第四話「この世界の最強は僕ではなくヒロインでした」
長い黒髪を揺らしながら歩いてくる少女に気付いた魔獣はその黒く太い両腕を振り下ろした。そこにれいなは左足を合わせる。
獣の力に押し潰されるかと思われたその瞬間、美しい黒い脚が獣の腕を削ぎ落とした。
「はっ。脆いし、遅い、力もない」
両腕を無くし、その鮮やかな切り口から血を噴出し、吠える獣に一笑する。
だが、腕を無くしてなお、魔獣はれいなに突進しようとする。本能で分かるのだろう、背を向けたら死を迎えることが。
「だから無駄だって」
体当たりしてくる獣の首に回し蹴りをすると、その頭は居場所を無くし、地面に転がった。
「あー、ずるーい。わたしもやるよー」
そう言うと、壊れたように笑っていたさつきが左手を伸ばす。するとそこから大きな泡が現れ、魔獣の動きを止めた。
「くーまさん。あそびましょ」
わざと顔だけ残し死ぬことがないようにしているようだ。彼女は獣に歩み寄りながら、水で右手に大きな牙を持つ鮫の口のようなものを作り出すと
「水鮫! ガブガブガブガブー」
体の端から少しずつ少しずつその顎で噛み砕く。彼女は獣の苦しむ様を楽しんでいた。そして最後には跡形もなくばらばらにしてしまった。
「あー、たのしかったー」
二人の少女が魔獣を残虐に殺しているとき、ユウキはただただ立ち尽くし、呆然と見ていた。血で染まる広場、何人もの子や大人の死体を。
「はぁ、はぁ。なんなんだよこれは!」
現状起きていることに頭が追い付かない。混乱の中大声を上げると、一匹がこちらに気づく。
「よ、よし、俺もやってやるよぉぉ!」
震える手で腰の小刀を抜く。
その獣が走り出す前に胸に刀を突き刺した。 すると魔獣は唸りながらその場に倒れる。
「しゃあ! 先手必勝だぁぁぁ!」
「お、やったか小僧」
見物人がユウキに声をかけた。
「お前何言ってんだよ! そんなこと言ったら……」
血走った目の魔獣が立ち上がり、叫び声をあげた。
「やっぱりぃぃ! お前のせいだからなぁぁ!」
ユウキは叫び、全速力で逃げる。それを追いかけてくる獣。
相手は熊、追い付かれるのは必至だった。まあ、二足歩行の熊であったからすぐには捕まらないが。
「はぁはぁ、このままじゃいつか追い付かれる。あれしかない!」
後ろをちらりと見ると、熊は両手を振って走ってくる。一見するとシュールな場面だがどちらかが生きるか死ぬかの殺し合いである。
「マッド・ボール! よし、できた!」
覚えたての、唯一彼が使える魔法を唱える。すると、両手には手のひらサイズの泥団子が二つ現れた。
「これでも喰らえ!」
ユウキは振り返り、泥団子を時間差で顔面に向けて投げつけた。
「っ!? 嘘だろ!」
熊は巨大な獣とは思えないボクサーのような軽い身のこなしでそれをかわした。
そしてそのまま一気に距離を詰め、噛みつこうと顔を近づけた。
「はい、お疲れ様」
もう殺られると思ったそのとき、少年と魔獣との間に影が割り込んだ。
その影、全身を黒で統一している少女、れいなは、両足を伸ばし弾丸のような速度で、魔獣を腹から背中へと貫いた。
「あー、汚れた」
汗一つかいていない彼女の下、ユウキは両手を広げ横になる。すると隣に金髪の少女が寝転がった。
「楽しかったねー」
「……どこがだよ」
返り血で染まる少女を見て、少年には自虐的に笑うことしかできなかった……