12.コボルト戦(リベンジ)
「次は俺達の番だぜ」
そう言ってやってきたのは、明るい茶髪に青い瞳の、いかにも軽薄そうなお兄さんですね。
装備面は、鎖帷子の上に金属製のブレストアーマーを着け、細剣と小楯を装備しています。頭部も面頬は着けていませんが、頭部をしっかり覆うタイプで、腕や足も金属製の脚絆や篭手でしっかり防御されていますね。プレートアーマーほどではないですが、物理耐性はかなり高いでしょうね。
「俺は、ジャンノット・オルジターノ。ジャンと呼んでくれ、かわいいお嬢ちゃん」
そういって、彼は僕の右手をとって、手の甲にキスしようとします。ザワッっと背中に鳥肌の立つ感触に、慌てて手を引き、キスは阻止しましたが、お兄さんは心外そうに苦笑いしています。
僕はコホンと咳払いを一つして、改めてジャンと名乗った冒険者に向います。
「……次はコボルト戦となります。設定地域は森林地帯で、コボルト族が20、狼が10生息しています。前回の戦闘において、負傷した狼がでただけで総数は変化ありません」
僕の言葉に、大仰に肩をすくめるポーズをするジャンですが、ホントに大丈夫なんでしょうね? 思わずカーラさんの方を見てしまいましたよ……
「了解だ。コボルトと狼はどちらも討伐して問題ないな? 討伐した狼はこちらで処理してよいか?」
ん? 狼の毛皮でも売るつもりなんでしょうか? 別段たいした価格で売れるわけでもないので、了承します。状況説明をしている間に、カーラさんも戻ってきましたね。
「そろそろ、コボルト戦を開始しても宜しいですか?」
「あぁ、いつでもいいぜ」
ジャンが肯くと、パーティーの皆さんも同じように頷きました。前衛と思われる3人の方々は、手足はしっかりとした金属性の脚絆や篭手をつけていますね。残り2人は、片方が身軽な弓師さんのようです。残り1人は魔術師さんのでしょうか?
「それでは、フィールドに転送します」
僕は彼らをフィールドへと転送しました。
『かぁ、これがあの屋外演習場には見えねぇな。じゃぁ、いっちょ始めるか』
ジャンの言葉に肯いた弓師さんは、風向きをしらべて風下側へ単独で移動を開始します。
『よっしゃぁ、行くぜ!』
残った4人は、魔術師を中心に前と左右を護衛するような形で、森へと向っていきます。上からみると、三角形の中心に魔術師さんがいるような感じです。
ごく普通に歩いていますが、特に風向きを意識している様子はありませんので、既にコボルト族には気付かれていますね。コボルト族と狼は2つに別れて、ジャンたちの後方へと回りこみました。そして、コボルト族のリーダーがぴたりと止ると、全てのコボルト族と狼の動きも止ります。
下手な軍隊もかくやという動き方ですね。やがて、コボルトリーダーが『オオォ~ン』と遠吠えをあげて、彼らの狩りが開始されました。
『やっとお目見えだ、行くぜ』
ジャンの言葉とは裏腹に、フォーメーションを崩さずに4人はコボルト族に追われる様に森の中へと入っていきます。
先ほどのゴブリン戦とはだいぶ展開が異なりますが、これって包囲されるパターンだよね。ちらりとサブ画面上の弓師さんを見ていますが、これはどこかの樹の上っぽいですね。ジャン達の場所を確認しているにしては動きがありません。
『着た着た着た来た~』
威勢の良い声をジャンはあげますが、崖の前に追い込まれているようにしか見えません。これって、以前盗賊がコボルトに襲われて全滅したときの再現っぽい気が……
崖の前で、3人の戦士が魔法使いさんを囲んで守る防御隊形をとったジャン達ですが、コボルト達は以前僕が見たように交互に戦士の腕や足を噛もうと襲います。
しかし、流石に金属製の脚絆や篭手には、コボルト族にしても、狼にしても歯が立たないようですね。
ジャン達は、固い守りでじりじり削る戦法なのでしょうか? 時間がかかりそうだなと思った矢先に、動きが変わりました。
弓師さんの画面に、樹上から見下ろされた状態の、狼に騎乗したコボルトリーダーが移った矢先に、魔法使いさんが氷の矢を狼の足元へと打ち出します。狼は後ろに飛び退り、難なく氷の矢をかわしましたが、突然『ギャウン』と声がして、騎乗していたはずのコボルトリーダーが落狼しました。
よく見ると、コボルトリーダーの頭は矢によって射抜かれています。リーダーが倒されたコボルト族と狼達の連携が乱れ、あっという間にジャン達を囲んでいた狼が切り伏せられます。
『よっしゃぁ、頭がいねぇこいつ等なんか恐れる必要はねぇ、行くぜ!』
確かにコボルトリーダーが倒されてからは、狼もコボルトも動きに精彩がありませんね。逃げ腰になっている処を、何処からか飛来した矢によって、次々に射抜かれていきます。
もちろん、3人の剣士や魔法使いの氷の矢でも倒されていき、あっという間に全滅してしまいました。
『コボルト20、狼10の討伐完了だぜ。狼は纏めて置けよ。一緒に出してもらうんだからな』
はぁ、何に使うかは判りませんが、僕は彼らと狼の遺体をフィールドから出しました。
「最初はどうなる事かと思ったけど、倒し始めたらあっけなかったわね」
カーラさんの言葉に、ジャンは肩を竦めます。
「コボルト族だけならそうでもないんだがな。コボルトのリーダーは、狼に騎乗してたろう。正面から行っても近寄ってくれやしないし、馬鹿正直に正面から魔法や弓を撃っても交わされちまう。
それに、剣士で3方向を囲んで守れるのは1人がいいところだからな。弓師には隠れてチャンスを狙ってもらっただけさ」
「へぇ、ちゃんと考えてはいたんですね。唯の軽薄な馬鹿かと思ってましたよ」
ついつい口に出してしまった僕の背後で、いきなり殺気が膨れ上がりました。右足を軸足として半回転して、ついつい構えを取ってしまいます。いや、今の殺気はマジで殺そうとした殺気ですよ。
そんな僕の目の前には、ローブ姿の先ほどの魔術師さんと弓師さんが、2人の剣士さんに羽交い絞めにされています。
「ナディア、やめろ!」
「オルガも落ち着けって!」
2人の剣士さんは、じゃんのそっくりさんですね。三つ子さんですか。弓師さんを抑えている剣士さんが僕にむかって叫びます。
「おい、お前。いったん俺達とフィールドへ来い。このままじゃ死人が出る」
「こいつら、怒ると馬鹿力だすからな、早く!」
2人の必死な様子に、僕は4人を再度フィールドに送り、ジャンとカーラさんに向き合って、先ほどと同じように、質疑応答をお願いします。
いや、まじであの2人、高威力魔法を放とうとしてましたからね。安全第一でしょう。僕が行かないと収まりそうもないので、自分自身も転移して4人と向き合います。
「一体何事ですか。僕は貴女方になにかされる理由はありませんよ?」
そう、僕の目の前に立っていたのは、明るい茶髪に青い瞳をした目つきの悪い美人姉妹? でした。恐らく双子でしょうね。そっくりな容貌に、セミロングにした髪の分け方が左右違うだけです。
「理由はないだと? 貴様はジャン兄を馬鹿にしただろう、それは万死に値する!」
弓師の女の子が激高して騒ぐ脇で、魔術師妹はうんうん肯いていますね。僕は2人につい口を挟んでしまいます。これが失敗の始まりになることを知らずに……
「兄大好きの妹ですか! そもそも、あの女好きの兄を放し飼いにしておいた其方の責任ですよ。さっさと連れ帰って、壁にでもつなぎとめて置いて下さい!」
そういえば、アレクシスもどちらかといえば、手は早そうだったなと僕は思います。アルベニア男子はそういう種族なのでしょうか?
「かっ、仮にもジャン兄に手をとってもらってその態度は……」
「沈黙 そんなに騒ぐと、話が先に進まない。少し黙ってて……」
「はぁとにかく、こいつ等の前でジャン兄の悪口は危険なんだよ。怪我をしたくなければ、素直に謝ってくれ」
「……年下の子をいたぶるのは、世間体が悪い。今なら謝れば許す……」
はぁ? 僕が謝る理由がわかりませんよ。
「謝るも何も、僕はあなた方の名前さえ聞いてませんよ? あの軽薄男の兄弟と妹らしいことはわかりましたが」
ついつい、同性にここまで敵意を向けられるのは初めてですが、ジャンとやらに言った言葉を取り消す気にもなれませんので、ついつい対応がきつくなってしまいます。
どうやら、2人の男性もかちんと来たようですね。笑顔がひきつっています。
「……貴女、ギルマスの知り合いだからって、冒険者を舐めすぎ……、だいたいジャン兄が、貴女の様なお子様ツルペタを相手にするわけない」
プチっと何かが切れた気がしますね。僕の目の前に立つ2人の女性は、明らかに僕より年上ですが、胸部装甲は僕と大差代わりはありませんよ?
「金床にツルペタ呼ばわりされるいわれはありませんよ、僕より年上のくせに!!」
と、背後に殺気を感じて、後ろ回し蹴りを放ちます。ガシッっと音がして防御されたようですが、こちらも相手の攻撃は受けませんでしたからね。背後に居たのは弓師の方の妹ですね。
「……、…………!」
何を言っているか判りませんが、声が聞こえなければ降参も聞こえないですね。
「何を言っているか判りませんよ。解除」
途端に聞こえ出す罵詈雑言に、僕は解除したのを少し後悔します。
「うふ、うふふふふっ、良くぞそこまで言ったわね。少し泣かせてあげる!!」
「私の魔法を解除した?! つるぺたのくせに!!」
「つるぺたつるぺたって煩い! 金床が2人も揃ってるんだから、あの軽薄男の重りにでもなっててください」
見る間に引き攣る目つきが悪い美女2人。そして、流石に妹を侮辱されたと感じたのか、軽薄男のクローン体も騒ぎ出そうとします。
「「おいこら。幾ら餓鬼だからと言って、俺達の可愛い妹達を……」」
「シスコンは黙ってて下さい!」
金属鎧の2人に、電気ショックを浴びせます。流石にきつかったのか、2人はその場で白目をむいて倒れました。
この後2人と戦闘になりますが、片方は詠唱中は動けないキャスターで、もう一方は頭に血が上って猪突猛進してくるだけの女です。詠唱中のキャスターに細かい移動を繰り返して猪女を突入させ、2人諸共自滅させてあげました。
戦闘終了後、倒れた4人と共にフィールドをでて気がつきます。周囲の視線が僕達に集まっている事に……
そう、投影装置を切っていなかったのので、全部筒抜けだったんですよね……。僕の視界の隅で、イリスさんがお腹を抱えて悶絶しているのを見ながら、平静を装って僕はこの日の講義を終了しました。
後ほど、ブラコンシスコンパーティ共々、カーラさんにみっちりと教育を受けたのは言うまでもありません……




