21.実習と言う名の(3日目)
日が暮れる前に、辛うじて街道にでた僕達4人は、やはり洞窟の崩れる大音量が響いた事で、標本を運ぶ輸送部隊を先行させて、引き返してきた自警団の有志の方々と共にカルセドニーの村に帰還しました。
村に着いたときは、日は暮れていたけど、怪我を負った男子二人はイリスによる最低限の治療が施されているだけだったので、そのまま公共区画の病院に運ばれ一晩様子を見ることになり、僕とイリスは宿屋へと戻ってきました。
宿屋のお姉さんに、身体の怪我がないかあちこち確認されましたが、僕の肩の関節の治療は、病院で簡易的に行われただけで、両手を首から下げた包帯で吊り下げられた状態です。イリスの治癒魔法があれば、直ぐに治るのだけど、魔力消費が激しい彼女は、今日は魔法行使を禁じられています。病院の看護士さんには、今晩だけは諦めて明日治療してもらいなさいとの、ありがたいお言葉を頂いております。
今日一日の殺戮のあとに、肉料理などを食べる気力はなく、僕はスープとサラダくらいでしたが、イリスは普通に食事を摂っています。彼女いわく、リリーさんの相手を昔からしているのだから、あの位なんでもないとのこと。一体、娘さんの前で何をしているのでしょうか? ある意味恐ろしい気がしますので、聞かなかった事にしてスルーします。ただ、この時点でお分かりでしょうが、僕の両手は吊るされている状態なので、イリスに「アーン」をさせられると言う羞恥プレイです。ええ、連日ですよ。お風呂も同様で、嬉々として宿屋のお姉さんまで付き添いで……
連日の黒歴史ですね。記憶から抹消したい……
翌日の朝起きると、イリスが目覚めるのをまって、速攻で治療してもらいましたよ。気のせいか、昨日よりイリスの起きる時間も寝覚めも悪かった気がしますが、気のせいですよね?
宿屋で朝食を摂って、時間を見計らって病院へと移動します。リアンとワイアットの容態を確認しますが、命に別状もなく、後遺症も残らないとのこと。ただ、怪我のほうは問題ないけど、精神的に憔悴が激しいので、昼の内にアレキサンドリアの病院に移送されるそうです。女の子を庇って怪我をしたということで、女性看護士さんや入院患者さんから転院をかなり惜しまれていた様ですよ。二人とも顔面偏差値は高いですしね。良かったですね?
彼らを見舞った後は、ギルドに立ち寄って、自警団の方々とドワーフ族の廃坑跡まで、昨日の討伐の確認です。一応、魔石は回収したのですが、崩落した廃坑に巻き込まれた変異種のものは回収できていませんし、村の自警団としても廃坑の状況を知りたいとのことですしね。
廃坑跡は、崩落により完全に塞がれていました。前日着たときは、廃坑の奥からこちら側に風が吹いていた事を説明し、いまは岩の隙間からも風が吹いてこない事を確認して、自警団の方も安心してくれたようですね。
その後は皆さんと村に戻って、討伐完了の手続きを行います。今回の村からの報酬は、学院に払われる事になり、学院からの輸送費や護衛費用もこの完了報告で村のギルドを介して、自警団や輸送をお手伝いした人々に支払われます。これで、この村でのお仕事は完了です。
「これで、今回の実習は完全終了ですね」
僕の声に、イリスが答えます。
「そうね。貴女はこれでお終いかな」
? その言い方だと、イリスはまだあるようですね。それに何気に言葉遣いがくだけている様な?
「イリスさんはまだ仕事が残ってるの?」
僕の問いにイリスは答えてくれます。
「私とお母様は、送ったサンプルの確認があるもの」
あ~、僕には無理だなぁ、その作業は……
「とりあえず、予定より二日早く終わったのですし、帰りの馬車は明日ですから、今日はのんびり出来ますわよ」
そうは言っても既に夕方が近いですし、遠くにはいけません。どこか良い所があるか、宿屋のお姉さんに聞いてみよう。
二人で会話をしながら、一度宿屋に戻って、明日魔都(アレクサンドリア上階市街地を指す)に戻ることを伝え、この時間のお勧めな場所はないか聞いてみた。今日は、いつものお姉さんとは、違うみたいですね。
「そうですね。折角カルセドニーの村に来たのですから、南門からでて直ぐの、ラベンダー畑をご覧になったほうが良いですよ。精油を取るための畑ですが、広大な土地が紫や白に染まるのは一見の価値がありますから」
そういうお姉さんのお勧めで、やってきた花畑はほんとに広大でした。離れた場所に、少し小高くなった丘があり、東屋が設置してあります。僕とイリスは二人で東屋に向うと、椅子に腰をかけて周囲を見渡します。
「ほんとに広くて綺麗だね。これなら見る価値があるっていうのはわかるなぁ」
「そうね。アレキサンドリアの街は、住みやすくて良い所だけど、都市の周囲は河でお花畑とかはないですもんね」
二人で花畑を見ながら休憩していると、イリスが僕に訪ねたいことがあるといいます。
「? いいけど、僕に答えられる事ならば」
「貴女しか答えられないわよ。ギルドや病院に、リアンやワイアットが私達を助ける為に怪我をしたといったのは何故なの? 二人とも、かなり悔しそうな顔をして、貴女をみてたわよ」
ああ~、その件か。そう、僕は自警団やギルドへの説明で、二人が僕らをかばい怪我をしたと報告しています。別に、情けをかけたとか、恩にきせたわけじゃないんだけどね。
「ん~、なんていったら判るかなぁ。あの二人は自信家だよね。それに強情というか、意地っ張りな部分もあると思う。」
「そうね。だから、貴女に情けをかけられたとか思ってると思うわよ」
「うん、そうかもね。でもそうなったら、イリスさんは彼らがどうすると思う?」
イリスは僕から視線を外して、ラベンダーの紫色で染まる大地をみて話しました。
「そうね。ただ悔しがって終わる二人じゃないから、次は絶対見返してやろうって……、あぁ、そういうことね。」
「そうなってくれたら良いなとは思うけど、どうかな~。ここで奮起できないようじゃ、次はイリスさんを護るなんていわせないよ? 当てにならない味方はいらないもの♪」
そう、彼らもまだ10歳です。今まで、親の七光りでおだてられていたけど、自分自身にたいした力が無いと判ったあとどうするかは、彼らしだいです。
「まあ、僕やイリスさんの信用を一度は裏切ったんだから、相当頑張らないと挽回できないけどね」
イリスは、呆れたように話します。
「貴女のそういうところ、アレクシア様に似てきてるわよ?」
「そんなこというなら、イリスだってリリーさんそっくりじゃないか」
二人の戯言は続きますが、たまにはこういうのが有ってもいいよね。夕焼けに染まるラベンダー畑を僕らは後にします。
宿への帰り道、二人でラベンダーの精油を、アレクシアさんとリリーさんにお土産に買いました。まあ、あの二人ならラベンダーの精油の効果も知っているだろうけど、家では見かけたこともないしね。
忙しい二人の心と身体に少しでも安らぎが訪れてくれるといいなぁ~。
こうして僕達だけの実習兼小旅行は、平穏とはいえないけど無事に終わりました。




