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第六話「少女の『カナシミ』」

 

「悲しみがないってどういうことなんだ?」


「そのままの意味よ。この世界では『カナシミ』を感じることはない。どれだけ辛くても笑うことしか出来ない。私も昔までそうだったわ」


 あくまで淡々と、感情を押し殺すように話す。


「……じゃあ人が死んでるのに、みんな笑ってるのもそういうことなのか?」


 広場の人も、ここまで一緒にいたさつきも、みんな死体が転がる中、笑っていた。そこには苦しそうな様子も、悲しそうな様子もなく、心から楽しんでいるように見えた。気が狂ってるとしか思えないが、それが普通だと言うのだ。


「そうよ」


 とても信じがたい、信じたくもないことだったが、彼女の瞳は真っ直ぐユウキを捉えていた。それだけで嘘でないことは伝わった。


「昔はそうだったって言ったよな。どうして君は今悲しみを知っているんだ?」 


 二人の間に風が吹いた。少し冷たい。風が通り過ぎると少女は語り始めた……

















 それは十年前のこと、れいなは七歳だった。小さな町に家族で暮らす、ごく普通の生活。何も特別なことはないけれど穏やかで幸せな日々。

 ある日、家で一人留守番をしていたときのことだった。太陽が沈み始めた頃、いつも通り笑いに満ちた町に、黒の大蛇が地面から伸びた。比喩ではない、実際に現れたのだ。


「魔獣?」


 もちろん誰も恐怖を感じていなかった。大蛇が町を破壊しても、人を絞め殺しても。それは少女にも同じであった。立ち向かう人もいたが、皆あっさりとやられて、動かなくなってしまう。

 彼女は蛇を追いかけてみることにした。どうなっていくのか興味津々。窓から飛び出て、ばれないよう後ろから隠れながらついていく。それは、まるで「だるまさんがころんだ」をしているようだった。

 何千という人が殺されているのを見ていると、少女に得体の知れない感情が沸き上がってきていた。


「なんだろう、この気持ち」


 心に、もやもやしたようなものがある気がした。それが何なのか分からない。いつもなら何があっても笑えるのに、口が上手く開かない。

 そんな状態のまま進んでいると、奥に家族の姿が見えた。


「あ! お父さんとお母さんだ!」


 彼女は抱き締めて欲しかった。このもやもやも、全て笑って消してしまえる気がした。

 少女が魔獣の横を走り抜ける。こちらに気がついた両親が、彼女に笑いかけたとき大蛇は二人を飲み込んだ。


「…………ああああああああああああああああああああ!」

 

 心にあったもやもやが爆発して少女を覆った。目から何か溢れて、全身の力が抜けて、息が出来ない。生まれて初めての苦しみだった。笑うことなど出来なかった。

 そんな少女を見つけた蛇が、その長い体で締め付けた。自分も死ぬと思うと震えが止まらなくて、気絶しそうだった。

 どんどんどんどん苦しくなって骨が折れかけたとき、蛇が突然悲鳴をあげて、れいなを開放した。


「思わぬ、発見だ。面白いものが見れたよ」


「だ、誰?」


「僕はサトル。神様ってやつだ」


 意識が朦朧とする中、目を開けた。大蛇は大地がいくつも突き刺さり、炎の中で唸っている。見上げると、男が立っていた。声も見た目も若いのに、その雰囲気からは年齢がまるで分からない。不思議な男だった。


「君は、悲しみを知ってしまったようだね」


「カナシミ?」


「そう悲しみ。君は秩序を乱した、ということで消してしまってもいいんだけど」


 男は屈んで少女の脚を見た。さっきまで白かった脚が先の方から太ももの辺りまで黒くなっていた。


「これはおもしろい! こんなことが起きるんだね!」


「何、これ?」


「魔獣と人間のハーフってところか。どんなことになるのか見てみたいけど、僕は生憎忙しい。その罪を背負って生き抜いてみせてくれ。」


 そう言うと背を向けて歩き始めた。


「大きくなったら僕のところに来なさい。それのことも、この世界のことも、全てを教えてあげよう。それまで僕は君を殺さないことにするよ」


 そうして星空の下、少女は一人きりになった。


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