22.邂逅(冷たい視線と……???)
「仮装がいい? なにそれ、この暑い中仮装なんてする人いるの?」
「なんですの、その『仮装がいい』って? 貴女こそ、暑いのにおかしな事言わないでほしいですわね」
魔法学院が、夏季休暇にはいったある暑い夏の日、あいも変わらずイリスが僕の部屋を訪ねての発言です。
「『仮装がいい』じゃなく、『下層街』よ。ファロス島の基部にある商人と船乗りの町ですわ。行った事なかったでしょう?」
あぁ、下層街か。僕の記憶に、リアンとワイアットに騙されて、大怪我をした記憶が蘇ります。正直、良い思い出とは言えません。
「歩いていくのは勘弁してよ。僕はこの暑さで、身体が溶けそうな気分なんだから」
そう、この日は特別暑かったのです。いっそ、氷魔法で部屋を氷付けにしたいくらいに。
「歩いて降りる事が出来るなんて考えるのは、貴女くらいですわ。ちゃんとリフトを使いますので、装備と制服をきちんと着けなさいよ。」
うわ、暑いのに制服着るんですか……。僕はげんなりしながらも、着替えを始めます。イリスの今の機嫌だと、放置すると被害がこちらに及びますからね。
*****
数分後、僕はなんとか制服に着替えて、『ガンクロ1RL』セットで装備します。腕輪やニーソまで着けると結構暑いんだよ。髪は簡単にポニテに結わえてお仕舞いです。
「イリスさん、お待たせ。」
ホールで待ってたイリスに声をかけると、読んでいた本? 資料?から目を外して、こちらをみます。
「遅いですわね! 早く行きますわよ」
はいはい、お供いたしますよ。僕はイリスの後を着いて行くだけです。三層から二層、二層から一層への階段を下りると、試験運用中と書かれた扉が見えますが、イリスは平気で扉を開いて入っていきます。
「ちょっ、イリスさん、ここ試験運用中って書いてあったよ。まずくないの?」
先を歩くイリスに声をかけますが、いいから着いて来いとしか言いません。暑いんだから、叱られるのは一人で叱られて下さいよ~。
厚めのドアを抜けると、両開きの扉がついた箱型の部屋があります。イリスがその脇にあるボタンに触れると、扉が開いたので一緒に中に入りますが……、これってもしかしてエレベーターなんじゃ。
「イリスさん、これって」
問いかけると、こちらを向いて笑います。
「そう、貴女のアイデアでしょ? 電動の昇降機よ」
むぅ、あの失言の結果がもう製品化されてしまっていますね。まあ、水車動力よりはよほど滑らかに降下していきますが。
「まだ、荷物の運搬までの力は出てないけど、大人数人なら余裕らしいですわよ? 私達なら更に余裕でしょ?」
そういうイリスですが、僕は聞き逃しませんよ?
「イリスさん、余裕らしい?っていうことは、安全性の確認ができていないって事ですよね? 許可が出ている訳ではないんじゃ」
僕が尋ねると、「あっさりそうよ」とのたまいます。安全かどうかすら確認できてないものに乗るとは、恐ろしいマネをしますね。正直、すこし寒気を憶えて涼みましたよ?
*****
下層街は、やはり3層からなる、ファロス島の下部を基礎とする港と商人の街ですね。下層街3層の扉を抜けると、見晴らしがとても良い場所でした。白い石で作られた建物が、一層まで続き、一層は南に長く伸びて多くの船が係留されている桟橋となっています。
桟橋の中央には複線化された鉄道のようなものが見えますが、よく見ると水力で動く屋根付きの貨車の様なものですね。船への荷揚げ荷降ろし専用のものです。街中にある商店は、前世で言えば卸商が多いのでしょうが、一部小売りをする店もあるようです。
イリスの案内で、異国情緒の高い本屋や雑貨屋、食料品店を回ります。上層街とは扱っている商品が違いますね。それに、滝の水飛沫のせいか、上層街に比べると涼しく感じます。更に涼しく感じる場所を探して、イリスと街を歩きますが、北側の滝を仰ぎ見る場所が良さそうです。ここは公園の様な場所のようですね。露店もありますし、桟橋もありますが、足を水に浸して涼める場所がありました。
「涼しいですわね、ここは。」
「そうだね。上層街とは違った雰囲気だし、たまにはいいね。」
周囲を見渡すとほんとに異国情緒があります。アレキサンドリア以外の言葉も聞こえますし、服装も異なる人も歩いています。
「ねえねえ、クロエは変なものや変なことばかり知ってるけど、この時期ならではの、美味しい食べ物とか知らないんですの?」
あ~、そういえば冷たい食べ物とか知ってはいるけど、僕が作れるのが少ないっていうのが本当だよなぁ。そう考えると、無性に冷たいものが食べたくなってきたよね。僕が作れて材料も有りそうなものかぁ。
「さっき見たお店に、メイプルシロップと牛乳はあったかなぁ。あとは、生卵があれば出来るかもしれないけど。」
「生卵かぁ、カルセドニーならあったかもしれないけど、ここじゃ難しいわよ。それにちゃんと熱を通さないと食べるのは危ないし。」
そんな話をしていると、不意に声をかけられました。
「貴女方は、生卵が欲しいの? 何を作るつもりなのかしら?」
声のした方をみると、僕達より少し年上、リアンやワイアットと同じくらいか少し年上の女の子がこちらをみています。黒髪に濃い茶色の瞳で、アレキサンドリアでは珍しい、東洋系の容姿ですね。服装は僕達と同じような制服ですが、色が少し違います。
「作れるかわからないけど、試してみたい食べ物があってさ。材料に生卵があれば作れそうなんだ。」
「ふ~ん、いくつ必要なの?」
「二人分なら、2つあればいいかなぁ。っていうか、生卵もっているの?」
「ありますよ?」
そう言いながら、彼女は桟橋の脇から網に入った何かを引き上げました。中には生卵が入っています。イリスが期待に満ちた目で僕をみていますね。
「譲ってもらえるかなぁ」
彼女と交渉の結果、彼女の分も作る事で生卵を分けてもらえる事になった。美味しいかどうかの保障はしないよというと、それでも良いとの事。
あとは作る場所だね。ボウルとか調理器具必要だし。イリスに話すと、いい場所が有るわといわれます。生卵をくれた女の子とそのお供の女性かな? それに僕の三人はイリスの案内で3層の周囲の家より少し大きな家に入ります。
「イリス? ここは知り合いの家なの?」
僕が聞くと、「そんなものよ」といい、家からでてきたメイドさんの案内で厨房に入りました。
「さぁ、クロエ。早く作ってよ」
期待に満ちた目でイリスが言いますが、ここは貴女の家でもないでしょう? まあ、僕も早く食べてみたいので、三人には椅子に座っていてもらい、早速作業を開始します。
まずは、メイプルシロップと生卵か。メイプルシロップも今一つ不純物が多いよね。三人は背後に居るから見えないし、まあいいか。
買ってきたメイプルシロップを、魔法を使って凝縮して不純物をを分離します。甘さ控え目だけど、砂糖の代用にはなるかな。
生卵は、食中毒が怖いので、ガンクロRの光魔法で殺菌してからボウルに割っていれて、再び殺菌します。これだけすれば安全でしょう。
ここで、凝縮したメイプルシロップと生卵を混ぜて温めますが、ここではガンクロRLが大活躍です。Lの火魔法で加熱、Rの風魔法でかき混ぜます。風魔法の制御は面倒ですが、腕が疲れるよりましですしね。横着料理人ですね。
さらにミルクを混ぜて少し加熱。周りがふつふつとしてきたら、加熱を止めます。
あとは、かき混ぜながらボウルを氷魔法に切り替えて冷やしてと、掻き混ぜながら冷やすのと、ボール全体を冷却するのを交互に繰り返してっと。
ん~、見た目はそれっぽくなったかな。とりあえず、生クリームなしの牛乳アイスクリームの完成ですね。
すこし味見をして見ますが、魔法で手を抜いた割には、不純物を分離除去したのがよかったのか、いい感じですね。
メイドさんにお願いして、少し深くなったお皿とスプーンを6つ用意してもらいます。さぁ、溶けないうちにいただきましょう。
「お口に合うかどうかわからないけど、どうぞ?」
イリスと生卵の提供者の女の子、そのお供の女性に分けた牛乳アイスクリームを差し出します。場所をお借りしたのですからと、こちらを羨望の眼差しでみていたメイドさんにも渡してみんなの感想をうかがいます。
「なにこれ? 冷たくて甘くて美味しい!」
イリスには大好評ですね。それをみていた生卵の子とお供の女性も思い切って一口食べたようですが、そのあと無言でスプーンを動かしています。
メイドさんも様子を見ながら食べますが、みなさん食べ始めると早いですね。僕も自分の分を確保して早く食べないとイリスに狙われそう。食べ終わったメイドさんは、どこかに消えてしまいます。お仕事が残っていたのかな?
僕も座って食べ始めますが、うん、久しぶりに食べると美味しいね。ネットでみて試しに一度だけ作った記憶しかないから微妙だったけど、よく出来たほうだよ。
残り一人分のアイスクリームは、氷魔法で冷却して持ち帰らないとね。アレクシアさんにばれたら何を言われるかわかりません。あ、でも器というか、皿とスプーンは返さないといけないよね。
ちょっと悩んで、氷魔法で半球形の氷で出来た器を2つ生成します。のこった一つの牛乳アイスを中にいれて、蓋をするようにします。溶けないように市内とね。イリスや卵の女の子がモノ欲しそうにみてまうが、僕の生死が掛かりますからね。あげるわけにはいけません。
みんなから、お皿とスプーンを受け取って、魔法で綺麗にしてテーブル上に置くと、なぜか視線を感じてふと顔を上げます。
「イリスさん……。ここは、もしかすると……」
「あれ? 言ってなかったっけ? ワイアットの家よ。」
無言で見つめるワイアットとメイドさん。視線は氷でできた球体を見つめています。ご主人様は居ないから、家人に伝えるのは、メイドさんとしては、当然ですよね。メイドさんは縋るような目で、僕を見つめます。ワイアットのお付きのメイドさんなのかな?くっ、負けた。
僕は空中に浮かべた氷の球体を、メイドさんに差し出すと、この家を後にします。かき氷の方が簡単でよかったな~と思いながら。
その夜、お土産をもって帰れなかった僕は、イリスに話をきいたアレクシアさんとリリーさんに、翌日必ず作っておくように言われます。生卵がないと作れないというと、エリックさんから試作中の搭乗可能なドローンまで持ち出して材料集めです。
大量の生卵を購入してきたアレクシアさん、一体何リットル食べる気なんですか?
ちなみに、この魔法を使った製法は、こちらの人には難易度が高いらしく、他の人はなかなかうまく作れないか、生卵による食中毒でアウトらしい。
やはり、ある程度の科学知識があると魔法の効率がいいんだね~。まあ、属性魔法が主な世界なので、分子運動の減少による冷却効果や、殺菌・滅菌の概念が余りないせいなんだろうけど。
アレクシアさん、リリーさん、イリスの三人は、この後お腹を壊した事は伝えておきますが、原因は食中毒じゃないよ。単なる冷たい物の食・べ・す・ぎでした。
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下層街のある他国専用の船着場にて、次のような会話があったとかなかったとか……
生卵の少女:「あの娘達は、魔術学院の生徒だったはずですね」
お付の女性:「そうでございますね。似たような制服でございましたし」
生卵の少女:「やはり魔法学園に入学できるよう、本国から圧力をかけてもらわないといけませんね」
お付の女性:「それは、美味しいものが食べたいだけではありませんよね?」
生卵の少女:「さぁ、どうでしょうね」




