31.開戦②
洋上から響く轟音のあと、魔法障壁によって粉々に砕かれた砲弾が散る姿をみて、呆気にとられたのはルキウス教の大司教座下や、王太子殿下だけではなかった。
「はぁ、これがルキウス教の喧嘩の売り方なのかしら?」
口上を聞きに下層街の防衛拠点テラスから、エリクシア側の代表を見下ろしていたアレクシアは、一行をジロリと睨みつけた。
只でさえ高い位置から見下ろされている事に、不満を持っていたディオニクス大司教は、自軍の行為を正当化し始めた。
「これは我々がなした事ではない。しかし、これは神が望んだ事なのだ。貴様らをまともに相手する必要は無いというな」
アレクシアは、ディオニクス大主教を無視することに決め、煌びやかな甲冑姿のマニウスと、同じく甲冑姿のオリバーをみながら宣告した。
「現時点を持って、アレキサンドリア共和国は開戦の口上なしに攻撃してきた貴方方を、賊軍として認識します。夜盗や盗賊相手の交渉は必要を無いと判断し、今後こちらの各施設への接近は、当方の盗賊行為を防衛する為の自衛措置をとります。そちらが盗賊でないというならば、国王なり教皇の正式な文書によって身分を証明しなさい。
白旗による降伏は認めますが、白旗を使用した欺瞞行為を行った場合、各国に対してそちらのやり口を拡散させていただくと共に、その後のそちらの白旗の有効性を認めませんのでよろしく」
宣言が終ると、アレキサンドリア側の代表は早々に城砦内部へと戻り、待機している全員に通知した。
『ルキウス教は、開戦の口上直前に発砲。異教徒とは正式な手順など結ぶつもりなしとの言質あり。これより、アレキサンドリアは防衛行動を開始します!』
神の悪戯か、悪魔の仕業かは不明であったが、殴られたアレキサンドリア側の苛烈な仕返しが始まったのだった。
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いきり立つ教会関係者をその場に取り残し、自軍の本陣に戻ったオリバー達は頭を抱えてしまった。まずい事は複数あるが、数え上げるのも馬鹿らしいくらいである。
第1に、不要にアレキサンドリア側の怒りを買ったこともその1つだ。戦う相手国の機嫌を伺うとはおかしな話に聞こえるが、冷静に交渉を行う為の窓口は常に必要である。
だが、神の名の下にアレキサンドリアは交渉に値しないとの発言は、エリクシア側が交渉を拒否したことになるであろう。
そして開戦口上前の、卑怯と呼ばれても当然の先制攻撃の実施は、周辺国家に知られれば国家としての信頼を大きく失う事は間違いない。
この状況では、まともな会談なり交渉を望むのであれば、エリクシア側が大きな戦果をあげ、アレキサンドリア側から交渉の席に着かせるか、エリクシア側が相当の譲歩を提示する必要が有るだろう。
第2に、アレキサンドリア側の反撃と思われる攻撃で、糧食のほぼ全てが失われた事にある。そもそも補給線が長すぎる。兵力の多さは多量の糧食の必要を意味し、エリクシア側の虎の子の武器である銃などの武器は、剣や槍と異なり火薬や弾丸などの消耗品が必要であった。消耗品が補給できなければ、戦力の欠片にもならない。
そして開戦前に、当初の予定より少ないとはいえ、アレキサンドリアを攻略するには十分と思われる物資が用意できていた為、エリクシア側に後詰の物資の補給を行う計画は、当然無かった。
新たに補給計画を組み、本国から輸送するとしても、一体どの位の日数がかかるのか。新年を迎えたばかりの、寒い季節であり、すでにこの地での一ヶ月近くの野営は、軍の士気に影響し始めている。
第3の問題は、部隊内で発生している『黒死病』と思われる疫病の蔓延に伴う、兵力の損耗である。
幸いにして、今回の出征は国の命令による物ではない為、仮に死亡したとしても遺族への保障も、障害をおった際の年金も不要である(マニウス、オリバーの為付き従った物に対しては別途必要であろうが)。各貴族の私兵は貴族家で負担するのだから、国家としては問題ない。
本来であれば、日和見の貴族達が、自分達の利益を確保しようと軍を出していただろう。しかし本国にすら疫病が蔓延している中、この地まで移動させるかにはかなりの問題となっている。不用意な兵の移動は、更に疫病の感染地を広げる結果になりかねないのである。
よって、各貴族領は自領内への人の出はともかく、入る人間への制限は多くなるか、領によっては入領を禁止する領も現われている。
これは兵員の補充が速やかに出来ないということであり、現状兵力だけでの攻略を強いられるという事になるのであった。まあ、弁当無しでピクニック気分で戦場にこられても、賄える糧食は既に存在しないのだが。
第4に、アレキサンドリア側の攻撃に対する、防御手段が皆目見当が付かない点にある。
物資の集積地にしても、洋上の艦船にしても、アレキサンドリア側が攻撃した事は間違いがないが、それに対抗する手段がないのである。
過去のアレキサンドリアとの戦役では、このようなことは無く、魔法防御さえとっていれば良かったが、今回はその防御すら働いた様子も無いのである。
これでは、何度物資を集めても、味方の艦船を呼んだとしても、再度喪失するだけだろう。
防御手段が無いということは、食料も海上からの支援も武器弾薬も全てを無しで、アレキサンドリア共和国という一国に勝つ必要があるのである。開戦の可能性があると準備を万全に整えた相手と、先制攻撃を行い警戒させた上で。
おそらく、エリクシアという国とすれば、この時点でオリバーもマニウスも双方が王都に引き上げ、あくまでルキウス教徒とアレキサンドリア共和国との争いとすべきであった。教会と信者が勝手にやった事とし、あくまで国家としては無関係としなければならなかった。
そうすれば、アレキサンドリア側が言ったように、盗賊と化した自国の民が他国を襲ったというだけで済むはずである。
だが、地上兵力としては一戦もしていない状態で、引き下がる事などできない。兵に顔を見せていない状態であればまだしも、今引き返せば逃げたといわれて、兵の信頼も、過去の武勲も全てが吹き飛んでしまうであろう。こうしてエリクシア側にとって不本意な戦争は開始されたのであった。
最初に動いたのは、平民とハンターなどの無頼漢の寄せ集めの部隊である。彼らは闘う為に来たのではなかった。極論すれば、神の名の元に他の国を、町を、人を蹂躙できればそれで良かったのである。
なにせ、異教徒を殺せば自身の天での位階はあがり、ささやかでは有るが地上の自分自身も満足できるのだから。エリクシア国内の奴隷や異民族、異端者と同様に考えて下層街の門前に押し寄せた彼らは、そこで凜とした声をきいた。
「そこより踏み込んだ者は侵略行為に加担する者とみなす。命の保障はないと心得よ」
狭間の上に立ち略奪者達を睨むのは、イェンである。彼女もアレキサンドリアの依頼を受けた冒険者として、下層街の防衛任務に着いていたのである。たかが女1人と、突き進む群集に、イェンは軽くあげた右手を振り下ろした。
途端に四方八方の狭間から、エルフ族による矢が射掛けられ男達が倒れていく。女子供は体力が無いのが幸いして、押し寄せた群集の後ろに居たのが幸いし、この攻撃によって死亡した者は居なかった。しかし、最初の攻撃によって恐れをなして反転してきた男達によって、怪我をしたり負傷するものが多発したのである。
「逃げるものはほおっておけ。怪我人を連れ帰ろうとするものも、放置しろ。但し、今回は傷病者の此方への収容は禁止する。」
非情に聞こえるが、傷病者が『黒死病』の患者であるかどうかは判らない。アレキサンドリア側の防衛戦力も、極力相手との接近戦による接触を避ける必要があり、イェンは呟いた。
「全く、これほど心躍らぬ戦いというものは、そうそう無いな」
呟く声は、海風に流され誰の耳にも届きはしなかったのである。




