16、イリスさんが大変です
「うぅ、今日も寒いですね。コタツが欲しいけど、部屋に合わないしなぁ。」
1月のあるお休みの日の事です。僕は寒さに震えながら目を覚まし、すぐに魔法で室温をあげます。快適になるのは良いのですが、ゴロゴロするには西洋風の建築では難しいというか、今でも靴を履いたままで部屋にいる生活にかなり違和感があるんですよね。
僕の部屋では、部屋の入り口に靴置き場を設置して、部屋の中では室内履きを使っています。ようはスリッパで絨毯の上での生活なのですが、やはり床の上に直接腰を下ろしたりするのは憚られます。いっそ、床をフローリングにすればいいかななんて考えてしまいますが、アレクシアさんの了解もなく勝手に改装するわけにも行きませんよね。きっと、この部屋はアレクシアさんが子供の頃過ごした部屋でもあるでしょうし。
今朝は特に冷えているので、コタツを思い出したせいですね。折角学院もお休みなのですから、何かして楽しみましょうか。そう思ったんですが、何もする事がないんですよね。上層街で生活する人々は、寒い時期はインドアの人が多いのです。獣人の人達でも、寒いときは寒いと言いますし、別に獣人だからと言って寒さに強いわけではないですよね。
あれ? でも熊獣人の人は冬眠しないのだから、動物よりも寒さに強い?? そんな事を考えていたら、イリスがやってきたとの事です。エマに部屋に通してもらいましたが、イリスの様子が何時もと少し違いますね? 如何したのでしょう。
「イリスさん、どうかしたの? 先程から僕をチョコチョコ見ているけど、何か変かな?」
今日の僕の服装は、上はニットのセーターに、下は踝までのロングスカートです。髪もちゃんと今朝は結わえていますよ。ケイティーさんに髪の毛くらい自分で整えられるようにしなさいと、エマ、ジェシー含めて練習させられましたからね。
僕が自分の姿を確認していると、イリスさんがようやく話し出しました。
「今日は、クロエにお願いがあるのよ……」
なんでしょう?かなり言いづらい様子ですね。
「ん? 僕にできる事なら、いいけどなぁに? 言いづらいことなの?」
「……最初に言っておくけど、笑わないって約束してよね。笑ったら殴るわよ。」
はいはい、怒らせるのは怖いですしね。僕はうんうん頷きました。その後もしばらく迷っているようでしたが、ついにイリスが口を開きました。
「クロエのスマートな体型を維持している方法を教えて欲しいの!!」
はい? つまりは、ダイエットの方法ですか? 僕は特に何もしてないのですが。
「イリスさんは、僕がいつもゴロゴロしてるのを知ってるじゃないですか? 僕だって知りませんよ、そんな方法。きっと、僕の身体は燃費が悪いんでしょう。」
僕の言葉に、イリスさんは納得しません。
「貴女は三食私より食べているのに、全然太らないじゃない。私は貴女より少ない分しか食べてないのに……。貴女なら、やせる魔法とか知ってるんじゃないの?」
いやいやいやいや、そんな事はありませんが、今の話の流れでいうと、もしかして……
「もしかして、太ったの?」
「いや~!言わないで~」
直後にイリスの絶叫が響き渡りました。
*****
「痩せるコツなんて、僕よりアレクシアさんやリリーさんに聞けばいいじゃないですか」
僕の言葉に、イリスは首を振ります。
「貴女に聞くくらいなんだから、とっくに聞いたわよ。そしたら、女の子は少しぽっちゃりしてたほうがかわいいのよって言うだけなんだもの。」
あ~、まあ子供の食事制限とかでのダイエットって確かに感心しないですよね。ここの処、甘いお菓子や食事を提供してしまった僕にも、イリスの増えた体重にわずかに責任はあるんでしょうね。ここは、きちんと対応しないと、貴女のせいよとなるのは確実です。
運動すればいいんじゃというと、寒いから嫌といいます。確かに、あまりこの時期するスポーツってないですよね。歩くだけとか、ランニングは確かにイリスにも僕にも厳しいですね。
なにか適当なウィンタースポーツはないかな? 屋内競技は場所の制約がありますし、屋外競技だと近場で出来ないとですね。スキーは山が遠いですし、リフト無しでの上り下りは速攻で死ねますから除外すると、スケートですかね。ここは大河の真ん中なのですから、橋を渡った空き地に氷を張ってすべれば楽しいでしょう。最初はもこもこの服を着てても、身体を動かせば熱くなりますしね。たしか、スケートはランニングと同じくらいカロリーを消費するはず。
「ん~、じゃあ外で運動しようよ。楽しい事ならイリスさんもいいでしょ、僕も一緒にやりますから。」
え~とか、ブツブツ文句を言っているイリスに、僕は靴のサイズを確認します。どうせだから、ユーリアちゃんやユイもやらないかな。靴の裏にブレードを付けるだけですが、今日は簡単にブレード付きの靴底を、靴に装着するタイプを用意しましょう。イリスにはその間に外で動ける格好をしてきてもらいます。
しばらくして準備が出来たので、イリスと共に上層街へ向います。途中でユーリアちゃんとユイに声をかけて、街のすぐ外まで馬車で出かけます。橋を渡るだけとはいえ、500mを川の上を風に吹かれては歩きたくありませんしね。
もちろんお昼用の温かい食事も、準備します。後はカイロ代りに火の魔石を使ったものがあれば大丈夫だよね。
橋を渡って、堤防沿いにすこしだけ移動します。あまり遠くだと移動が大変ですが、近すぎると人目が合って目立っちゃいますしね。堤防のすぐ側は、洪水対策で余り利用はされていないので、土魔法で長方形に窪地を作ります。100m×50mもあれば良いでしょう。
深さは10cmもあれば十分ですよね。
そうして用意した窪地をみて、イリス達は3人でまたひそひそ話しています。むぅ、今回はイリスさんの為にやってるんですよ?
水魔法で、窪地一面に水を張り、氷結魔法で一気に凍らせて、これでスケートリンクの完成です。
「こんな氷の池つくって何をする気なのよ。」
イリスの言葉に、僕は3人に作っておいたブレードのついた靴底を渡します。簡単に固定できるように、マジックテープ式ですよ?
「こうやって、氷の上に立つんですよ。」
僕は氷の上を滑って見せます。お、ユーリアちゃんはチャレンジ精神旺盛ですね。手を引いてあげると、はにかみながらも段々上手に滑れるようになりますね。たまに転びますが、寒い為氷は解けていないので濡れません。まあ、濡れても乾燥魔法がありますが。
しばらくすると、ユーリアちゃんは危なげなく滑れるようになりましたね。同じようにユイも手ほどきをしますが、ユーリアちゃんほどではないにしても、なかなか上手ですよ。
「ほら、イリスさん。手をとってあげるから。」
僕が声をかけると、しぶしぶイリスが僕の手をとります。
「バランスをとって、片足に体重をのせたら反対の足で氷を蹴る感じでね。膝と足首を曲げて中腰にして、つま先はVの字になるような感じで。余り下を見ないといいよ。」
もともと、運動神経は悪くありませんからね、イリスさんは。ユーリアちゃんは、もうかなりのスピードで走っています。ユイもそれなりのペースですが、楽しそうですよ。
これだけ広いリンクが4人だけの貸切状態ですしね。僕自身は最低限の外套にスカートで、いつもの風による断熱魔法で快適ですが、イリスさん達は少し熱くなってたかな。
1時間も滑っていると、もう3人とも滑るだけなら十分ですね。
「慣れるとこんな事もできるんだよ。」
僕は彼女達の前でくるくると2回転ジャンプをしたり、片足でバランスをとって滑ったりしてみます。イリスは負けず嫌いですからね。僕がやれる事は自分もできないと悔しがりますし。
そうして、フィギュアスケートもどきを3人に披露して、脚をクロスさせて一礼しました。途端に鳴り響く拍手に僕は驚いて周囲を見渡します。イリスさん達も気付いていなかったのですね。
即席リンクの周辺は、いつのまにか多くの人達に囲まれていて、みなさん拍手してくれています。
「ありゃ」
思いっきり目立ってしまいましたね。イリス達も顔を赤くしています。
「恥ずかしいけど、楽しいでしょ?」
僕がそう聞くと、イリスさんがしぶしぶ肯きますね。
「はい、温かい飲み物をどうぞ。」
今日用意したのは、ホットチョコですよ。甘くてとても温まります。勿論保温付きのカップですので、固まったりはしていません。
「パンを細く短冊切りにしてきたので、チョコに付けてから食べると美味しいですよ。」
3人にそれぞれ渡して、軽いお食事タイムです。その後、夕方までスケートを楽しみましたが、靴のまま滑ってる子供達とか可愛かったですね。でも、滑っていると危ないので、一角を囲いをして、お子様スペースを作ってあげます。
「そろそろ、夕方ですし戻りましょうか?」
僕が3人に声をかけると、みんな汗をかいて肯きます。軽く洗浄と乾燥をかけて、帰りましょうね。
そろそろ帰るので、リンクを片付けて元に戻そうとすると、周囲の人達にこのままにしていて欲しいと言われます。じゃあ、とりあえずアレクシアさんに確認するので、まずは一週間このままにしておきますねと伝えて、僕達は町から来た馬車に乗り帰りました。
*****
翌日は、あちこち筋肉痛です。脚のすねとか、普段使っていない筋肉を多用したせいですね。迎えにきたイリスは平気な顔をしていますが、知っていますよ? 自分だけ朝から回復魔法で疲労物質を除去しましたね。治癒魔法だと、鍛えた筋肉まで戻ってしまいますしね。
ユイやユーリアちゃんも、身体のあちこちが痛そうです。ちょっと、イリスさん。優越感に浸っていないで、僕らも治して下さいよ!
帰宅した僕は、玄関で仁王立ちしているアレクシアさんに捕まりました。なんでも、街の外のリンクを維持して欲しいとアレクシアさんに嘆願する人々が多数現われたらしいですね。あの時アレクシアさんに聞いてみますといってしまったのは失敗だったようです。
でも、皆さんの嘆願が実り、冬の間は維持していく事になりました。いつの間にかスケート靴の貸出しや、四季の屋台まで出ているそうです。
そして、負けず嫌いを発揮して、足しげく通ったイリスも、ちょっとしたフィギュアスケーター並みに滑れるようになり、体重もしっかり元に戻ったようでした。めでたしめでたし、ですね♪




