30.水中での戦い
レギニータのお願いは、アレクシアさんと話しをした結果、妥当と判断されました。その事をレギニータに伝えると、いつもなら陽気で朗らかなレギニータの顔が、真面目に引き締まりました。失礼ですが、この娘はこんな表情もできるんだと思ってしまったのは内緒です。
「場所は屋外演習場で、非公開。対戦相手は僕達『アレキサンドライト』の6名で、一名づつの対戦でいいかな。その後は、レギニータが希望していた『銃』を持つ人との、水際や船上での戦闘訓練になるけど、大丈夫?」
僕の言葉に、レギニータは青みがかった銀の髪を揺らして頷きます。
「レギはそれで良いですの。レギの要望をかなえてくれて、うれしいんですの」
「じゃあ、最初は僕「私からお願いします」……」
僕の言葉に、上書きしたのはエマです。最近出番が少ないためか、妙に張り切っているんですよね。
「……じゃあ、エマからお願いね。地形は海岸沿いの浅瀬から、深みにかけての地形になっているよ。エマ、深みからのスタートだから注意して。水中戦のデータはないでしょ?」
「はい。私達の初期データは、主に屋内防衛戦闘を主におかれています。良いデータを得られることを期待します」
あ~、基本エマとジェシーは様々な戦闘方法についての情報収集機も兼ねてますからね。それを考えれば『水中戦』は新しいカテゴリーとなりますから、真っ先に戦いたいのかと僕も納得します。
「二人とも配置について。5分後戦闘開始の合図をだしますね」
僕の言葉に、2人は海に入っていきます。海中ですので、ドローン型のカメラは追尾していませんが、戦闘区域内を撮影する複数のカメラからの映像で、様々な情報をとる予定です。映像を見ている間に、2人は配置に付いたようですね。
「それでは、戦闘を開始してください」
『わかりました』
『始めるんですの』
2人の声で戦闘を開始します。エマは標準装備の身の丈並みの大剣を装備していますが、水中ではやはり勝手が違うようですね。
レギニータは三又のトライデントをベースとした、小振りの杖を装備しています。杖であり、接近戦の武器にもなるようですね。
僕やイリスさん、ユイ、ユーリアちゃんにエマも見守る中、レギニータが仕掛けます。人魚の水中での利点を生かして、急速に接近してトライデントを突き出します。
エマは、レギニータの接近に合わせて、大剣を振りかぶろうとしますが、水の抵抗が大きいのと、足場が固定されていない為に水中での姿勢が安定しません。
「剣速も地上に比べて遥かに遅いですね。それに比較して、レギニータさんの移動が速すぎます」
ユイが指摘したように、水の抵抗はかなり影響を与えているようですが、エマも馬鹿じゃありません。何回か地上での剣の振り方を試した後、武器と自身に水魔法による水の抵抗を減らしたようですね。剣速は上がったとはいえ、レギニータをとらえるまではいきません。
レギニータは一撃いれるとすぐ離れる、ヒットアンドアウェイ戦法で、エマに細かい傷を増やしていますが、エマも大剣の腹で防御していますので、致命傷にはなりえません。とはいえ、流血は水中である分収まらず、周囲の海水も朱に染まりだします。その後の状況の変化は突然でした。
視界の端、海中に黒い点が現れたと思ったら、見る見るうちに黒点が大きくなりました。それは、15cmの魚の塊、群れだったのです。群れの周りに、大型のサメらしき生物も見受けられます。
海の生物の知識がないエマでも、大型のサメには警戒すべきと思ったのでしょう。咄嗟に障壁を張ったようですが、その姿は小型の魚の群れに包まれてほとんど見えません。
『海中では、敵はレギだけでないんですの。血を流せば、獰猛な肉食魚が、はるか遠方からやってくるんですの。
その小さな魚は、シー・ピラニアルというんですの。群れで獲物を襲う海の殺し屋ですの。大きいほうは、レパード・シャーク。例え障壁を張っていても……』
レギニータがそういった時、レパード・シャークが身を翻して、大きな口を開き、エマの上方、海面側から障壁ごと『バクン』と飲み込みました。
「「「えええ~!!」」」
イリスさんやユイ、ユーリアちゃんから声が上がります。レパードシャークは、体長が4mあまりある大きな個体でしたが、障壁ごとエマを一飲みで飲み込んでしまったのです。周囲に群がっていた、シー・ピラニアルの数匹も含めて……
直後、レパード・シャークの周りで青い燐光が煌めき、エマがエスケープさせられて、僕達の前に現れました。
慣れない海中での戦いで、レギニータの攻撃を致命傷を避けながら、うまく戦っていたと思った矢先に、魚達に襲われ敗退するとは思ってはずです。しかし、エマの表情に陰りはありませんね。
「すいません、クロエ。レギニータの攻撃は、細かく速いだけで威力はさほど有りませんでしたが、あの生物達の介入は予測できませんでした。また、あの生物達の攻撃力を測定するのは危険と判断され、測定することができなかったのが残念です」
エマはそう言いますが、一飲みでエマを飲み込んだサメの口は、まさに鋸のような歯の並びが見えていましたよ。齧られたら、腕や脚どころか、胴体すら切断されていたはずです。
そこに、レギニータがフィールドからエスケープし現れます。
「お疲れ様。あの攻撃方法は、人魚族の地上人に対する戦闘方法の一つと考えてよいのかな?」
人魚族として、一般的なのでしょうけど、レギニータの肢体は細身で力があるようには見えませんが、その脚というか、尾は強靭な力を秘めています。尾で一撃されれば、強靭な男性でも一撃で沈むでしょうね。
ですが、あえてトライデントによる細かい出血を強いる戦いをしたのは、最初からあの魚達を利用する為だったのでしょう。
海水に濡れたレギニータの髪も身体も、普段見ている姿よりも輝いてみえます。そんな髪を揺らしてレギニータは答えてくれました。
「海中には直接的な敵以外の多くの『敵』がいるんですの。特に血の匂いを数km先から嗅ぎつける、シー・ピラニアルとレパード・シャークは強敵ですの。それを知っていただきたかったんですの」
レギニータの声は淡々としていますが、イリスさん達の顔をみると、三人とも顔面蒼白ですね。まあ、対処を間違えれば、あっというまに腕の一本や二本は無くなりそうです。
「エマ、水中での戦いはどうだった? 実戦では呼吸の魔法も併用するから、負担はかなり高くなると思うけど」
僕はエマの全身に、洗浄魔法と乾燥魔法をかけてから訪ねてみます。エマは、大剣を抜いて僕に見せながら話してくれました。
「足場は無く、力も入りません。腕にも剣にも、水の抵抗が常にかかりますので、水中の戦いではなかなか致命傷を与えることはできませんでした。人魚族の水中での速さは、現時点での我々では対処が不能です。
この剣が頼りなく感じたのは初めてのことです。」
そして、出血すれば肉食魚やサメがやってくると……、これはなかなか厄介ですね。




