10.新たな敵と仲間の助け
断続的に『ギギッ、ギギギッ』と音がしたかと思うと、戦場として作った氷盆の端、海側から数体の魚人族が上がってきます。今までの魚人族よりも身体が大きめですね。マーマン達の長などの立場にあるのかもしれません。
かれらの居る反対側の氷盆の端は、礁湖の中に続きますが、3mほどの氷壁をつくっていますので、早々に越えられることは無いでしょう。そういえば、南国なのに彼らは冷たい氷盆の上でも平気そうですね。少しは動きが鈍くなることを期待していたのですが、残念です。
それにしても、既に50人以上の死者を出しているのに、全然引く様子もありませんね。繁殖がしれなりに大事なことは判りますが、こんなに犠牲者をだしては増える前に、絶滅しますよ?
それに、どうみても魚人族は魚ベースの胴体を持っているので、人魚族や人族と繁殖の方法が異なる気もするのですが……いえ、それについては考えないようにしましょう。淑女の考える事ではありませんし、イリスさんにでも聞いたら、実験用とか観察用の個体を捕獲しておいてとか言われそうです。
そんな事をのんびり考えていたら、彼らの動きが変わったのです。手に持った槍を投げるとかしていたのに、こちらに顔を向けると口から水を吹き出しました。
「水鉄砲! テッポウウオですか!!」
あわてて無詠唱で魔法障壁を張りますが、いくつかは魔法障壁では完全に威力を殺す事が出来ず、パーカーの肩口や背中を浅く切り裂かれます。
「くぅ、単純な魔法だけでは無いようですね。種族固有の魔力に依存しない特技のようなものですか」
逆さまになったまま回避を続けますが、ふとエマ&ジェシーの方をみると、彼女達にも水鉄砲の攻撃が降り注いで、防戦一方になっています。
「まずいっ」
空中をそのまま走り、エマ&ジェシーの真上まで移動して、上空の僕までの円筒状の空間に、魔法障壁と物理障壁を二重がけすることで、ようやく水鉄砲の攻撃を抑えきります。
「エマ、ジェシー大丈夫ですか?」
僕が声をかけると2人は肯きましたが、やはりところどころ服が切り裂かれていますね。衝撃で対象物を落とす、単純な水鉄砲とは異なり、高水圧で切り裂くウオータージェットのようなモノを使う個体が居たのでしょう。
とはいえ、あちらも手を出せない代わりにこちらも手を出せなくなっています。これは困りましたね。そう思っていた矢先のことです。僕たちを含めた氷盆上が、淡い黄色のグラデーションの光に包まれます。
「これは、ユイの『46卦.地護陣』。地属性を強化するバフですか」
続いて、青から黄へと変わるグラデーションの光が再び氷盆を包みます。今度は、『22卦.水戒者』で、これは水属性を弱めるデバフとなります。思わずコテージの方を向いた僕の目に、一条の光が放たれたのが見えました。
光は氷盆の中央上空まで飛んでくると、100以上の光に分かれて降り注ぎます。光の矢! これは、ユーリアちゃんの攻撃ですね。矢は精確に魚人族の眉間を貫き、次々を倒していきます。
僕はあまりにも見事な弓の腕前に、ため息を付いてしまいます。
「はぁ、すごいですね……いつのまにか、2人はこんな事ができるようになっていてんですね」
ユイとは敵味方にバフ・デバフをかける際に、卦の名前を聞かなくてもわかる方法は無いかを、以前話したことがあるんです。術者と対象者が離れている場合、ゲームとちがって自分にどんなバフをかけてくれたのか、理解できれば戦術の広がりますからね。
その時に、僕が光のエフェクトの話をしたのですが、必要な時だけエフェクトをかける事は難しいといっていました。相手に知られれば、対策をとられてしまいますから、普段はエフェクトなんて不要ですもんね。それをしっかりと実現してくれています。
ユーリアちゃんの雨の様に降る矢は、以前エルフの里でゴブリンを殲滅するのに使用しましたが、今回は距離も威力も、狙いの精確さも段違いです。精確に眉間を貫く技量もすごいのですが、こちらの様子は全く見えないはずなのに、僕たちを巻き込むことなく敵だけに命中しましたからね。
数だけを殲滅するなら、僕が魔法を使えばよいのですが、細かい制御を苦手としている僕は、敵本体を消滅させてしまう場合が多いんですよね。迷宮探索などで、敵が攻略アイテムを持っていても、僕が魔法を使うとアイテムごと敵を消滅させてしまいますので、助かります。
改めて氷盆の上を見てみると、生存している個体はいないようですね。僕は重力を制御して、ゆっくりとエマ&ジェシーの隣に降り立つと、安全を確認して二重に張った障壁を解除しました。エマとジェシーも武器を納めていますので、危険は無いようですね。
周囲は死屍累々としていますので、イリスさんに持って帰ってきてと言われる前にさっさと燃やしてしまいます。こんなの、収納にだって入れたくはありませんからね。
氷の戦場を消滅させて、周囲を広域探索してみますが、洋上を航海している船も近くにはないようですので、水中の魔法障壁も解除します。とりあえず、コテージやその周囲にはった障壁で十分ですが、今後の対策も考慮する必要がありそうですね。
エマ、ジェシーを伴って、コテージに戻るとテラス上にはバスタオルを巻いたままのユーリアちゃんやイリスさんの他に、フランシスカさんとレナータさんや人魚族の戦士が数名待っていました。みなさん、けがはイリスさんの治療でなおっているようですね。とはいえ、今回は人魚族の方に助けていただいたようなものです。お礼を言わなければいけませんね。
「人魚族の皆さん、今回は急報を伝えていただいてありがとうございました。皆さんのおかげで、被害もなく無事にしのげました。ありがとうございます」
僕が頭を下げると、憮然とした様子で黒髪の人魚フランシスカさんが返答を返してくれます。
「こちらこそすまなかったな。我々が時間稼ぎすることしかできなかった相手を、君たちだけで服以外はかすり傷でしのげられるとは思っていなかったが……」
そこは、戦場を限定させてもらいましたからね。水中で戦っていては、残念ながら今回の様にはいかなかったことは間違いありません。
「以前、レギニータに水中での人魚族の方の強さは教えてもらいましたからね。残念ですが、水中での戦いでは僕たちは足元にも及びません。それが解っているので、今回は水上に敵を誘導させて戦わせていただいたからの勝利です」
僕がそういうと、満足げに小柄な人魚さんがにんまりします。う~ん、人魚族、ある意味ちょろくないですか? でも、人魚族のフランシスカさんもレナータさんも、胸当てや腰布などの水着部分はかすり傷すらついていませんからね。少数であの大軍を足止めして、かすり傷すら負わないのですから、相当な実力者です。
僕がそれを指摘すると、人魚族の方は顔を見合わせて笑います。ん? なにかあったのでしょうか。怪訝な顔をしている僕たちに、フランシスカさんが教えてくれました。
「我々が大した怪我をしていないのは、防具の素材が特別だからにすぎない。我々の一族は、この一帯の人魚族の中では、戦闘に特化していてな。その分良い装備を付けている。この装備は、『レヴィアタン』の皮革でな。朽ちる事は無く、何ものでも貫通することはできない」
はぁ、『レヴィアタン』ですか。某国民的MMOやRPGに出てくる存在で、『リバイアサン』としても知られている、悪魔とも聖獣ともされる存在ですね。
「『レヴィアタン』の素材を持っているということは、人魚族さんで討伐したのですか……すごいですね」
ついついじろじろと胸当て等を見ていると、イリスさんから声がかかります。
「クロエ? 先ほどからフランシスカさんの胸ばかり見ているけど、貴女そっちの趣味があるのかしら?」
な、な、な、な、何を言っているんですか! とはいえ胸当てを見ていたとはいえ、胸を見ていたといわれても仕方ありません。慌ててフランシスカさんに謝罪して、お疲れでしょうからと人魚族の皆さんが休めるようにと、大型のコテージを一棟、新たにだして、休んでもらう事にします。一通り使い方を説明して、ようやく部屋に戻ってきました。
「ふぅ、やっと一息つきましたね。てか、イリスさんにユーリアちゃん、いつまでもタオル巻きの姿でいるんですか」
「いいじゃない、暑いんだし」
「そうですよぉ、ここはアレキサンドリアに比べると暑いんですから」
「だいたい貴女だって、ぼろぼろで色々見えてるわよ?」
「へっ」
そう言われて自分の姿を見直すと、パーカーは結構ボロボロだし、肩ひもの片方は切れて……
「ひゃわわわわ、こんな恰好になってたなんて知りませんでしたよ」
「さぁ、私とクロエさんはお風呂もまだだったのですから行きますよ?」
ユイに背中を押されて、僕は浴室へと放り込まれます。まあ、ここにはタオルもありますし、実際お風呂に入っていなかったのですから、お風呂に入ることに問題はありまえせん。
ユイはシャワーブースに入っていますから、とりあえずのんびりできます。小さな窓から見える海の底は、夜とはいえわずかな月明かりでキラキラ光ります。
「はぁ、なんだかんだで結構疲れましたね……」
優しい月明かりに照らされながら、ほどほどの湯船のお湯が気分を落ち着かせます。そういえば、今日は魔力を使い過ぎたのは事実ですからね……




