4.緋の双姫
※ 残酷描写がありますので、ご注意ください。
通路の中は、所々明り取りの窓があって、比較的明るい。僕はある程度階段を降りた所で、下までかなりの高さがあったことを思い出した。仮に100mの高さがあるとすれば、マンションやビルの25~30階建てに相当する。さすがにその高さを階段だけで上り下りするのは、以前の男の身体でも無理だろう。
リアンもそんなに体力がある様に見えないから、何処にエレベータの様なものがあると思うけど、今までにそんな分岐は無かったなぁ。もう少し降りてみようか……
僕は暫く後に、幾つかの開いた扉をくぐり、真っ黒な扉の前に立っていた。ドアに手をかざすだけで、扉はスライドした。自動ドアみたいなもので、魔力供給はいらないのかな?
部屋に一歩入り中を覗き込むと、少し階段を下がった所に、エレベータらしき扉が見えた。室内には、他に何かの操作卓や椅子が数脚見える。
「やっと見つかった。こんなところまで平気で来れるなんて、リアンは脳筋なのかな。彼なら簡単なんでしょうけど、僕にはきついですね。」
正直、下るだけで結構脚がガクガクだよ。座るような所を探すと、中央のパネルに向う形で、椅子が置いてあるね。少し休んで、疲れを取らないと……
ガクガクする足を進めて、椅子に座った。途端に、椅子が下がり始めました。これもエレベータ代わりなのかな?とり合えず楽に降りる事が出来るので、気にしないで降りていくとしましょう。
……降りた先は、展望室にもにた部屋だ。何本かの太い柱以外何もなく、外を見渡す事ができる。そして、北側の窓から見えたのは外を動くエレベータ状の箱。恐らく、最上階の何処かから、今のエレベーターに乗る事が出来るのでしょう。
「だましやがったなぁ、ワイアットにリアン~」
そう、ここは行き止まりでこれ以上降りる階段とかはない、外周に幾つかの張り出しがあるだけだ。椅子は下り専用だったのか、操作するようなボタンもなにもない。そういえば、さっき読んでいた本に、他国が攻めてきたときの防衛拠点が、ファロス島基部にあるって書いてあったな。ここがそうだとすれば、ここから操作できて上層に上がれるようでは、防衛拠点としてはまずいだろう。
高さがあるから、下から登ってくることはできないだろうけど、空を飛ぶ戦力が居ないとは限らないし。固い防御施設は内部から攻めるのは定石だしね。
幸い、狭い階段が内壁にそって配置してあるから、時間は掛かるけど上りきれるだろうし。
疲れた脚を引きずって、僕はようやく階段を登り扉を通ったときにそれは起こったのだ。
ビービーッと突然鳴り響く警報音と、赤色ランプの点滅。そして、聞こえる電子音じみた声。
『警報・警報 ファロス第25区画に侵入者発見。隣接区画の閉鎖を開始します。侵入者の魔力は感知不能。市民登録されていないものと判断します。都市防衛機構作動します。』
咄嗟に扉を抜けて戻ろうとしたけど、内側からシャッターが降りてきて戻ることが出来ない。
あ~、終わったな。僕がそう考えたのは、通路の角から一体のオートマタが姿を見せた時だった。そのオートマタは6本脚で歩く腰から下の部分と、二本の手を持つ胴体に、三面の頭部を持つ異形のものだった。両手にもつショートソードは、きちんと手入れがされていて光っている。
途端に相手の動きがひどくゆっくりみえて、その間に様々な思い出が頭をよぎる。そうか、これが走馬灯ってやつか。様々な思い出が僕の頭をよぎる……はずだったが、考えてみればたかだか一週間の記憶しかこの場にはないわぁ。あっという間に終わる走馬灯状態。
なのに、相手の剣は変わらずゆっくり進んでくる。
「えっ?」
思わず声をあげて、慌てて回避。回避が成功すると、また普通の速度に戻る視界。
「なんだこれ?」
そういえば、どこかで見たアニメ映画を思い出す。瞬間的に凄い速さで動けていたっけ。なんていったっけか?そうそう加○装置だ。てか、アリアのやつ人の身体だと思って何しこんでるんだ?剣と魔法の世界なら、魔法使えるようにしろよな。
幸い自動でスイッチが入るようで、いちいち判断がいらないのは助かるし、速度が上がってるときは思考も加速されているのか、よどみが無い。まあ、いくらアリアでも機械を埋め込むことはしないだろうから、魔法的な要素で速度を上げているのだろう。
ということは、魔法も使えるのか僕は?異形のオートマタの振るう二本の剣をかいくぐり、胴体部に手を触れようとした。
あぶなっ、関節付近から飛び出た針のようなものに、危なく触れるところだったわ。距離をとって様子をみる。
そういえば侵入者の魔力を検知できないとか言ってたけど、今は放送?は聞こえない。相手に情報をあげる必要はないもんね。監視カメラみたいなもので様子を確認されていると、面倒だ。魔法が使えるなら、試す価値はあるかな。魔法はイメージだと、ラノベの中ではよく言われていたしね。
「…Scan…」
頭の中でカメラをイメージすると、おっ、天井に2台とオートマタの頭に3台か。まずは天井のカメラを破壊だね。外部で誰かが見てたら、それこそ他国のスパイ扱いされてしまう。
オートマタの左右の剣の動きを確認。よし、いまだっ
僕は軽く床を蹴って、オートマタが振り下ろす左手の剣の柄を、右足で蹴った。メキャという何かが壊れる音がして、蹴られた剣が飛んで行き、監視カメラのあると思われる場所に突き刺さる。
オートマタの動きをみると、右手の剣が今僕が居る位置に対して下から切り上げで狙ってきた。こちらは空中だから、そのままでは避ける事が出来ない……普通ならだけど。
蹴り上げた右足を、足場をイメージして空中で固定する。天地が90度傾いた状態で身体を回転させると、スカートが翻り空中で青い花が開いたようにみえる。
頭の真横を掠める剣先。あっ、髪の毛数本切られた。反対のカメラ先に潰していてよかったよ。あっちからだとスカートの中丸見えじゃない。
今度は左脚で通り過ぎた剣の柄を蹴る。あっ、タイミングずれた。ゴキャっとさっきより大きい音がして、オートマタの右手首ごと剣が飛んでいくのが見える。よし、これで二個目のカメラは潰れた。
勢いのまま天井に着地。オートマタの頭部を両手で掴みます。電化製品は、許容量以上の電流を流すと壊れるんだから、こいつは魔力を許容量以上流せば壊れるよね。
両手からオートマタの頭部に魔力を一気に流すイメージでっと。
バチンッと音がして、白い煙を上げ始めるオートマタ。これで、カメラからの映像記録もとんだかな。
猫のように身体を回して、着地。もちろんスカートを押さえるのは忘れない。ふう、何とかなったね。
気が抜けた一瞬で、両足のつま先にひどい痛みがきて、思わずうずくまる僕。途端に全身の疲労が戻ってくる。
「イッタ~、なんで」
両足を見てみると、靴のつま先がひしゃげて朱に染まっている。
「えっ?これって血?」
それを意識した途端、急速にわきあがる吐き気に両手を着いた僕。その上に掛かる自分以外の影……。
咄嗟に身体を前に投げ出すように飛び出したけど、つま先に力が入らないせいで、僅かに遅い。ビリッっと音がしてスカートが裂かれた。そのまま転がって距離を取って振り返った僕の目に映ったのは、大剣を床に突き立てる寸前で止めた白いドレスの少女?
さっきのオートマタというほど機械的なものじゃない。一瞬人かと見間違うくらいの美少女の人形だ。金髪に青い瞳をしているけれど、その顔に表情はない。
白いドレスの少女(白ドレスとしよう)は、ゆっくりと剣先を持ち上げこちらに向ける。その膝丈位のスカートの間から、何かが飛んできて慌てて避ける。同時に白ドレスがこちらに向けて突撃してきた。
くそっ、横に動かされた分回避に余裕がなくなっている。無理やり右に制動をかけ、さらに後方に跳んで距離をとった僕の位置を正確に追跡しながら、突っ込んでくる白ドレス。
加速して背後の壁まで後退して、白ドレスの突っ込みを後方の壁を蹴って、彼女の頭上を通過して回避した僕は、両脚に痛みを感じて着地に失敗した。通路を数回転がってようやく止まった体を白ドレスに向ける。
前に見えたのは白ドレスではなかった。より動きやすそうな短い黒のドレスを着た少女が、白ドレスの背後に立っていたんだ。
「……これは、ワイアットとリアンの想定外の事なんだろうなぁ。これじゃ嫌がらせを通り越して、殺しにきてるし。おかげでこっちは絶体絶命だけど」
唯でさえ武器もない状態で、1対1でも生きて帰れるかが難しいのに、1対2じゃほぼ死亡確定じゃない。しかも、熟練兵の様に連動して動いてくるし、加速していても動きをしっかり追尾されているなんて。
スカートが裂かれて動きやすくなったけれど、脚の痛みはますますひどくなるし、出血も止まってない。何所で死亡フラグ立てたかなんて、思いつく余裕もない。
白ドレスは、僕の血でそのドレスを緋に染めながらこちらに大剣の剣先を向けてくる。黒ドレスはその背後だ。取りあえず武器になりそうなのは、脚に刺さったナイフだけかと、左脚に刺さったナイフを右手で引き抜いた途端、激痛が走る。
引き抜いたナイフをみると、釣り針の返しのように、逆方向に開いた部分がある。どおりで、こちらが抜く間何もして来ない訳だ。こっちの被害が勝手に大きくなるのを知ってて待ってやがる。しかも、あいつ等の大剣に投げナイフに対して、こっちも投げナイフ1本。間合いなんて語るレベルじゃないし、両脚を貫かれている時点で機動力はゼロだよ、ちくしょう。
僕は右手にナイフをもって構えた。人差し指をナイフの鍔にかけて、相手に指先が向いても不自然にならないように。
正直、無言なのが怖いよ。なまじ、見た目は少女だから、話せばわかるように思えるけど、実態は唯の殺人人形だ。
再び突進してきた白ドレス。背後に黒ドレスも隠れているんだろうな。僕は右手人差し指に意識を集中する。
「貫け」
人差し指から放たれる、DEW(指向性エネルギー兵器)である荷電粒子ビームは、白ドレスの左胸に直系10cmの穴を開けた。倒れ伏す二体の人形は、ちょうど僕が入ってきたドアの前で倒れている。
このまま、のんびりしている訳にもいかない。次の刺客がきたら、さすがにアウトだ。僕は持っているナイフでスカートを切り裂き、何とか包帯らしきものをつくると、太ももの付け根あたりできつく縛った。
時々緩めないと、脚が壊死しちゃうけど、それより先に失血死のほうが早くやってくる。防衛機構が作動したなら、人もすぐ来るかもしれないし、白ドレスの大剣を杖にすれば、なんとか歩けるだろう。
そう考えた僕は、ナイフを壁に突き立て、なんとか壁にすがるように立ち上がった。その視界の中で、立ち上がる黒い影。くそっ、まだ生きてやがった。
とはいえ、黒ドレスも左肩を打ち抜かれて、腕は落ちているし、傷からは赤い液体が流れ出している。白ドレスは、僕達の血と液体を浴びて緋に染まっているけど、完全に機能を停止しているみたいだ。
なんとか、黒ドレスに向き合い、人差し指を黒ドレスにむけた僕の視界が闇に包まれた。直後にお腹に灼熱の痛みと、衝撃を感じて身体が後ろへと弾き飛ばされる。直後にわずかに灯った非常灯の明かりで、僕はお腹に突き立って、壁に縫い付けている白ドレスの大剣をみた。
黒ドレスのやつ、残った右腕で照明にナイフを飛ばして、視界を奪った後に、白ドレスの大剣を投擲してきたのか……学習機能付きなんて、反則だよ。初手しか通用しないなんて。
急速に抜ける力と感覚に僕の右手は、力なく落ちて、同時に意識も失った。