12.ある皇女の死②
引き続きリン視点となります。
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私は悩みましたが、結局戻る事に決めました。戻れば恐らく死ぬ事になるでしょうが、私が残れば頼った友達の国と遼寧の間の禍根になると考えたのです。
仮にオリバーを頼れば、私や私の子供は遼寧の皇族の血筋となり、帝政エリクシアに遼寧を攻める口実を与える事になります。そして、これはアレクシスのアルベニア王国でも同じ事です。
また、アレキサンドリア共和国に残れば、引き渡しの依頼などがあった場合、貿易立国であるアレキサンドリア共和国の東方国家との貿易への重荷になるかも知れません。
翌日から、私は再び学院に通いだしました。みんなには、戻らない事に決めたけど、誰のお世話になるかはゆっくり決めさせてとお願いして。みんなは、私が幸せになるならと自分で決める事に賛成してくれました。
じりじりと出港日までの時が過ぎてゆきます。私はみんなに、帰国する事を知られないように、表面上だけでも楽しい学院生活を送っています。楽しく悲しいとても充実した月日ですが、時にもっと早く過ぎ去って欲しいとも思えますし、時には過ぎないで欲しいとも思えてしまいます。
オリバーやアレクシスと下層街のカフェで、チーズ入りの暖かい食事を取りながら、彼らの国の冬の生活を聞いたりします。上層街での生活は、彼らの王都や王宮の暮らしよりも、豪華さでは負けますが、快適さでは数段上のようですね。
クロエさんやイリスさん、ユーリアちゃんとは、みんなで上層街を食べ歩いたり、エルフ族の風習を聞いたりと、毎日が本当に楽しかった。ベッドに入った後、涙がこぼれるときもありましたが、みんなの笑顔を私の為に無くす訳にはいけないから。
そして、ついに出港3日前になりました。このひと月余りの間、何も言わなかったフーが深夜のアパルトマンで私に最終確認をしてきます。
「リン、本当に戻る事に決めて宜しいのですか? 彼らを裏切る事になっても?」
その言葉に私は詰まりますが、もう変えません。
「もう決めました。私の生が何れ誰かに重荷になるのなら、友達の為に皇女として死にましょう。そんな、馬鹿な皇女が一人くらいいても良いじゃない?」
私の言葉に、フーは大きくため息をついて、懐から何かを取り出します。紙の束? フーはその紙の束を私に差し出して言いました。
「この手紙は、奥様から万が一の場合に、リン様が国に戻るという決断を曲げないときに見せるようにと言われておりました。今がその時のようです。ご覧下さい。」
私は訝しげにその手紙の束を受け取り読み始めます。手紙はお約束通りに、この手紙を貴女が読んでいるということは、私は既に他界しているでしょうとの言葉で始まりました。そして、読みながら私の頬には涙が流れてしまいます。だってそれは、アレキサンドリア共和国への旅立ちの前にお母様が書いた手紙だったのですから。
手紙の中で、お母様は言われました。平民の側妃であるお母様の娘である私は、遼寧にいては政争に巻き込まれて決して幸福にはなれないでしょう。だから唯一の我侭として、皇帝陛下にお願いをして、私をアレキサンドリア共和国へ留学という形で国元をさらせた事。
そして、アレキサンドリアへ向う船は難破し、第6皇女である『リン・シャオロン』は公式には既に死亡していることになるはずだということ。その為、仮に国元に戻ったとしても、偽者として捕らえられるであろう事。
私のアレキサンドリアでの生活費の全ては、皇帝陛下がお母様を召し上げたときに、実家へと賜ったお金であること。残念ながらお母様の実家は、この大金の奪い合いにより、ルゥオ・イェンを除いては誰一人生き残っていなかった事が書いてありました。そう、フーという名前は『虎』を現し、お母様や私を護る役名だったのです。本名はルゥオ・イェン。私のお母様の血族だったのです。お母様を護る為に厳しい修行を行い、私が生まれてからは、私の護りに着いてくれた、今は私の只一人の血族です。
私は足の力が抜けて座り込んでしまいます。手紙の最後には、こうありました。時折離宮を訪ねてきたお母様の叔父様という方は、実は皇帝陛下であったこと。
もし二人が皇帝とその側妃でなかったらと、つけていたであろう私の名前が記してありました。
そして、お母様と皇帝陛下から連名で一言だけ、『私達の愛娘よ、幸せに』と。
手紙を読み終えた私は、力なく笑うしかありません。死を覚悟して戻る心算だった、『リン・シャオロン』という遼寧の第6皇女は、既に死んでいたのですから。
そして、オリバーが言っていたように、私がアレキサンドリアに来てから今日まで暮らしてきたお金は、遼寧の第6皇女である私への国庫からの支出ですらなく、言わばお母様の遺産で暮らしていた事。
それは、私自身への皇女としての待遇ではなく、皇女としての義務は大幅に薄らいだのだという事に気付かされたのです。身分を失ったことになりますが、アレキサンドリアでの生活では、身分を感じる事は無かったせいで、逆に身軽になった気すらします。そうして、私は手紙の束を抱きしめ、暫くの間泣き続けました。
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新年祭を二日後に控え、上層街のあちこちで年末の忙しさと、新年を迎える準備で人々が慌ただしく行きかっています。私とイェンは魔術学院の正門を二人で並んで通り抜けます。向かう場所は学院地下の神殿です。イェンの胸で冒険者の証の認識証が、日の光にあたり一瞬光を放ちます。年末年始のお休み期間中ですので、周囲には学生の姿はありませんが、私の心には喜びが満ちています。
魔術学園の地下、神殿のような一室で私は胸を張ってその時を待っています。私の後ろには、イリスさん、クロエさん、ユーリアちゃんの他に、ご家族の方でしょうか。お姉さんのような若々しく綺麗な女性と、少しよれよれな服を着た黒髪の男性に、これはイリスさんのお母さんだとわかるダークブロンドの綺麗な女性が並んでいます。以前あったユーリアちゃんのご家族もいらっしゃいますね。
他には、オリバーとアレクシスに、リアンさんとワイアットさん、そしてイェンが少し離れて並んでみていてくれます。オリバーとアレクシスは少し悔しそうです。あなた方の国(あなた方でもありますよね、2人の話では)を選べずにゴメンナサイ。
やがて年配の男性が部屋に入ってくると、私の名前が呼ばれました。大きく返事をして前へと進みます。
「では、入学に際して魔法書に手を置き、宣誓してもらいます。宜しいですね」
私は大きく頷くと、年配の男性の言う通り、左手を魔法書に乗せ私は宣誓します。
「私は、これより魔法学院及び都市国家アレキサンドリアの盾となり、剣となりて命をとして戦い、アレキサンドリアの民を守ることを誓います。我が真名、ルゥオ・ユイに誓って」
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主役が出てきて直ぐ引っ込んでしまうという展開になりましたが、お楽しみいただけたでしょうか。感想をいただけると幸いです。




