5.大輪の青い花と【漏らす】に拘る女神
序盤はエリック視点です。
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「……なんだったんだ?今のは。」
都市防衛機構を操作しながら、エリックは先ほど一瞬見えた監視カメラの映像に思いをはせた。非常事態を告げる警報の中、各部署に連絡をとると、下層街にも問題は起きておらず、ファロス島基部に接近した物体も無い事は確認できた。
だが、25層で迎撃用オートマタが起動している事を確認し、映像を切り替えたその時、一瞬映った画像。それは大輪の花を咲かせた青い花にみえた。直後なにかが飛んできて、映像は途切れてしまい、確認が出来なかったのである。
エリックは、25層に向ったアレクシアとリリーに連絡をとる。
「アレクシア、リリー。25層上階で、今オートマタの反応が消えた。何者かが侵入している可能性がある。24層は既に閉鎖済みだが、監視システムに反応はない。そちらはどうだ。」
『こちらアレクシア。今のところ異常はないわ。25層下階は静かなものよ。何者かが侵入した形跡は見当たらない。
まって、上階との境のハッチが非常シャッターで閉鎖されている。監視システムで様子はわかる?』
「だめだ。通路に設置してある監視システムが潰されている。こちらでは様子がわからない。」
エリックの声に、リリーが反応した。
『エリック、非常シャッターを開けて! 中に居るのはクロエよ』
「『なん』だと(ですって)!」
エリックは、迎撃していたオートマタが稼動不能にされた事によって、連鎖動作していた2体の新型オートマタを緊急停止しようとして拒否される。通路のシャッターの開閉スイッチを操作するが、動作しない。
「だめだっ。安全確認が出来ていないせいで、解除できない。」
そうしているうちに、一体のオートマタが倒される。2体目も中破を示すシグナルが表示された。
「2人とも気をつけろ、新型の【緋の双姫】が倒されている。クロエ以外の何かが居るかもしれない!」
『どいて、リリー。壊すわよ』
アレクシアの声の直後に響く振動と轟音。直後にオートマタの反応が消失したことを確認し、エリックも管制室を飛び出す。アレクシアたちとは別ルートで、閉鎖区画である24層に侵入し、25区層上階へと続く非常用ハッチを開け床に降り立った。
最初に目に映ったのは通路の曲がり角。天井付近にショートソードが突き刺さっている。柄にはオートマタの右手が、手首の辺りから千切れた状態でついている。
通路を曲がると、床には拉げた元オートマタの部品が1体と、【緋の双姫】の腰から下だけが残っている。アレクシアの魔法の巻き添えで上半身は失われたらしいが、白いドレスは返り血と自らの人口血液で緋に染まっている。
通路奥の壁には、濃い紫色に染まった何かを、リリーが必死に治療している。それが元は青いドレスを着たクロエだと気がつき、思わず床に膝をついた。
アレクシアは顔を伏せて床に蹲っている。過去の自分を思い出したのかもしれない。
ファロス島25層。そこは、かつて第二次エリクシア戦役において、アレクシアが戦傷を負い、始祖四家ウィンター家の血が絶えることが確定した場所であった。
3日後、エリックはアレクシアを工房に呼び出した。
「なんなのよ、エリック。私はあの子の傍にいないといけないんだから、用事があるなら早く言って。」
そういうアレクシアに、エリックは回収した2本のショートソードと、それに付いていたオートマタの手を見せる。
「どうみる?」
こうなったエリックは動かない。アレクシアは諦めて、差し出された残骸を観察する、
「こっちはすっぽ抜けた感じね。左手はこれ?指が何本かなくなってるよ。」
「ああ、床に落ちた証拠品を攻撃魔法で潰した奴がいたからな。こっちは右手だ。手首からちぎれている。」
「なによ。貴方の作ったオートマタは、同士討ちをするの?」
「茶化すなよ。お前にもわかっているはずだ。こいつは相手の戦力を図る為の指標となるオートマタだ。
コイツのコアにはクロエを守った奴かクロエを襲う姿が残っていたはずなんだ。最初に消息を絶った機体だからな。だが、実際に残ったデータは無い。」
「? どういうことよ。コアに戦闘記録は残っているでしょう?」
「こいつの魔道回路は、何者かに膨大な魔力を流されてコア自体が破壊されてしまっている。そして、左右のショートソードが刺さっていた場所は、あのフロアの監視システムの位置だ。偶々そんな偶然が起きると思うか?
それに、大剣がクロエに刺さっていたことからも、【緋の双姫】はクロエを攻撃対象と認識していた事は間違いがない。
クロエは魔力放出がないから、市民登録されていない事もあって、最初の【ハンター】は誤動作した可能性も捨てきれないが、【緋の双姫】はクロエを脅威と捉えていたことは間違いがない。
それに俺は監視システムが破壊される直前に映ったものを俺は見ている。画面の中央に青い大輪の花が咲く姿を……」
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「…ボケ、アホ、カス。さっさと起きんか」
頭を何度も叩かれて、僕は目を覚ました。周囲は真っ黒だが、今回は声が聞こえてる。
「あれ?アリアが此処に居るって事は、僕は死んだのか?」
そういった途端、今度は蹴られた。アリアは『一葉』の姿で、目の前に現れた。右手にはシンプルな杖を持っている。
「たわけがっ、そんなに簡単に死なれたんじゃ予定が狂うわ。
うぅ、貴様らの言語にある悪態の端から端まで貴様にささげたい気分じゃ」
相変わらずひどい言われようではあるけど、確かに一週間程度でこれでは、アリアが文句を言いたくなるのもわかる気がする。杖かなにかで頭をゴツゴツと、連続で叩き続けながらアリアは言う。
「お主は物理法則位しっておるんじゃろうが~、2分の1mv二乗じゃぞ。加速して速度が上がれば、運動エネルギーは2乗になって影響するのじゃぞ?
そんなものまともに喰らったら、生身の、ましてや女子の身体で持つわけが無かろうが~」
気のせいだと思うけど、一葉の姿を取ったアリアの両目に光る何かが見える。涙?
「いや~、今思うとアレは無理だった、身に染みて解ったよ。むっちゃ気持ち悪くなったし。
そういえば、話は変わるけど、魔力が漏れないのは僕の仕様?普通の人と違うらしいけど」
僕がそういうと、アリアはかなりむくれた。
「だから、たわけと言っている。私が作ったものは完璧に決まってる。何か知らんが、漏れたり、漏らしたりするわけ無いであろうが「いや、別に漏らすとは言って」…そんな不出来を標準だと思っている奴らの事など私は知らん!とっとと帰れ」
そう言うとアリアは僕を蹴り落とした……
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目を覚ますと少しは見知った天井だった。星と月が煌めいている。周りを見渡すと、誰も居ない。身体を起こそうとして、僕はなにか筒状の容器に寝かされているのがわかった。容器の中は水?のようなものが満たされている。
水の中をただ漂っているような状態で、待つ事数分だったろうか。部屋のドアが開いて、アレクシアさんとリリーさんが入ってきた。
「目が覚めたのね。全く、心配させないでよ」
アレクシアさんが言うと、傍らでリリーさんが笑う。
「さっきまで、目を覚まさなかったらどうしようなんて慌てていたのは誰でしたっけ?」
「なっ、そんな事はないわよ。仮にもウィンター家で世話していたものを死なせるのは、さすがに外聞が悪いと思っただけよ。」
そういい、そっぽを向くアレクシアさんを、僕は可愛いと思いました。
「で?なんであんな所に行ったの?」
やっぱり聞かれるか~、聞かれるって事はアイツ等話して無いのか。まあ、さすがに大事になっちゃったしね。
「いえ、ちょっと冒険してみようと思って、階段を降りて行っただけなんですよ。途中で疲れて休んでいたら、変なのに会っちゃって……」
リリーさんは、僕の事をじっと見つめている。
「冒険の代償は高くついたわよ。両足つま先の骨折に、お腹には大穴。両脚は危なくもげる寸前よ?幸い発見が早かったから、大事にはならなかったけれど、もう少し血を失っていたら、目を覚ます事は無かったのよ?」
そういわれると返す言葉もない。直前に都市歴の本を読んでいて、防衛機構の存在を知っているのだからなおさらである。リアンやワイアットには危険でもなんでもないのかもしれないけど、魔力漏洩がない僕にとっては、危険となる箇所も多いのだと知った。
「…青い大輪の花・過負荷による消失・ちぎれた手首・壁に空いた穴……」
アレクシアさんの言葉に僕は固まる。
「あぁ、ちょっとエリックと話した内容よ。変に頭に残っちゃってね」
「そっそうなんですか~」
「ええ、そうなのよ~」
「「あははは~」」
そういって笑う僕達を、リリーさんは冷めた目で見つめていました。
「リリー、早く治してあげてね。エリックも私も、クロエとお話しなければいけないし」
「その肉体言語の後で、さらに治療するのはごめんですよ。クロエさんも解ってますね……」
あぁ、しばらくアリアのとこにいたほうが良かったかもしれない。僕は本気でそう思いました。
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最後までご覧いただきありがとうございました、
今週の掲載はここまでとなります。こちらは週1更新で進む予定です。