29.敵は異端者、神兵達の憂鬱そして帰還
学院の年内最終講義を終えた翌日の25日の事である。オリバーは学籍をそのまま残して休みを迎えたが、開戦となれば学籍は削除されるだろう。
思う所が無いわけではないが、王子といえど予備にすぎない第2王子である。国家の戦略に口を挟みようも無く、アレキサンドリアを後にするしかなかった。
アレキサンドリア下層街の帝政エリクシア商館から、護衛の騎士に囲まれたオリバーと商館職員が、陸路本陣を目指した。彼らが陣地に入ると兵の士気があがり、剣や槍を上に突き上げ、鬨の声をあげる。
オリバーを見る兵士達の顔は、みな熱狂的であり、口々にオリバー殿下万歳、マニウス王太子殿下万歳と叫んでいた。その声を聴き、オリバーは兄である王太子マニウスが、出陣していた事を知ったのである。
オリバーの兄であるマニウスは、オリバーよりも3歳年長であり、西部属領の征服戦では一軍を率いて大功を立てた。西部属領を短期間で制圧する為に、ルキウス教を利用する戦略を採用したのは、王太子マニウス率いる一軍だったのである。
マニウスは戦功を上げることには熱心だったが、その後の統治には余り興味は無かったのも影響している。統治自体は貴族の仕事と割り切っていたといえば、その通りなのであった。10年かかって統治を完了させるのなら、兵士の年金など余計な支出なく、最短期間で戦争を終らせる。その後、再度領地を富ませればよいとの考えたのである。
結果として、多くの領で身内からの裏切りや虚言による暗殺などによる領主交代が相次ぎ、エリクシアに属する領土は、急速に増えていった。これにより、短期間で多くの領土を獲得した王太子マニウスは大きな武勲を得たのである。
余談ではあるが、ルキウス教会の暴走が更に西部属領を荒らしていた。教会への喜捨を促す為に、多くのアンデットが野に放たれたのだ。
領主が、アンデットの討伐の為にハンターに依頼をしても、アンデットは場所を変えて出現するだけで、一向に減らない。際限の無い支出が永遠に続く状態である。
結局、民は町の外にすらでれず、農業も商業も停滞してしまった。教会から得た印により、安全を買って耕作しても、僅かな食料を得ることしか出来ない。しかし、その程度では町の住人を養う事ができず、さらに餓死者が増えていく悪循環となっている。
自ら望み、主や家族を裏切ってまで新領主となった彼らだった。しかし、そうして荒れた領土と教会への服従を押し付けられることになったことは、それこそ天罰であろうか。
オリバーにとっては、巨大な武勲を持つ越え難き壁となる兄である。礼を足らずに不興を買うのもつまらない事であった。
「兄上が出陣なされてたか。ならばご挨拶に出向かねばなるまい」
オリバーは身支度もそこそこに、側付きの騎士を伴い兄である王太子マニウスのテントを訪れた。
「失礼します。おひさしぶりです、兄上。
早速ですが兄上が、此度のアレキサンドリア討伐に参戦なさるとは、思いもよりませんでしたぞ。」
マニウスはオリバーの質問に敢えて答えずに、簡単な激励の言葉を口にする。
「あぁ、オリバー。お前も漸く着たか。国本からお前の武具一式も取り寄せてある。此度のアレキサンドリア討伐がお前の初陣だ。しっかり励め」
挨拶もそこそこに、王太子である兄の参戦について質問したが、兄は軽く手を振り、護衛や側付きの騎士をテントの外に退出させると、ようやく口を開いた。
「教会の犬は何処にでも居るのでな。とりあえず教会主導の戦いとはいえ、戦略も戦術もわからん馬鹿共に、いたずらに兵を損なわされては堪らん。
それに、どうやらアレキサンドリアの奴等も今までは猫を被っていたようではないか。これでは、お前の知識すらどの程度当てになるかわからんな」
オリバーは兄の言葉に肯いて、戦況に関わる情報を互いに交換した。そして、想定以上にエリクシア側の分が悪く、唖然としたのである。
エリクシア側の兵数は、現時点で兄マニウスとオリバーに従う正規軍が夫々1万、それに他の貴族軍が4万である。その他に東区大司教ディオニクス猊下に従う教会騎士が2万と、義勇兵としての市民・農民・奴隷などが2万と、兵数だけなら10万と大部隊である。
しかし、義勇兵2万は実戦を知らない市民に、集団での戦闘に慣れていないハンター達の集団であり、戦力に数えるには心もとない。
更に教会騎士は、戦闘中にはでてこずに略奪となってから、さも当然の様に現れ良い物から奪っていく。西部属領での戦闘でもそうだったという兄の言は、信じるに値するであろう。
これでは、こちらも戦力として数えるのには無理がある。彼らへの指揮権も協会側が持っており、王族とはいえその命令を無視することは考えられる。なぜなら今回の討伐戦は教会主導の戦いなのだから。
国家として行う戦争ではないという大義名分の為に、軍の指揮権を手放した状態での戦争行為の影響であった。
糧食を押さえているのも教会側であり、神の前には信者は平等などといい、食事の量も質も平民も貴族も一緒であり、貴族側の不満が高まっている上、教会側は今から勝った後の皮算用を繰り広げ、宗教者だけが毎日が宴会のようだという。
「それでは、食料自体も……」
「あぁ、もって2ヶ月はあるまい。それに開戦前に消費される分も含めれば、戦闘帰還は10日程度が限度、帰還の分の食料を考えなければもう少しあるだろうがな。やつらはアレキサンドリアを征服すれば、食料など幾らでも差し出させればよいと考えてるからな。
短期決戦とするためにも、海軍も60門級砲艦ウェルカーヌス級が5艦、年明けにやってくるはずだ。兵力が揃い次第開戦し、基本的には海軍の砲撃による防壁の破壊後、地上軍が突入という戦術となる」
オリバーは河口に魔法で作られた岩礁を思い出し、兄へ追加で伝える。兄も問題視しているが、砲撃により破壊できるほど正確に狙えるかどうかも問題となるし、多数の砲弾が更に河口を塞ぐ形にもなりかねない。結局アレキサンドリアに一矢報いた過去の戦術は、早々に封じられてしまったのである。
その夜、教会側も含めて基本的な戦術は了承されたが、糧食の分配は教会側の徹底的な拒絶により却下されたのであった。そして協会側は、オリバーとマニウスに軍内で疫病が発生している事を知らせなかったのである。
そして数日が過ぎ、新年を迎えたアレキサンドリアの下層街に、集団で向った一部の貴族達は、固く閉ざされた街門に阻まれ、街の中に入れずに戻ってきたのである。
交戦直前の相手国(この場合都市ではあるが)を訪れる一見馬鹿な行動も、彼らからすればなんでもない行動である。開戦の口上も宣言もされていない以上、未だ両国は通常の関係であり、金はあるのだから都市内での買い物と滞在を求めたのであった。
アレキサンドリア側は、彼らに丁重に説明をした。現在帝国方面は、『黒死病』が蔓延した危険地域と認定されており、防疫処理の為、入場申請後40日は隔壁外に待機していただくしかないと。当然アレキサンドリア側の監視区域から外れれば、カウントは0日に戻される事も……
この話を聞いたマニウスは、即刻兵の健康状態について調査をさせたが、結果は惨憺たる物であった。既に3割の兵が疫病に罹患し、日々数百人が死亡している状況が、初めて知られたのである。
即座に死者や重篤者は軍の陣地から遠く離される措置がとられたが、それらの作業中に罹患者の体液や蚤による吸血行為により、作業者自体が罹患していく。潜伏期間が2~7日の間に、接触した者へと更に感染が進んでいく事になった。しかも今回の行軍は、通常の軍事行動と異なり、医療関係は極少人数しかおらず、治療もおぼつかない。
大勢いる教会関係者は、病人の治療を神に祈る事で完治するといい、直接の治療を拒否したのである。完治しなかったものは神への信仰が足りなかったのだという名目によって……
『黒死病』に治療薬はない。発病すれば隔離という名の死が待つことになり、多くの罹患者が沈黙することになり、さらに兵を蝕んでいったのである。
そんな状況のもと、数日を過ごした新年祭の夜、彼らはファロス島上空に『大輪の青い花』が轟音と共に咲くのを見ることになったのである。
*****
僕は収納から取り出した、直系20cm、長さ30cm程の筒を屋上庭園に設置しました。勿論片隅には魔石の回収装置も設置済みですよ。
「さて、行きますか。打ち上げ花火モドキ1号投入。accelerator start。発射!」
シュポンっと多少気が抜ける音で、打ち上げ花火モドキ1号は打ち上げられ、数百メートル上空でドーンという大きな音をだします。空中で大きく開いた花火は、空に青い大輪の花を咲かせます。
途端にバタバタと広場に足音が響きます。屋上庭園のドアが大きく開いて、アレクシアさんが息を荒くしていますね。相変わらずの美魔女っぷりですが、その後ろにエマとジェシーの姿も見えます。僕は3人に軽く右手を振って、2発目の花火を筒に投入します。
「次も打ち上げますよ。accelerator start。発射!」
そして再び気の抜ける音と共に打ち上げられて開く花火モドキ。階下からドンドンとドアを叩く音が聞こえていますが、エマもジェシーも動きませんね。外の人が入ってこれないんじゃないでしょうか。
そう思っていると、ドアが音高く開かれる音と、先程よりも大勢のバタバタと響く足音が聞こえます。そして……
「「「クロエ!」(さん)」(様)」
やや大きく響く3人の声。う~ん、綺麗にハモリますね。もしかして練習してたんじゃないでしょうね?
イリスさんに、ユイ、そしてユーリアちゃんですね。背後にはリリーさんやカタリナさん、ミロシュさんの姿も見えます。僕は最後3発目の花火を筒に投入します。
「最後いきますね。accelerator start。発射!」
そして三度気の抜ける音と共に打ち上げられて開く花火モドキ。綺麗に大きく開く柳の様に流れて落ちていきます。ザーっ音を立てて回収される小さな魔石。やがて、その回収音が聞こえなくなり、お祭りではしゃぐ人の声もふいに聞こえなくなってしまいます。
周りを見ると僕を囲むように集まる人々。変ですね、キルニア城砦でも同じように囲まれたのに。あの時は不安や恐怖だけしか無かった様に思えます。状況的には全く同じなのにね。
僕はアレクシアさんの前まで歩いて、立ち止まります。そして、僕は言いました。
「みなさん、只今無事帰りました。」
大きく一礼すると、背負った『天羽々斬』がガチャリと音を立てました。僕は天羽々斬を両手で持ち、目の前に掲げます。
「天羽々斬、今日まで僕を守ってくれてありがとう。また、機会があったら宜しくね。《戻れ、天羽々斬》」
淡い燐光を放ち、消えていく天羽々斬に、僕は感謝の一礼をします。
そして、気づくとアレクシアさんが目の前で、黙って立っていますね。僕が漸く帰還の儀式を終えたと判断したのか、いつも通りの綺麗な笑顔で答えてくれます。
「おかえりなさい」
そして、僕はみんなに抱きしめられました……
*****
夜空に浮かぶ『大輪の青い花』をみて、兵士達が歓喜に騒いでいる片隅で、オリバーは空を見ながら呟いた。
「あいつが開戦を目前に、帰参したか。これで、アレキサンドリア側は『虎に翼』を得たな。ますます、勝ち目を拾うのが難しくなったか……」
空に浮かぶ三日月は冷たく鋭く光り、オリバーを冷たく照らしていた。それは、クロエと最初に対戦したときに目にした死神の大鎌を連想させ、オリバーは身震いしたのであった。
その背後、遠くはなれた場所では、『黒死病』に罹患した患者が、生きながら死者とともに火葬されていく、炎と煙が揺らめいていたのである。




