51.エリーゼの一日③
◆ 艦内時間13時
「近隣の無人島に立ち寄り、四十八時間の休憩ですか…… ずいぶんお休みが多くありませんこと?」
クラーケン襲来のおかげで総員起こしとなり、賑わう右舷展望デッキでエリーゼが話しかけたのは、医療班の副班長カレンである。四人掛けの円卓には、エリーゼとヘルガの他にはカレンとレギニータが腰を下ろしている。
帝政エリクシア四大公爵家の一人娘であるエリーゼは、その美貌で注目を集めているが、その身分の高さ故に周囲に人が集まることは少ない。自然に発せられる高貴なオーラというか、雰囲気が近寄りがたくさせている点もあるが、そもそもアレキサンドリア共和国とは停戦協定すら結んでいない、いわば交戦国の国民であり、大貴族という重要人物でもあるせいであった。
開放都市に招かれているエリクシア国民も、多くは東部属領の住民であるが、乗艦しているエリクシアに関連した人物は、ギルド令嬢のパトリシアを含めた三名のみであった。二人のそばにカレンがいるのは、物怖じしないカレンであれば気が楽であろうという、クロエ達の配慮であったが、カレンに誘われたレギニータは複雑な心境であっただろう。
「いや~、普通の帆船だって、風にのって航走てるだけなら、やることは少ないですからね。操帆要員以外は結構暇ですよ。まあ、砲艦だと砲と砲の間が寝床の場合も多いですから、やれることは少ないですしね。
この艦は、当直中はそれなりにやることも多いですから、休みくらいしっかり貰わないとね」
カレンの言葉に、多少眠そうにうなづくのはレギニータである。レギニータもお客様の一人であるはずだが、処女航海の一件で事実上カレン付きの予備要員となっており、当直が終わった寝入りばなでの『総員起こし』をくらったのだから仕方ないことであった。
「レギとしては停泊の間中、海に潜れるのがうれしいですの」
レギニータとしては、帝政エリクシアの大貴族であるエリーゼやヘルガに思うところが無いわけでもない。しかし、交戦中であるはずのアレキサンドリアの国民である誰もが、エリーゼやヘルガを他のお客様と対等に扱っている事もあり、そこは見習おうと思ったのだ。
レギニータの言葉に、カレンもうなづいている。船乗りにとっては港町での休息は、一番の楽しみである。そしてそれは他の船よりははるかに快適とはいえ、QAといえど変わる物でもない。
「男共は港々に女ありっていうくらいだしね~。うちの海兵は正しい意味での紳士が多いけど、連中にとってもこの艦の欠点は、寄港地が少ないってことだろうね」
大貴族のお嬢様の前とはいえ、カレンは普段と変わらない。貴族のお嬢様の前で、こういった話題は本来NGであるが特に口を慎むと言う訳でもなかった。
ヘルガやエリーゼは、別に深窓の令嬢と言う訳でもない。領地内の巡察などは、身分を隠して平民に交じって行動することも多く、酒場での情報収集などしていれば、もっとあけすけな話題や行為も多く見受けられるのだから、それなりに耐性もあった。
こういった話題は、なかなかクロエ達とすることもできない為、ヘルガは疑問に思っていたことを尋ねてみることにした。
「……本来尋ねるのもはばかる問題なのだが……、この船は男女それなりの人数もいるのに、恋仲になったりはしないのだろうか? アレキサンドリアの海兵は紳士のようだが、以前いたデカ物のような男でさえ、女性に手を出しているようには見えなかったのだが?」
デカ物と聞いて、カレンは現在営倉に放り込まれている人物を思い出して苦笑いを浮かべた。そして、ちらりとレギニータを見やると、心得たようにレギニータは立ち上がり、エールの追加注文の為に席を外した。
「……まあ、この艦はそれぞれの担当部署以外では、男女で生活する空間が違うのもあるけどね。一番の理由は、女子は軍に席を置いている間は、その手の行為は禁止されているのさ」
そう言って、カレンは指を立てる。
「理由の一つ目は、軍の規律を維持するためってことで、これはわかりやすいだろ?」
カレンの言葉に、エリーゼもヘルガもうなづくが、それはどこの軍でも同じである。だが、軍には上下関係があり、往々にして上官の命令には逆らえないことをいいことに、上官のセクハラが存在することもふつうである。
「そして二番目の理由としては、事をいたすと女性側の行使できる魔法が変わっちまうのが一番の理由だね」
ヘルガの予想外の言葉に、エリーゼとヘルガは絶句してしまう。二人の顔を見ながら、カレンは言葉をつづけた。
「アレキサンドリアの魔法使いは、精霊の加護持ちが多いのは知ってるだろうけど、精霊ってやつは気まぐれなんだよ。やることをやっちまうと、精霊の加護を失ったり、加護が弱まることが多いんだ。
軍としては、兵役中に兵の能力が大きく損なわれる事は大問題なのさ。だから、行為に及べば厳罰が処せられることは軍規にも明確に記述されているのさ」
「しかし、なぜそんな事が……」
ヘルガの問いに、カレンは肩をすくめて答える。
「さぁ、あたしには神様や精霊の気持ちはわからないんで、何とも言えないね。ただ精霊は穢れを嫌う。それは、そちらのお国の神様とやらも一緒だろ。それが影響しているんだろうさ。
以前クロエ艦長とイリス班長が、艦内の区画を男女割にするかで話してたんだけど、女が犯された時に、人は穢されたとかいうし、清らかな乙女と言えば処女と決まっている。
あたしら人間にとって、ぶっちゃけやられた女は清らかじゃないという意識がどこかにあるんだ。神や精霊は、人間の意識をより強く反映するから、加護の消失や弱体化は有りうるってことじゃないかってね」
それを聞いて、エリーゼとヘルガもある程度納得する。確かにエリクシアの教会でも、修道女は未婚で生娘であることを求められる。考えてみれば、貴族も婚姻前の娘にはそれを要求しているのだ。
「実際に加護の喪失や弱体化で、魔法が使えなくなるわけじゃない。だけど、術者自体がその状況に慣れない限り、以前と同じ威力や精度で魔法を行使することは難しいからね。
だから、正式に婚姻が決まった女は軍から除隊する。その後は予備役となるか、現役に戻るかは本人しだいさ。これが、アレキサンドリアの軍に未婚の女性が多いというか、既婚女性が圧倒的に少ない理由だね」
「しかし、そうなると女性ばかりが不利な気がするな。殿方は、そのことによって別に加護を失ったり、弱体化することはないのか?」
ヘルガの問いに、エールを手に戻ってきたレギニータから、冷えた大きなジョッキを受け取ったカレンは高笑いした。
「あっはっは、あんたたちの国じゃどうかは知らないけど、神といえど男神は色欲の強いのが多いからね。この子たちの一族は、その加護を受けてるから何をしようが加護が失われることはないようだよ。まあ、ポセイドニアの加護を失ったら、海中に暮らせなくなって、人魚じゃなくなっちまうもんなぁ」
そういってレギニータの肩をバンバン叩くが、急に話を振られたレギニータは目を白黒とさせるばかりであった。




