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第十八話「タケダ」


「いやー、酷い目に遭いましたよ……」


 黒いスーツの男はそう言ってハンカチで顔を拭く。ユウキの「あれ」はさつきが魔法で洗い流してくれた。


「本当にすいません!!」


「いやいや、別にいいんですけどね……」


 ユウキが土下座で謝ると、男は何故かうつむいて両手で顔を隠した。その様子に何か気づいたれいなが男の腕をガッと勢い良く掴む。



「あなた、もしかして泣いてるの?」





 

「いやー、あなたがたも異世界召喚された人たちだったとは……」


 男はそう言って笑う。心なしか目が充血しているように見える。しかし先程涙を流したのはあれを顔面に喰らったのがきつかったからだ。けしてユウキに会えたからではない。


「いえ、俺一人ですよ。異世界召喚ってやつをされたのは」


「えっ! でも此方の方が先程……」


 そう言って男がれいなを見ると、彼女は首を横に振った。


「れいなはこの世界に元々いた人です。だけど多分この世界の人の中で唯一悲しみを知る人ですよ」


「……! そんな方がいるとは信じられません! 私これまで大変だったんですからね! ああ、今日は奇跡の日だ!」


 男はそう言って両手を青空に向かって伸ばした。奇跡というのはけして大袈裟ではない。この世界では悲しみを知る人の方がイレギュラー中のイレギュラーなのだ。

 涙など誰も流さないため、仮にそれを見られたら見せ物にされるなりで笑われてきたのだろう。

 この男の言動はやたら若いが、苦労が積もっているのかよく見れば皺が幾つも刻まれていた。

      

「申し遅れましたが私の名前はタケダと申します。もう一人の異世界から召喚された方、この国の女王の執事をしております。よろしくお願いします」


「私はれいな。で、こっちがユウキでこっちがさつき」


「よろしくねー」

 

 れいながタケダに紹介する。今までのやり取りを黙って見守っていたさつきも口を開いた。


「よろしくお願いします。で、タケダさん、さっきこの国の王が異世界召喚された人って言いましたよね?」


「はい、そうです! 私と彼女が二人まとめてこの世界に飛ばされたのです! そしてそれから早三十年、なんとか国を作り上げるまでに至ったのですよ!」


「三十年! 失礼ですがタケダさんいくつですか……?」


「私は今年で六十位ですかね! まあちゃんとしたカレンダーもないこの世界ではそれも分かりませんが。若さの秘訣教えましょうか!」


「……いえ、けっこうです」


 このタケダという男、三十から四十歳にしか見えなかったがとんだ化け物だ。しっかりと伸びた背筋や真っ黒な髪から若さを感じる。ただ、行動がかなりうるさい。それだけがユウキが感じた欠点だった。


「そうですか、残念です! まあ、ずっと門の前で立ち話もあれですし中に入りましょう! おもてなしさせていただきますよ!」 


 タケダの案内で一行は門をくぐる。こうしてユウキは初めての自分以外の異世界人(にほんじん)、タケダとの出会いを果たしたのだった。

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