第十五話「課題」
「よいしょっと」
吹っ飛ばされて倒れていたユウキは起き上がり、深呼吸をした。
「さて、これからどうするか。れいなは何が駄目なんだと思う?」
「全部よ」
あっさりとそう言い放つ少女。紅くなっていた頬もすっかり元に戻っている。いつもの落ち着いた雰囲気だ。
「……いやまあ、確かにそれは思い知らされたけどさ。その足りないところの何を最初に直すべきかなって」
やるべきことが多すぎると何からするべきか分からないことはよくあるだろう。ユウキはまさにそれだった。魔法がろくに使えない分頑張らなくては。
そんなことを思っていると後ろから「ふっふっふ」と笑う声が聞こえてきた。
「そ・れ・な・らー、パゥアーだよ!」
二人から離れた場所にいたさつきがユウキの後ろから声をかけた。振り返ると、さつきは腰に手を当て左手で彼方を指さしている。
……このポーズは好きなのだろうか。よくやってるが。
「…………なんつった?」
「パワーだよ! パワー! 威力を上げよー! って言ったの!」
「威力? 何でだ? さっきは一撃も当たらなかったんだぜ。威力を上げるのはその次じゃないか?」
すると、さつきは「ちっちっちっ」と言いながら指を振った。どや顔である。
「今真っ先に上げるべきなのは威力なんだよー。パゥアー」
「だからなんで?」
「んー、それはー……」
「ユウキは私とだけ戦う訳じゃないでしょ? 今の速さがあればとりあえず十分よ」
さつきは勿体ぶっているのか中々話さない。するとそんな様子を見ていたれいなが答えてくれた。
「それより足りないのは威力。今のあなたでは強い魔獣は倒せないわ」
れいなに言われて今までの戦いを思い出してみた。言われてみれば、最近倒した兎やツバメは一撃で倒せたが熊は倒せなかった。不意をついた急所を狙った一撃だったのに。
「あー!! なんで言っちゃうのー!」
「だって中々言わないから……」
「むー!」
言いたかったことを言われてしまって頬を膨らますさつきをれいなは慰める。彼女の頭を撫でながらユウキを見ると前とは違って見えた。初めて会ったときはこれといって特徴のない少年だったが、どこか凛々しくなったように感じる。
「何か分かったのかしら?」
れいなが声をかけると少年は頷いた。
「うん、確かに俺に足りないのは一撃の威力らしい。でも具体的に何をすればいいんだろ?」
「地道な努力しかないんじゃない? 筋トレと素振りをしましょう」
筋トレと素振り。確かに地道だ。だがそれが効果的なのは多くのアスリートが示してきたことである。ユウキも納得した。
「そうだな。それが一番かもしれない」
「そうだ! ユウキの今の実力を試してみよーよ!」
れいなの胸に顔を埋めていたさつきが勢いよく顔を挙げて提案する。そのとき、さつきの金色の髪が揺れるのと同時にれいなの胸も揺れるのをユウキは見逃さなかった。ユウキは見てはいけないものを見てしまったという背徳感を覚えながら、こっそりと記憶の片隅に取っておくことにした。
「た、試すってどうやって?」
「なんでそんなに動揺してるのー?」
つい言葉が浮わついてしまった。だがここは誤魔化すしかない。
「いや、動揺なんてしてないよ! で、何するの!?」
「ふーん。まあいいや。そこにある岩を斬ってみて」
そう言ってさつきの指が示す方向を見れば、大きな岩があった。ユウキの背丈程の岩だ。触ってみればつるつるとしていて、光を反射して黒く輝いている。
「なんか見るからに固そうだけど……まあやってみるか」
ユウキが小刀を抜く。そして走りながら斬りかかった。
が、岩は斬れない。それどころか岩に刀を思いっきり弾かれてしまった。
「! なんだこの岩? 今のは明らかに俺の力だけじゃなかったぞ」
「それも魔獣よ。獣と言っていいのか分からないけれど。ただ堅いだけで基本無害よ。自分が攻撃されたときは押し返してくるけど」
れいなの答えにただ唖然とする。まさか岩まで魔獣とは。この世界の生物の境界線はどこにあるのだろう?
「これに傷を負わせられないなら熊だって倒せないわ」
れいなの話によるとこの岩は熊よりは堅いらしい。だが傷を負わせることも出来ないなら熊は斬れない。とのことだった。
「私が手本を見せるわ」
そう言ってれいなが踵落としをすると、岩は見事に割れた。まるで中から爆発が起きたように飛び散ったのだ。
「……あっさりだな」
「私もここまでは出来ないよー。さすがれいな!」
意外な一言にユウキは驚く。れいなとさつき。ユウキから見れば二人とも化け物じみた強さだから差なんて分からなかった。だがそんなさつきから見てもれいなは異常な強さらしい。
そしてれいなは岩が砕けるのを見ると、しゃがんで飛び散った破片を拾った。15センチ程の薄い破片だ。
「これを持っておきなさい。どこかちょうどいい高さのところにでも置いて斬る練習をするといいわ」
「ありがとう。大事にするよ」
ユウキはれいなからもらった破片を小刀をしまっているケースにいっしょにしまった。懐にでも入れられればドラマみたいに何かのときに助けてくれるかもしれないが、そんな収納はないのだ。
「えー! 大事にしたら駄目なんじゃないのー」
「「……確かに!」」
さつきのつっこみにユウキとれいなの声が綺麗に重なった。




