35.アレキサンドリアの女王
11月も末となり、流石に肌寒い時期になってきました。海の色も青さが深くなり、風も北風が吹く日が多くなっています。
そして、なぜか僕は下層街の中にある、海軍施設に来ています。
「……本当にコレを持ち出す気ですか?」
僕の目の前にいる人物は、如何にも海軍の偉いさんといった格好をした、淡い色の金髪にアイスブルーの瞳をしたダンディーな叔父様といえるでしょう。
「そうはいうがね、お嬢さん。南洋では多くの船が海賊船やエリクシア南侯艦隊に襲撃されている現状だ。通常型の軍船では、友誼を結んだ商船を守ることはできなくなっている。
しかし、我々には彼らを守る手段があるのに、手をこまねいてみているわけにもいくまい」
「だけどね、ジャスティン。これはクロエちゃんの知識を元に作られたといっても、そもそもあなた方海軍の兵士が乗艦を拒んだ代物よ?
エリクシアとの戦時にすら出さなかったものを、いま乗艦する兵士がいるというの?
それにこれほどの艦は、10人や20人では操艦できないわよ?」
アレクシアさんと話しているのは、海軍長官であるジャスティン・フィッシャー提督ですね。そう、青家の家長であり、ワイアットの父親にあたります。
「そう、当時は誰も乗りたがらなかったこの艦も、その後のクロエ君の活躍により、飛行船なる空を飛ぶ乗り物まで実現し、不祥なる息子であるワイアットが、お嬢さんの知識が本物であることを示し続けてくれた。
であれば、この艦も鉄の棺桶ではないだろうと思ってくれる兵士も、それなりの数に達したというわけだ」
まあ、積載されている小型艇と飛行船で、いざとなれば離艦できるとわかっているせいもあろうがと、言葉を濁して続けます。
そう、僕達の目の前にあるのは、巨大なドッグ(船・艦の建造・修理を行う場所)であり、そこに鎮座しているのは、全長150m、最大幅20m、喫水4.8㎡を誇る鋼鉄艦なのです。
「しかし、実戦に耐えられるか否かは、ここに鎮座しているかぎり判らない。ならばこその試験航海をしようというわけだ。そして、この艦に一番詳しいのは、クロエ君しかいない。
すまないが、この艦の処女航海に同伴してくれないかね。君が乗艦していれば何があっても、全乗員を無事帰港させることもできるだろう?」
アレクシアさんを見ると、肩をすくめていますね。実際、エリクシアとの戦闘から2年以上が経過しています。ドッグを占拠し続けているこの艦を、アレキサンドリアの議員達もよくは思っていないのは事実なんですよね。なにせ、そこにあるだけでお金を食い続けるわけですから。
仕方ありませんね。この長期休暇を利用して、乗員の習熟訓練ときちんと役に立つことを見せるしかないでしょう。
「わかりました。では、処女航海にでるまえに、この艦に命名をお願いします。あとは艦長や士官、海兵の名簿などはご用意願いますね。
船内での僕の立場は、どうなるので……」
「あら、クロエちゃんがこの艦の艦長よ。アレキサンドリア史上、初めての女性艦長ね。それに、艦名も既に決まっているわ。『クイーン・アレキサンドリア』よ」
「……僕は海軍に入った記憶はないんですが」
そんな僕の呟きをきいてくれる人は誰もいませんでした。
*****
「深夜0時を過ぎましたね。それでは、偽装用の霧の散布をお願いします。その後、出港準備を始めてください」
「復唱、偽装霧発生装置作動。出港準備始め」
僕の言葉を復唱した士官によって、『クイーン・アレキサンドリア』の各所で、艦内放送が流れます。伝統的な伝声管も、ちゃんと要所には存在しますよ。
「ドック内注水開始!」
「注水開始します! 艦内各部にて漏水チェック始め!」
帆船しかない世界で、魔力を使用しているとは言え、恐らく初の動力船であり、鋼鉄艦でもあります。僕自身、船についてさほど詳しいわけではありませんが(某有名ブラウザゲームの経験しかありませんよ、ダメコンは大事ですね)、現在艦内にいる乗員は50名ほど
ですが、艦を出港させて洋上に停泊させるだけですので、何とかなるでしょう。
ドッグ内の水位が上がり、川面と水位が等しくなるまで、1時間余りかかりますが、艦内各所では出港に伴う士官のミーティングが行われています。
ドッグ内の状況や、艦内の状況は下層の完成室から報告が上がりますが、窓の上部に設置されたモニターにも分割表示されていて、普通の船というよりは、SFチックになっていますね。
「水位上昇。喫水超えます。……艦体離床」
グラリとやや揺れる感じがして、浮遊感が襲います。
「バラストタンク注水。姿勢制御」
「各所状況報告」
担当士官に艦内の状況報告が入るのを、僕は座席に座ってみているだけに見えますが、各部の魔道具から入る状況を、これでも確認しているんですよ?
そろそろ、水面の高さが川の水面と一致するようですね。このドッグのゲート本体は、大きなタンクのような作りになっています。フロート式というやつで、ゲート本体への注排水とドッグ内への注排水による水圧でゲートが閉開口する仕組みです。構造が単純ですし、修理も楽ですが、操作には熟練が必要なそうです。
「ゲート(水門)開きます」
「港内、艦内ともに異常はありません」
士官の報告に僕は頷きます。
「行進の機械を使用します。両舷前進最微速」
「微速前進、最微速!!」
僕の言葉が復唱され、ドッグから港内へと『クイーン』が進み始めました。霧でそれほど見える人はいないでしょうけど、念の為に認識阻害魔法を艦体にかけておきます。深夜ですし……
こうして夜中の女王の移動は、無事開始し、翌朝アレキサンドリアの沖合に、突如出現した艦にたいして、島が出現したと大騒ぎになりました。




