第五話「強さの理由」
広場での戦いはあっさりと片付いた。見渡せばさつきが魔法で水を出し、あらゆる場所の血を洗い流している。ユウキは空を見上げ、近くにいるれいなに話しかける。
「なんも、できなかったよ」
「しょうがないわ。あなたは戦うのは初めてのようだし、相手はこの辺ではまず出ない強い魔獣だったのだから」
「そっかー。レベル1でいきなり強敵ってそりゃ辛いか。最初は雑魚モンスターが来て欲しいもんだ。スライムとかスライムとか。まあ、この世界は魔法のレベルが上がらない鬼畜仕様らしいがな」
「ええ、魔法は努力で強くなることが出来ない。魔法の才能がなければ違うことを努力するしかないわ」
ついさっき、魔法を使わずに獣を仕留めた人が言うのだから説得力が違う。
「そうだな。努力したところで君のようにはなれない気がするけど。それでも頑張るか」
実際、先程の彼女は人間を超えていた。少なくとも、人間というものは、飛んだり、刀で刺しても死なない熊を蹴り一撃で殺すなど出来ないはずだ。
そんな化け物に、今まで生きてきて一番の戦いが、クラスでやった腕相撲大会レベルの人がなれるだろうか、いやなれないだろう。ちなみに準優勝。
「で、何でれいなは魔法を使わなかったんだ? 武器も持ってないし。まあ、それだけ強ければ要らないのかもしれないけど」
「私は魔法が使えないのよ。武器は不要だから持ってないだけ」
地面に転がる熊の頭を持ち上げ片手で潰して見せる。たしかに、武器は要らなそうだ。
「魔法が使えない人なんて、普通はいないわ。生まれたての赤ちゃんでも使える。けれど私は使えない。使えなくなったのよ。その代わりこれがあるけど」
そう言って、美しく長い脚を見せつける。破かれた浴衣から伸びるそれは、少しだけ白い肌を見せ、あとは黒で覆われている。日本ならニーハイと呼ばれるそれに見えたが、よく見てみると、あることに気づく。
「これ、布じゃねえ! ていうか、中で何か動いてる!」
「そうよ。別に何も履いたりしてないわ。素足よ」
なんということだろう。ニーハイ生足、いや、生足ニーハイと言うべきか。ここに、新しいジャンルが生まれてしまった。そのうえ黒の中、さらに濃い黒が蠢いているのが分かる。
「なんなんだ、これは?」
「さあ? 私は昔、ある出来事を通じてこうなった。この力は他と比べ物にならない。魔法が使えないないことと、もう1つの欠点を除けば素晴らしいものよ」
「それで、あの超パワーってわけか。で、出来事と、もう1つの欠点ってなんだよ?」
「それは……」
少女は当然聞かれるとわかっていたが、口にするのを一瞬躊躇う。それでも覚悟を決めた。
「あなたは『カナシミ』って分かる?」
『カナシミ』とは悲しみのことだろうか。それなら答えは当然「分かる」に決まっている。そんな質問をれいなは真剣な表情でする。
「もちろん、分かるよ。なんでそんなこと……っ!」
「……よかった、よかった。やっと会えた!」
大人っぽくて、人前で泣くことなどないであろう少女はユウキに抱きつき、号泣していた……
「ごめんなさい、本当に嬉しかったから。もう、大丈夫」
泣き止んだれいなは、少年から離れるとそう言った。
「いいよ、別に。どうしたんだ?」
「あなたにとっては普通だったのでしょうけど、あなたは私にとっては初めての『カナシミ』を知っている人」
「え? 何を言ってるんだ?」
「あなたも見たでしょう? この広場の人はみんな笑っている。人が死んでいる中でも、自分が殺されそうなときも」
「この世界には『カナシミ』なんてものは存在しないのよ」