19.黒歴史?!
「それで、さっきの男はなんやったん?」
シャルさんの遠慮のない突っ込みに、フローラさんは一瞬顔を引き攣らせました。今まで僕達の話題ばかりで、少しも出ていなかったですからね。誤魔化しきったと思った矢先の攻撃です。
「さぁ、あの男ってなんなんでしょう? 私にはとんとわかりませんよ?」
とはいえ、フローラさんも只者ではありませんからね。さらっと流して誤魔化す気が無い事満々なのはバレバレです。
ここでこの話が追求できないと、話題がまた僕達に戻ってきそうですからね。ここは意地でも追求しないといけませんね。
「そうですか。フローラさんに判らないんじゃ、エリーゼさんに聞くしかないですよね。ホワイトチョコレートでも渡せば、喜んで話してくれそうですね。他にも色々と……」
僕がそう口にだすと、フローラさんの顔色が青ざめていきます。シャルさんもそこで追い討ちをかけます。
「せやなあ、あの娘の黒歴史を、この娘達に話されるのとどっちがええといえば、なんぼでも話すやろうな」
おぉ、と言う事はエリーゼさんの黒歴史を、シャルさんは知っているという事ですね。それはそれで楽しいかもしれません。
「いいですね、フローラさんとエリーゼさん二人が絡む黒歴史って何「一寸お待ちになって!」有るんで……」
ふふふっ、ついに陥落しましたね。というか、さっきの男の話題より酷い黒歴史があるんですね。それはそれで知りたい気もしますね。
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「はぁ、仕方ありませんわね。自分が引き起こした黒歴史を暴かれるよりは、まだ存在が黒歴史だった『バスティアン』の事を話すほうがまだマシですわ」
そう言って、フローラさんが話し始めます。
「彼の名前は、今は唯の『バスティアン』ですが、以前は『バスティアン・ツー・バル』と言いました。帝国北部領の東に領を構える、バル伯爵家の嫡子だったのですよ。そして、バル伯爵領は、我がフランドル子爵家の隣になります」
なるほど、元々は領地の接している貴族家の、子供同士ということだったのですね。それならお互い面識があってもおかしくありません。あれ? 以前はって言いましたよね?
僕達が怪訝な顔をしたのがわかったのでしょう。フローラさんは溜め息をついて続けます。
「皆さんがお気づきの通り、今は『バスティアン』は、バル伯爵家の嫡子ではありません。彼はある事件を切欠に、伯爵家を廃嫡されたのです。
そして、彼が廃嫡される前は、非公式ではありますが、私の婚約者だったのですよ」
イリスさんもユイも「え~」と声をあげています。シャルさんは、これは面白くなりそうだとほくそ笑んでますね。あれ? 気がついたらアーネストさんいつの間にか居ないじゃないですか。あの小父さん、年の割には隠密スキル高いですね。全く気がつきませんでしたよ?
「バル公爵家は、北部属州の征服戦で大功をあげて叙勲された、新興貴族です。初代のバル公は、途轍もなく強い方で鬼神の如き戦果を挙げただけでなく、王家への忠誠も厚く大抜擢されたのです。
そして現バル伯爵は、領地経営の才があったのでしょう。バル伯爵領は、近隣の貴族家と比べて大きく発展し、その嫡子であるバスティアンには、周辺貴族家からの婚姻の申し込みが殺到したのです。その中で、我がフランドル子爵家がその的を得たといえばお分かりでしょうか?」
なるほど、婚約の申し込みが殺到した中で、フローラさんが際立っていたのでしょうね。イリスさんもユイも熱心に聞いています。やはりその辺は女の子なのでしょう。何故か自分達の恋愛には全く興味が無いのは謎なのですが……
「ただ、婚約がまとまったとはいえ、お互いの子供達が成人を迎えるまでは、いわゆる公然の秘密とする事になったのです。バル伯爵家側では、新興貴族である自家の嫡子の婚約が、余りにも早くまとまった事に対して、周囲の貴族家の反感を買う恐れもありましたし、当家でも産まれたばかりの娘を婚約させたとなると外聞が悪いですし……」
あれ? 産まれたばかりって事は、エリーゼさん本人を気に入った訳ではなかったのですね。
「あ~、それは流石にまずいですね。王家だと言うならまだしも……」
「貴族家も色々大変やなあ、うちは平民でよかったわぁ」
シャルさんの茶々を無視して、ユイの言葉に頷きながら、フローラさんが言葉を続けます。
「そして、私が10歳、彼が14歳になった時、クラウディウス公爵家でのパーティーの席での事です。エリーゼ様の御学友を決める目的もあり、私達エリーゼ様の同年の少女達が集まって歓談をしていた所に、彼が乱入してきたのです」
エリーゼさんが大きな溜め息を付きます。これは、いよいよ核心に近づいたのでしょうか?
「少女達だけの集まりに、突然乱入してきたバスティアンに、エリーゼ様が非礼を注意したのです。
しかし、その場で彼は言い放ったのですよ。『よし、お前等みんな俺の嫁にしてやる。正妻はフローラと決まっているから、みんな揃って側室にしてやるぞ。喜べ』と……
そしてエリーゼ様の腰に手を回し、抱き寄せようとしたのです」
げっ、爵位だけでも伯爵の子息が、公爵令嬢のエリーゼさんを側室にしてやる?! いやいや、その場にはフローラさん以外も居たのですよね? 侯爵令嬢や伯爵令嬢も居る中で、新興貴族家の嫡子のその発言は、歴史ある他の貴族家の対面に泥を塗る行為でしょう。
ユイもイリスさんも、憐憫の目でフローラさんを見ていますよ。
「当然の如く、バスティアンはエリーゼ様の報復を受けて悶絶し、他の令嬢からも飲み物を浴びせられるなど散々な目に遭いました。娘達から話を聞いたそれぞれの貴族は、当然バル伯爵に詰め寄りますし、まともに相手をしてくれなくなりました。
その後暫くして、彼は廃嫡され、バル伯爵家は彼の弟が継ぐことになったのです」
はぁ、盛大な勘違い野郎だったのですね。きっと、小さい頃から女の子達が自分と遊びたがっているとか思い込んでしまったのでしょうね。
「彼がそうなったのも、祖父に憧れ過ぎたのが原因なのでけど。初代バル公が、兵士だった頃の口癖が、『強くなれば、金も女もなんでも思い通りだ』というらしいですから。
バスティアンも、領地経営に夢中だった両親よりも、お爺様に懐いていたらしいですし」
「はぁ、お爺さんも罪作りやね。小さい子供にそないな話をしとったんや」
「自分の武勲を話しているうちに、勢い余っての事なんでしょうけど……」
「でも、少しも彼反省してないですわね。ここまで入ってきたのも、きっと自分は伯爵家のものだといって来たのでしょう? 既に、廃嫡されてるのですから、身分詐称になるんじゃないですの?」
皆さんの意見も最もですね。そして一切話しに混ざらないユーリアちゃんは、もりもり食事を続けています。
「その事件があったお陰で、私にもあのバスティアンの嫁と陰口が広がりまして……、暫く泣き暮らしていましたが、そんな私をエリーゼさまが是非侍女にと引き上げてくださいましたの。
ですから、私はエリーゼ様に忠誠を誓っているんですのよ」
成程、それがフローラさんとエリーゼさんの関係の始まりだったのですね。あれ? この話って、エリーゼさんにも黒歴史とは言わないまでも、別な意味で恥ずかしい話ですよね……
でも、貴族といっても実質現伯爵が初代の様なものですよね。まずは領民を富ますことで、領地経営を優先したのは悪い選択ではないと思いますが、貴族の子息としての礼儀や心構えなどを、バスティアンに教えてくれた人は居なかったのでしょうね。
反省もしてないようですし、今後も何か絡んできそうですね~




