
「ならば、大司教座下自らが教会騎士を率いて先陣に御立ちになればよいであろう。
教会騎士2万があれば、神の敵である200万の敵兵と渡り合えるとのことだ。アレキサンドリアの人口は、平民をふくめて3万程度。ものの数日でひざまづかせる事もできよう。まして、糧食は大量にせしめてあり、神の慈雨まであるのですからな。」
自分の言葉の揚げ足を取られ、ディオニクスは激高した。ここでアレキサンドリアを落とせず帰還すれば、教皇からは無能扱いされるのは確実である。
「……どうやら、王太子殿下は神の怒りを恐れる異端となられたようですな。地上の権威でもって、神の権威を揺るがす異端の者を捕えよ」
それに合わせて、周囲を固めていた教会騎士が槍や剣を抜刀し、周囲を押し固める。貴族側の残存兵力と教会騎士の兵力は拮抗しているとはいえ、方や連戦続きで食料も水も不十分なのに対し、教会騎士はいずれも万全な補給を受けていて、疲労も無い。勝負は目に見えていた。
*****
「悪者の同士討ちも面白いかと思ってみてたけど、醜悪なだけですね」
あぁ、ついつい言葉に出ちゃいました。キンピカ王子と似非大司教の前に、隠蔽魔法を解いて姿を現します。むぅ、ここは空気が悪いですね。風壁と雷壁を重ね掛けしてますが、障壁(barrier)も重ねがけしておきましょう。ある意味、狂信者が一番怖いですからね。
(《魔力よ、壁となりて敵の攻撃を弾け!障壁》)
「だれじゃ貴様は。いや、いずれにしても異教徒であれば都合が良い。貴様を門前で嬲れば、愚かなる異教徒も震え上がって、かの地を明け渡すであろう。者共、捕えよ」
似非大司教の命令で、左右に居た2人の騎士が、僕に槍の石突の方を打ち下ろそうとしています。うん、障壁張って正解でしたね。
僕の頭上で大岩を打ったように槍の柄は弾かれますが、慌てず引いた石突で僕を突こうとしています。無論その程度で障壁は貫けませんが、更にしつこく、槍を反転し穂先で突こうとしてきます。
「いいかげんウザいですね。少し静かにしてくれませんか?
《時よ巡れ、早馬の様に、彼らの武器を破壊せよ》」
囁かれた魔法の呪文は、音もなく水面に投じられた小石が波紋を描くように、僕の周囲を満たし広がっていきます。僕が敵認定していた者の手持ちの剣や銃はおろか、予備の短剣や暗器、杖などの魔法具さえもボロボロと崩れ落ちて消えていきました。
「……な、なん…だと…」
正面に立っていた似非大司教も、自身の持つ錫杖もボロボロと砕け散り、足元で錆びた金属屑と化してたことに驚きの声をあげて、2,3歩後ずさります。キンピカ王子様も、剣を抜こうとして固まっていますね。
「僕の名前は、クロエ・ウィンター。今日は降伏勧告の第二段階として着ましたよ。
貴方方の武器はすべて破壊しました。食料も火薬や弾丸さえも既に尽き、水は水源にいかねば手に入らない状態です。これ以上の戦闘は無意味ですので、素直に降伏し自分達の国にお帰り下さい。今ならまだ助かる人も居るでしょう」
「おぉ、では貴女がルキウス神が我等に預けた巫女、『クロエ・ジャンヌ・ルキウス』様ですか。我等を導きに光臨なさったのでしょう?」
僕の名前を聞くと、似非大司教が声を震わせて僕の名を呼びます。正直、おじさんの恍惚とした顔は遠慮したいですね。渋いおじさんだったとしても、その表情を浮かべた段階で台無しです。
「キモイおじさんに用事はありませんよ。話が進まないから黙っていて下さい。《風よ、彼の者の発する言葉を封じよ》」
口をパクパク開きますが、声は一切聞こえません。自分の状態に気付いた似非大司教は、僕にすがりつきますが、雷壁の電撃をまともに受けて、跳ね飛ばされて昏倒しました。やっと、落ち着いて離す事が出来そうですね。キンピカ王子様は、この間に精神的にも建て直したようです。
「まずは、挨拶をさせて貰おう。私は、マニウス・ノース・エリクシアという。隣国帝政エリクシアの王太子だ。」
僕はそう名乗ったキンピカ王子を、胡乱な目でみて呟きます。
「それ、ここで言って良いんですか? つまり今回の戦闘は、エリクシアが国家として戦争を仕掛けてきたと肯定するんですよね? 王太子付きの戦闘で、口上もなく、いきなり先制攻撃するとか、大国として問題行為を周辺国に知られる事になりますが?」
僕の言葉に、キンピカ王子は黙りこくります。その後は、ただの盗賊団のマニウスとして話を進めることになります。
「では、『黒死病』に罹患せず、長期の旅に持ちこたえられそうもない負傷者は、一旦此方に留め置きます。彼らの治療費や滞在に伴う費用は後日明確にし、請求いたしますので、支払いをお願いします。
あぁ、踏み倒した場合は、これもルキウス教やその暴走を止められなかったエリクシアの恥となりますので、覚悟して下さい。
『黒死病』の罹患者や死者については、其方で処理してください。エリクシア国内でも、黒死病は蔓延しているそうですから、罹患し無い事をお祈りしておきます」
「賠償金などはルキウス教会に請求しないのか? 大々的に名乗って侵攻した当事者共だが」
マニウスさんは、僕にそう言いますが、彼らには後日取り立てますのでと伝えます。幕僚や貴族の方々からは、健常者だけでも、船便で帝都ガラティヤへ運んでくれないかという意見もありましたが、それも却下します。
明確な停戦協定が有ったわけではありませんので、現時点で此方の船が王都に入港したら、接収されたり捕虜となる可能性も否定できませんのでね。
この時点で、停戦条件などをアレキサンドリアに持ち帰り、あとはアレクシアさんや議会などにはかって貰います。さて、僕も忙しくなりそうですね。




