42.鯱と白鯨
艦橋から飛行甲板へと降り、僕はエレベータ上へと移動しました。既に攻撃に参加した2機の飛空艇は、認識疎外の魔法を解いて甲板上に着艦しています。そういえば、彼らの魔法攻撃や濃霧の魔法などの判断は素晴らしいものでしたね。
「後から航空指令経由でほめておいてもらわないといけないかなぁ」
ぽつりと呟いた僕の言葉は、海風に流されるよりも先に傍らを歩く二人の耳に入ったようです。
「後からなんて言わないで、直接声をかければいいじゃない。この艦に乗艦している人達は、なんだかんだ言いつつも貴女の事を信用しているんですもの」
「そうですね。一番信用している方の言葉ですから、間違いはありませんよ」
そういいながら、クスクス笑うのはユイですね。イリスさんはユイの言葉にそっぽを向いて黙ってしまいます。
「いずれにしても出港から84時間が経過しています。厳しい訓練に、乗員も疲労を感じ始めているでしょう。船務長としては、そろそろ初陣の戦勝と疲労をねぎらう為の行事が必要と思います」
そうですね、明日の夜半にはアルムニュール国の首都テネリ沖に到着します。あちらの領域に入る前に、一度慰労を兼ねたイベントもよいでしょうね。
「はぁ、わかりましたよ。今晩の酒保明けを早めて、軽度の飲酒も許可しましょう。レギニータに聞いて、投錨可能な小さな湾が有ればよいのですけど」
「そうね、甲板上でパーティーなんていいわね。士官と下士官・兵卒を分ける必要はないけど、男女は分けた方が良いでしょうし」
まぁ、流石にここまで南下すると、常夏に近いですからね。夜間は防御障壁を張って、安心して休んでもらうのもよいでしょう。
そんな話をしながら到着した僕達を待っていたかのように、エレベータが降下を始めます。僕達の周囲には、魔導銃を構えた保安要員と、イリスさん配下の医療班が詰めています。
エレベータが下がりきるまでに10秒程度と、かなり速い速度を実現しています。すでに魔導技術はかなりの水準になっていますね。
下がりきったエレベータの端から見ると、海面上を漂う木片や樽などの間に数名の頭部が見えます。沈没位置からそれなりに離れたここまで泳いできたのは、その場では危険だったからでしょうね。そちらを見ると、海面上に水が弾けていたりします。肉食魚や海棲の魔物たちでしょう。
「生存者というか、ほぼ無傷な人は数名ですね。まずは、身柄を確保しますよ」
彼らの身体を周囲の海水と共に隔離して、重力を遮断するようにイメージすると、彼らの身体の周囲1m四方の海水毎空中に浮きあがります。そのまま近くまで引き寄せて、彼らの手足を海水を凍らせて作った手枷足枷で拘束しましょう。
「パーティーの前に嫌なお仕事を片付けますか。
さて、僕がこの艦の艦長を務めるクロエと言います。海賊『血まみれのシャチ』の一党の皆さんで宜しいですね?」
「貴様がこの船の船長だと! 餓鬼や小娘のお遊びに付き合う気はねぇ! 俺達は帝政エリクシアのムルジア領グラナドス伯爵より正式に認められた復仇免許状を持った商船だ。こんな事をして、貴様らは帝政エリクシアと戦火を交えるつもりか! さっさと我々を開放し、損害を賠償しろ!」
彼らの中の一人が口汚く罵ってきました。他の生存者も、そろってわめきたて始めます。むぅ、小娘とみて強気にでればどうにかなると思っているのでしょうか?
口汚く罵る彼らを観察してみると、喚いている男は、口髭をたくわえて、服のあちこちに銃をぶら下げています。腰には曲刀を下げていますが、防具は身に着けていませんね。まあ、金属製の鎖帷子とかを身に着けていれば、樽や木片にしがみついていても、浮いてはいられないでしょうけど……
「復仇免許状を持った商船だろうが、純粋な海賊船であろうが、他国の商船からみれば海賊ですよ。それに、アレキサンドリアは帝政エリクシアに攻撃された後、停戦交渉もよこしていない状態です。つまり、交戦中なので気にする必要はありませんね」
途端にぎゃぁぎゃあ大騒ぎし始める海賊達ですが、冷ややかな声が聞こえると、静まり返りました。
「おやおや、襲った船は皆殺し。血塗られた赤鯱とまで呼ばれた海賊頭の言葉とは思えませんな」
格納庫との隔壁を開けてやってきたのはオスカー副長ですね。わめいていた男は、その姿を見ると苦々しげに呟きます。
「貴様は、『トライデントのオスカー』か。我々との争いに負けて逃げ帰った敗軍の将が、新造船で復讐に来たのか」
敗軍の将と言われた事に、やや眉をひそめたオスカー副長ですが、すぐに表情を改めるとにこやかに話します。
「敗軍とはいささか事実と異なる認識のようですな。敗軍とは、いまの貴殿の状況を言うのですよ? 『血まみれのシャチ』の海賊頭ラウル・アラス殿。真っ先に船より逃げ出して、敵に救出を求めて来た御仁にしては、我々の艦長への言葉にしては無礼でしょう。
クロエ艦長、このような輩の言葉は貴女方の耳には入れたくありませんので、早々に収納していただけますか?」
途端に喚きだした彼らに沈黙の魔法を掛けた後、僕はオスカー副長の言葉に同意して収納空間に彼らを移します。あ、海水ごと収納しちゃったけど、時間経過はないからふやけないし良いですよね?
ついでに武装解除もしておきましょう。彼らを収納した空間から、頭が身に着けていた数丁の銃や曲刀を回収し、エレベータ上に並べます。
イリスさんやユイは、相変わらず器用な真似をするわねって感じの表情でこちらを見ていますが、保安要員さんやオスカーさんは呆れ顔を浮かべていますね。ちょっと雰囲気を変えないといけませんね。僕は『コホン』と。軽く咳払いをしてから、オスカーさんに話しかけます。
「それにしても、海賊頭が真っ先に逃げ出したんですか?」
僕の言葉に頷いたオスカーさんが独り言ちます。
「『血まみれのシャチ』は残忍なだけじゃなく狡猾でしてな。前回の戦いでは、略奪中だった商船に火をかけて、我々の船に突入させてきたのです。その所為で一部損害が出たのは事実ですが、もともと予定された保守作業の為の帰港でした。
商船側の生存者を救出する間に、早々に逃げ切られましてな。連中は、利益にならない戦闘は避け、どん欲に獲物をかみちぎる、まさにシャチそのものでしたが……どうやら白鯨には敵わなかったようですな」
そう言い笑います。アレキサンドリア沖で、この船が伝説の白鯨が現れたと揶揄されたことにかけているのでしょう。そういえば、先ほどの件もありましたね。オスカーさんに相談してみましょう。
僕が祝勝兼慰労会の事を話すと、オスカーさんの口からも賛成の言もありました。停泊するのに良さそうな小島も教えてくださいましたので、進路をそちらにとるようにお願いします。あぁ、もちろん沈んだ海賊船の位置や、積載されていた物のリストなんかはレギニータが回収してきてくれましたよ。




