7.初陣(魔法学院第1医療班)……脱落者2名
今回は、イリス視点となります。途中残酷描写等がありますので、苦手な方はご覧にならないほうが良いかもです。
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私の名前は、イリス・エアリー。始祖四家直系のエアリー家の長女よ。都市防衛機構が作動したあの日、私は学校の大図書館で人体の構造や仕組みについての文献を読み漁っていましたわ。そして、上階に響き渡る警報音に、私を含めた学生達は静かに動き始めましたの。
魔法学校に入学した者は、たとえ年齢が何歳であっても、非常時にはこのアレキサンドリアという都市国家を守る盾となる事を誓約する。誓約に従い、個人ごとに定められた役割をこなす為に、即時集合しなければならない。鳴り響く警報音と足音だけが聞こえる緊急通路を通って、ファロス島20層にある医療班詰め所にはいった私を、お母さまが迎えてくれたの。
「魔法学院第1医療班8名。班長イリス・エアリー以下総員8名集合いたしました。」
「よろしい。第1医療班は、以後識別証を作動させて待機。今後、指示以外での19層への移動は、脱走扱いになることを言明します。」
お母さまは、集合した私達医療班8名をみて、満足そうにうなずいた後、待機命令をだして、アレクシア様と問題の層に降りて行った。
その時点では、エリック様から下層街や外部からファロス島基部へ向かった敵は存在しないことが伝達されていたから、誤報なんじゃないかって、詰め所内は少し緊張が解けていたわ。
その時だった。下の階から轟音と振動が聞こえてきて、直後に私達に25層上階に緊急出動命令がでたわ。非常通路を通って、目的地に着いたとき、そこに見えたのはある意味地獄絵図だったわね。
床に横たわる紅のドレスの少女と黒のドレスの少女の下半身。上半身は蒸発して、切断部は焼け焦げて異臭を放っていたし、異形のオートマタがひしゃげていた。通路内は赤い血や液体が飛び散っていたし、落ちていた左腕や残された少女の下半身をみて、医療班の娘が二人吐きそうになっていたわ。
お母さまの呼ぶ声に、通路奥の壁を見た時は正直血の気が引いたわね。お腹に刺さっているのは、大剣でしょ?何が起きたかはわからないけど、まだ生きていること自体が脅威よ。
お母さまが必死で治癒魔法をかけ続けているけど、出血が多い。大剣を抜いたら、大量の血があふれて死んでしまう。
「エリック、壁から大剣を少しづつぬいて。イリスは私の反対側でサポート。剣が抜かれるのに合わせて、患者の体を移動させて。他の要員は緊急用医療シェルターを展開しなさい。早く」
お母さまの声で動き始めるけど、だめね。7番と8番の子は倒れる寸前だわ。
「7,8番は即時二班に連絡して、医療待機状態から、緊急治療待機に移行を指示。あなた達はその後、治療室で緊急受け入れの準備。重傷者1名の緊急搬送に備えるように」
私の声に駆け出す二人ですが、この程度の怪我人をみて動けないようでは、前線では使えませんね。各街・村での治療班に回ってもらうしかないでしょう。
大剣ごと重傷者の身体を動かして、傷が広がらないように運びます。魔法学院の制服が、彼女の血で緋に染まりますが、そんなことかまっている暇はありません。周囲は濃厚な血の匂いが充満して、呼吸すらしたくない状況です。
壁から大剣ごと彼女の体を動かして、ケース状のシェルターの上で身体をホールド。怪我の状況を確認すると、腹部に大剣が貫通して、脊椎や骨格へのダメージが大きい。合わせて内蔵も破裂や断裂しています。彼女が魔法を使ったのかはわかりませんが、腹圧で内臓が飛び出る状態にはなっていないことから、治癒魔法で何とか持たせることができる状況です。その他は、両脚大腿部にナイフによる刺し傷と、裂傷。此方も骨まで達していますし、左脚はナイフを無理に引き抜いた為か、大穴を穿っています。革靴を脱がせると、指先は骨折以上ですね、どうやったらこんな怪我をするのでしょう?こんな足でよく立ち上がれたものです。
少しづつ大剣を抜くのに合わせて、表皮や筋肉、内臓、動脈・静脈といった各器官の復元を行います。荒療治になりますが、患者の身体全体から身食い(この場合、組織再生に伴い、体中の脂肪等が消費されること)により、余分な脂肪や筋肉が削られますが、生命維持を優先します。脱落した2名を除いて、お母さまを加えて7名で器官再生と生命維持、止血を並行作業で行い、何とか大剣を身体から貫ました。
エリック様が彼女の右脚に刺さったままのナイフに、呪文を唱えるとナイフはするりと身体から落ちましたが、人道的な武器じゃないですよ、それ? 刺さった後で、体内で刃が開くようになっていますね。
脚の付け根には、止血に使われたドレスの切れ端が確認できます。いい判断ですね。これが無ければすでに失血死しているでしょう。
医療用シェルターに寝かされたその子は、白い顔がさらに血の気が失せて既に亡くなっているのではと思えるくらい。シェルター内の液体も血で赤く染まります。
その後、緊急治療室に搬送して、彼女が着ていた衣類は全て裁断して廃棄します。非常事態なのですから、ノンビリ服を脱がせてる暇なんてないんですから。とりあえず私達1班は彼女の身体の増血と生命維持だけで手がいっぱいです。
でもこの娘の体もかなり強靭ですね。弱弱しいとはいえ、心臓は規則的に脈を打っています。
やむを得ないとはいえ、これだけ連続での魔法治療がつづけば、急激な代謝の活性化で栄養不足に陥ってもおかしくないのに、表面上は既に貧血で倒れた程度になっています。ある程度身体の機能が回復すれば、栄養や水分はシェルター内の液体から取り込めるはずですが、本当にこの子は魔力が無いのでしょうか?
今は考えるのは止めておきましょう。治療を維持しながら、補助の学生に魔法陣を用意させ、最後に私の血で呪印を記したものを用意します。怪我のひどかった腹部と両大腿部、両脚のつま先に当たる部分に、魔法陣を張り付けて、回復力も強化しておきましょう。血の呪印なら、一日は持つはずです。
その後、魔力切れになる子が出始めた頃、2班と交代して与えられた待機用の個室に入った私は、そのままトイレに駆け込みましたわ。気が緩んで一気に吐き気が私を襲います。
なんとか現場で吐かずに済みましたが、トイレから出るまでに時間がだいぶ必要ですね。吐き気が収まった後は、何とかシャワーを浴びて血の跡や匂いをきれいに洗い流して、私はベットに倒れこみました。
そうしてふと考えます。幸い、今回は戦時じゃないから、負傷者もあの子だけでした。今回は彼女の治療に多数の人数が動員されましたけど、実戦下では、どんなにつらくても見捨てるしかない状況だったでしょう。彼女の命を維持する為に、多くの治療士を張り付かせ、他の患者を見殺しにすることなどできないのですから……
そんなことを考えているうちに、私は魔力消費と精神的な疲労ですぐに眠ってしまいましたわ。
翌日は搬送から離脱した2名を加えて8名で、治療と生命維持の当番をこなして、通常状態に戻りました。以後は通常の医療班に彼女の治療は引き継がれます。
そして予想通り、7,8番の娘は自分から所属の移動願いを出して受理されたようです。街や里の医療所に行っても、大怪我をした人間を見ることはあるでしょうけど、こちらにいるよりは頻度も少ないでしょうし、迷惑をかける人も少ないですからね。2班からも脱落者が出たと聞き及んでいます。
戦う戦士たちは、戦場での興奮状態などで、死者やけが人をみても、その場でどうこうなる人は少ないでしょうが、私達医療班は冷静な状況でそれを見なければなりません。凄惨な現場を目の当たりにして、脱落する方も出るのは当然ですわね。
更に翌日、他のクラスの女子から、不穏な話を聞きました。怪我をしたあの子が下層に向かう直前に、リアンとワイアットの二人と話をしていたというのです。放課後、二人を問い詰めるとあっさりと自分達が彼女を下層に向かうように仕向けた事を認めました。
「魔力無しの女が、アレクシア様に取り入ろうとするのが悪いんだろう。防衛機構が誤動作したのは、僕達の責任じゃないし、そんな深部まで入り込むなんて、僕らの想定外なんだから。」
リアンは青ざめた顔をしてそういいますが、ワイアットは無反応です。この人達は自分達が多少ちやほやされるからって、選民意識に偏り始めていましたが、ここまでひどいとは思ってませんでしたよ。
「そう?その話、エリック様やアレクシア様も納得してくれるといいわね。今回あなた方が仕向けた動機なんてどうでもいいの。
あなた達の行いの結果として、高価なオートマタが3体全損し、多数の人が緊急事態に動員された。医療班では複数の脱落者さえ出しているわ。そして、一人の女の子が死ぬ寸前だったのよ?これは、未必の殺人行為なの。
あなた方が軽い気持ちでしたことで、他の人の人生が変わってしまった事に対する謝罪が必要なんじゃないの?
そしてそれが、この国の盾となることを誓った人がすることなの?彼女も守るべき国民の一人であり、魔力が無いからって、村や街にすむドワーフや獣人の子は守る価値もないといってるのと同じことじゃなくて?」
私の言葉に、リアンは俯きますが、ワイアットは顔色一つ変えませんね。まあ、この人は普通でもわかりにくいのですが。
しばらく黙っていた二人ですが、ワイアットが口を開きます。
「アレクシア様に取り入ろうとしていた女に、策略を仕掛けたのは僕だ。すまないが、エリック様やアレクシア様に説明し、謝罪したい。僕達を連れて行ってくれないだろうか?」
彼女、クロエはもうアレクシア様の家に戻っているはずですが、おそらく医療用シェルターから出ることはできないでしょう。どのみち、殿方と面会できる状態ではありませんし、ぐずぐずしていると二人も調査委員会から出頭命令がくるでしょうから、先手を打つしかないと判断したようですね。ほんと、こいつはいけ好かないやつですわ。
「……いいでしょう。今からアレクシア様の家にいきますよ。その後はアレクシア様の指示に従ってください。」
そして、予想通り大騒ぎとなりましたわ。
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クロエと呼ばれた少女の、事故状況への質問の席での話です。エリック様が確認した状況をまとめますが……
「では、まとめるとクロエ君は魔法を使えるが、身体の外に魔力が漏れない特異体質ということで合っているかい?身体強化系の魔法を使って、最初のオートマタ【ハンター】を倒し、【緋の双姫】とは善戦するも力及ばす倒れたと?」
「……はい。その通りです……」
エリック様の確認に答えるクロエをみて、私は驚きで固まりましたわ。魔力が漏れない特異体質もそうですが、オートマタとの戦闘?
【緋の双姫】と呼ばれたオートマタは、まだ生産ラインに乗っていない最新型のオートマタで、従来の機械式のオートマタとは異なり、一部ホムンクルスの技術が応用された、2体1組で動作するものです。アレクシア様とエリック様、そしてうちの母リリーも含めて3家の技術の粋を尽くした現時点で最強の防衛戦力ですよ?
試作段階の【緋の双姫】は、死角を常にお互いがフォローし合うことで、大人10人の分隊を殲滅しています。学習機能を持つため、一度使った攻撃手段は二度目は通用しませんし、魔法攻撃すら防御します。試作段階ですらエリック様とアレクシア様がやりすぎちゃった、てへって笑ってたのに?
そんな化け物と善戦した?私より一つ年下のこの子が?
しかも、どこから来たかわからないとか、怪しすぎでしょう。お母さまやアレクシア様達はお忙しいのですから、私も彼女の様子を注意しておきましょう。ワイアットが彼女を気にするのもこの辺にあるのかもしれませんわね。