35.単純にはいきません
「ユイ、さっきのはどういう「申し訳ありませんが、この件も含めて士官会議でお話します」……」
僕の問い掛けに、ユイは言葉を重ねて来ました。普段であれば、心優しいユイですが、今は厳しい表情を見せています。エマやジェシーはこの手の話には介入してきませんので、無表情で特に感情を浮かべていませんね。
艦に戻ると、ユイは僕に口を出させずに士官会議を招集します。他の乗組員は、寄港時の手順に従って艦内作業が終了次第、二十四時間の艦内での自由時間が与えられました。
陸に上がりたい者も当然いましたが、小規模な泊地なので準備が整っていないというユイの説明に、皆納得したようです。
そして、招集された士官会議の席上では、一週間の各部隊の暫定的な予定が打合せされました。
航空隊は新兵二名の訓練を、艦上と埠頭の滑走路を使用して行うことや、お客様を含めた冒険者小隊による泊地周囲の状況把握と、動植物の確認などの作業を行う事が確認された後、ユイは先ほどの子供たちの話をした後に、僕に問いかけます。
「では、クロエ艦長に質問いたします。艦長は、あの子供たちやユージン司令についてどう対応するおつもりだったのでしょうか?」
なんでしょうね……ユイが怒っているようにも感じますが、とりあえずあの場で言おうとしていたことを、みんなの前で言う事にしましょう。
「え~とですね。まず本艦の余剰物資を利用した食事の提供と、アレクシアさんたちに相談して、今後どうにかしようと……」
「おいおい、まじかよ。そりゃ激アマだろ?」
なっ、いきなり否定したのはリアンですね。まあ、リアンが僕の言葉を否定するのは、ある意味正しい行為なのですが、今回は他の士官もリアンに賛同する表情が多いような……
「……やっぱり、艦長に何も言わせずに連れ帰って正解でしたね」
ユイが大きくため息をつき、イリスさんもユイの肩を労うようにポンポンと叩きます。
「本当にね。はぁ……クロエ、貴女のその行為は正しいとは言えませんわよ」
えっ、リアンどころかユイやイリスさんまで否定的ですか? でも、貴族のとるノブレスオブリージュではありませんが、人道支援って大事ですよね?
「でも、子供たちが飢えたりしているのは、彼らの責任ではないでしょう? であれば、周囲の大人というか、余裕のある者が彼らに支援するのは人道的に良い事なんじゃ……」
「艦長の仰る良い事というのは、意味が解りませんが……
専務長のお話では、その子供たちは孤児といっても殆どが棄児でしょう。ここで食事を与えても、死ぬまで食事が手に入る訳ではないのんですから、彼らのためにはなりません。
彼らが選べるのはただ二つ。この島に残り遠くない未来に死んでいくか、この島を去り奴隷として生きていくかの二つです。
前者を選べば、いつかは飢えるか、凍えるか、野獣や魔物に襲われて死ぬことになります。場合によっては、この泊地か町を襲い、逆襲にあって死ぬでしょう。
後者を選べば、奴隷として主を持ち、仕事をしながら生きていくことになります。こちらを選択するのであれば、自由商人組合に仲介して奴隷商人を手配する。これが我々にできる限界でしょう」
ワイアットが冷静に言います。奴隷ですか……それにはかなりの抵抗を感じる僕ですが、一般的な捨て子であれば、孤児院や軍などで育てることもあったはずです。ならば、アレキサンドリアの軍でも、同じように彼らを兵士としてではなく、この泊地の運用要因として育てる事ができるのではないでしょうか?
「では、ユージン司令の元でアレキサンドリアの軍に……「それは無理ですわ」……」
イリスさんに否定されてしまいました。僕がイリスさんを見つめると、呆れた顔で言葉を続けます。
「あのね~、忘れてるかもしれないけど、アレキサンドリアは基本的に人口抑制策をとっているのは知っているでしょう? 狭い国土で養える人数は限られているの。
土地が養いきれない人口になれば、領土を広げる為には戦争をするしかありませんわね。アレキサンドリアは防衛戦しかしない国是があるのですから、国外の租借地といっても、軍人を、特に兵を無制限に増やすことはできないわよ」
そう言われて思い出しました。アレキサンドリア共和国の現役軍人は学院の関係者であり、予備役の人は上層街の住人、つまり全員魔法使いであるということを。それも、他国からすれば宮廷魔術師クラスです。
泊地での雇用をするとはいえ、軍属になれば彼らの生活や行動は、アレキサンドリアの国が保証しなければなりません。過去に彼らの誰かが、飢えに苦しんだ末に町から食料を盗んでいれば、その保証を求められればとらなければなりません。それは、他国に対して外交上の引け目ができるという事であり、その後自由商人組合との対等の会話は難しいことになります。商人は利にさといですからね、こんなチャンスは逃さないでしょう。
それに、学院を卒業していない者を軍に雇うという事は、魔力が無いという理由で、軍への所属を断った、国内の魔力が無くても軍に所属することを希望した人々に対しての裏切りになります。
アレキサンドリア共和国でも、上層街・下層街の家に生まれるすべての子供が高魔力保持者というわけではありません。彼らは魔力が無いながらも、軍人や軍属としてアレキサンドリアの軍に所属することを望んでいる人もいました。
父・母だけじゃなく、祖父や祖母、血を分けた兄弟姉妹が軍に所属できるのに、自分たちは魔力が無いために軍に所属できないと嘆いた多くの人々も居るのです。
それらの人々の願いを断っておきながら、アレキサンドリアとは無関係の孤児たちを軍属にすることは制度上できません。また孤児が軍秘に触れれば、金銭やその他の理由で、秘密や備品を他国に流す可能性も否定できないのです。
僕はおとなしく黙り込みましたが、そんな僕を見つめてワイアットが女性士官たちをみて発言します。
「あと、すまないが艦長は……大人の事情についてご存じないようですので、適切な人にその辺を説明してもらってください。この話は、今はここまでにしましょう。船務長、医療班長、あとはよろしくお願いします」
ワイアットたち男性士官は、そういってこの場を離れたのでした。大人の事情って、一体何なんですかね?




