4.それぞれの放課後
アレキサンドリア上層街のアパルトマンの窓から、夕日の映える大橋を見下ろして、黒髪の少女リン・シャオロンはため息をついた。窓から見渡せる風景は、船上で岸を見ているようにも感じられ、リンが好きな風景でもある。
リンの住むアパルトマンは、安い作りではない。室内の照明や台所用品は元より、トイレやドアの施錠に至るまで全てが魔道具で作られ、部屋の調度品は華美では無いが、母国の貴族ですら、所有していないであろう質の高さをうかがわせる。
「これが、魔都と呼ばれる本当のアレキサンドリアの一部なんですね。」
呟く独り言に、返事は無い。ただ無言で入れられた緑茶がテーブル上に配される。
リンは、東方の大国『遼寧』の第六皇女である。彼女の母は、当代皇帝の第3婦人に当たり、リンは本来であれば外交の為の政略結婚の道具とされる立場であるが、平民出身の母は、内外の権力争いに巻き込まれることを嫌った。リンは、母が皇帝に願ってリンを国外に出した事を知らない。リン自身は、皇帝に疎まれ、留学という態の良い国外追放にあったものだと思っているのである。
そんなリンではあったが、アレキサンドリアでの生活を嫌っている訳ではない。下層街の学校では、次々と減っていく他国の子女をみて、自国へと帰る日を少しでも先延ばししようと勉強に励んだのである。
幸いにして彼女の苦労は実った。わずか3人だけの学院への編入枠を手に入れたのだから。リンのため息の原因は、折角友達になれそうだった白髪紅瞳の少女クロエと、成り行きとはいえ攻撃魔法のデモンストレーションで、対決した事によるものだった。
リンとしては、どうでも良かったのだが、男子2名に同じ留学生というだけで巻き込まれたといっても良い。勿論、彼らとは下層街の学校でも面識はあり、数少ない編入枠を争った仲でもあるが、彼らほどアレキサンドリアでの技術の獲得に熱心ではないリンには、友達を作るチャンスを失った気分が強いのである。
クロエとイリスの2人は、なかなか教室にはやってこない。彼女達は多くの時間を勉強を含めた講義に充てており、その知識や技術は12歳以下のクラスにいるのに、既に上級の最終課程の講義を受けている。少ない空き時間ですら、初等の講義とかち合い話す時間すら間々ならないのが現状である。
少しでも接点を作るには、より上級の講義を受けねばならない。クラスの中では、クロエとも仲が良いと思われる、エルフ族の娘ユーリアは強敵だ。自国語でない言語で学ぶというハンデがあっても、下層街の主席を誇っていたリンと成績を争っているのがユーリアである。エルフ族である恩恵をうけ、強い魔力をもつユーリアはリンと同じようにクロエとの接触機会を増やそうとしている。
「私も頑張らないと。」
口にだし、絶妙な加減にいれられた緑茶を含みつつ、今日の講義の復習に努めるリンであった。
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「くそっ、なんだって言うんだ、あの首狩兎め」
下層街の西対岸にあるエリクシア通商館と呼ばれる建物の一室で、オリバーは叫んだ。彼の名は、オリバー・ノース・エリクシアという。帝政エリクシアの第2王子である。
現在15歳となったオリバーは、今の境遇に不満であった。一般にアイオライトでの成人は15歳であり、本来であればオリバー自身も王宮での成人の儀を行い、国内の有力貴族との婚約発表の一つも行っていなければならないのである。金髪、碧眼、眉目秀麗であるオリバーは、黙っていればかなり女生徒から人気があったであろうが、大国エリクシアの第2王子であるというプライドは、その言動の端々から感じられ、人気は今一つである。
王宮の目論見としては、併合後のアレキサンドラリアを与える心算もあり、現状で婚約者が居る立場では、心情的にまずかろうと言う配慮から、婚約などを避けてきていたが、当人はそれを王宮にないがしろにされていると感じていたのである。
本来は勉学は自国から一緒に来ていた貴族の子女に任せて、自身はのんびりアレキサンドリアを攻略する為の情報を得る心算であったが、留学初期の段階で大半の子女が貴族意識が抜けずに問題を起こし、気がつけばエリクシアからの留学生はオリバー只一人となってしまった。特権意識の強いオリバーではあるが、その点を避ける程度の分別は持ち合わせており、ここで自分まで何の成果も無く帰国するようでは、後継者レースに出遅れてしまう為、本気で勉強せざろうえない状況となってしまったのである。
兄の第一王子は国内で着々とその支持基盤を固めており、異端者狩りで武勲をあげていると伝え聞いたが、かたやオリバーは敵国のなかで情報収集という地味な任務をこなすしかない状況である。
せめて、自国の力を示そうとした攻撃魔法の試技での、学院最強ペアと呼ばれる殺人兎と不殺人形に勝てば、くだらない留学など終えて自国に戻れるのではと考えて持ち込んだ新式の銃。どうせ養子なのだから、得体の知れない白髪紅瞳の平民なら、殺しても問題ないだろう射撃した2発の銃弾は、アルベニアのアレクシスの盾にどういった方法か解らないが、返されてしまい、弾き飛ばされたアレクシス共々、倒れこんだ。その場で見た悪魔の様な正体不明のモノは、大鎌を振りかざし彼らを両断したのである。
そのまま意識を失い、ずぶ濡れにされて目を覚ました彼らが見たものは、銃弾によって怪我をしたイリスと、それに激怒しているクロエの姿であった。イリスとクロエの脅迫じみた言葉に、先程の魔法で見せられた得体の知れないモノの群れが自国を襲う幻覚に恐怖を覚え、よもや失禁してしまった。その後のドタバタで、クロエを殺害しようとし、イリスに怪我を負わせたことは不問となったのが幸いではあった。
しかし彼らの立場は急落し、アレキサンドリアでの知己とも言えるリアンやワイアットにまで見下される始末である。大国エリクシアの第2王子で自分が。
オリバーとしては、そんな事態に陥らせた2人の少女に怒りを募らせるしかなかったのであった。
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同じ頃、下層街東対岸にあるアルベニア通商館では、第3王子アレクシスが、切断された盾や胸甲を見ながら考えていた。
今年14歳となった彼だが、浅黒い肌と縮れた髪、細い目をした独特の風貌だが、顔を構成するパーツと配置の妙で、十分に美男子といえた。しかし周囲にはそれ以上に、顔面偏差値の高い人間が跳梁跋扈しているのだから、余り意味がないと本人は思っている。気さくな人柄と、標準以上の容姿は、エリクシアのオリバーと異なり周囲に受け入れられている。
彼が考え込んでいるのは、攻撃魔法の試技で受けた魔法についてである。アレクシスは元々武威を示す必要性を感じていなかったが、アレキサンドリアの現在の実力を図る良い機会とばかりに、エリクシアの王子、オリバーの誘いにのったのである。
彼としては、一部を除いて結果には満足していたが、その結果をもたらした要因については、考えさせられるものであった。盾や甲冑を切り裂くというならまだ解る。だが、甲冑や胸甲を背中まで切り裂きながら、着用していた人間には傷一つ負わせていないという不思議な結果。
そして、それをもたらした大鎌を持った謎のモノ。ある者は悪魔ではないかといい、別なある者は西方の死へと導く神ではないかともいうが、見たのがアレクシスとオリバーだけでは確認のとりようが無かった。
彼の防具や剣は、神々の恩寵を受け、悪魔の類は寄せ付けぬと宗教関係者に言われていたが、どうやら眉唾のようである。アレクシスは今後、宗教関係者の話は大はばに割り引いて聞く事に決めた。売り文句と実情が合わない商品を押し付ける輩を信頼する事など、泥棒や詐欺師に大金を預ける事と同義である。
「ふぅ、やはりアレキサンドリアは容易に攻略できる国ではないか。小国といえど、侮れんな。」
呟くと、背もたれに持たれかかる。彼の母国アルベニア王国は、過去に一度アレキサンドリア共和国と戦火を交えた事があり、その際も強力な魔法攻撃により一軍が壊滅させられている。
現在の国の方針は静観であり、帝政エリクシアがアレキサンドリアに侵攻し、攻略した場合に漁夫の利を狙う立場である。だが、それは次にエリクシアが狙うのはアルベニアであることを確定させるものであり、現在はアレキサンドリアが、自国とエリクシアの直接の接点を阻む障壁となっているのだから、彼としては支援をしたいくらいではある。
白髪紅瞳の小柄な殺人兎と呼ばれた少女と、ダークブロンドにグレイの瞳の不殺の人形と呼ばれた少女は、彼より年下ではあるが双方共に美しい見目をしており、将来的にはかなりの美貌をもつ事が推測された。彼の立場上、正妃としては難しいが愛妾とするには、この国での彼女たちの立場が、高すぎる。
「他の男にくれてやるには勿体無いか。何れにしろ、大きな動きでもなければそれも有り得まい。」
何しろどちらも10歳前後では、直ぐに色恋沙汰はあり得ないだろうが、彼女達を狙うのは彼だけではあるまい。アレキサンドリア国内だけでも、彼女達を狙うものは星の数程居るやも知れない。
そして、リアンとワイアットの存在がある。彼らは自分から彼女達を娶る事はないだろうが、自派閥からの入り婿を狙う立場であり、妨害者となって立ちふさがるであろう。
「まあ、いい。つまらぬ学院生活だが、多少の楽しみが出来たと思おう。」
アレクシスは傍らに控える侍女に目配せすると、心得たようにテーブルに載せられていた甲冑や盾は下げられた。窓から見る空には満天の星が煌いている。
「地上の星にも似た、アレキサンドリアという大地の宝石を得るのは誰か、それとも誰のものにもならず燦然と輝くか。」
彼の呟きを聞くものは無かった。




