第十話「旅立ち」
風呂上がり、ユウキはまだ少し乾ききらない髪のまま部屋に戻る。布団が三枚横に並べて敷かれていて、隙間はほとんどない。自分はどうしたらいいのか考えているとれいなたちが部屋に帰ってきた。
「おかえりー。ってなんでそんなに疲れてるんだ?」
「いや、ちょっと色々あって……」
少女たちの濡れた髪と上気した肌が色っぽい。そんな二人は対照的なほど、見るからに疲れきっているれいなと、そんな彼女の手を引いて笑顔のさつき。一体何があったのだろう。
「色々って何が……」
「それは秘密だよー。ね、れいなちゃん」
明らかに主導権を握られているれいなは外見からのイメージとは違って面白い。意外と押しには弱いタイプだったりするのだろうか。
「とにかく、明日に備えて、今日は早めに寝るわよ」
「そうだな。じゃあ俺はあっちで寝るから」
そう言ってユウキは布団から離れた位置にある椅子を指さす。その辺りには窓から月明かりが射し込んでいて少し明るい。布団を敷くスペースもなく寝るのには向かなそうだ。
「なんで今さら緊張してるのー? いっそ間で寝てもいいんだよー」
「いや、それはハードルが高すぎるよ……」
やはりチキンである。
「じゃあそっちの端で寝なさい。私はここに寝るから」
そう言ってれいなはドア側の布団に入る。それを見てさつきもユウキも布団に飛び込んだ。部屋の灯りを消すと本当に真っ暗で前が見えない。
「あー、明日からはついに旅だねー。楽しみだねー」
「死ぬかもしれないんだろ? 気を引き締めて行こうぜ」
「そうね。あなたが一番気をつけなくてはいけないと思うけど」
「わかってるよ。俺も出来る限り頑張るから助けてくれよ。な、さつき。ってあれもう寝てる?」
二人の間から静かな寝息が聞こえてきた。さっきまで一番元気そうだったのに、あっという間に眠ってしまった。目が慣れてきて、彼女がとても幸せそうな顔をしているのが分かった。
「さ、私たちも寝ましょう、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
こうして異世界に来て最初の一日は終わった。
日が明ける。ユウキが起きたときには皆すでに活動していた。「おはよう」と言うとすぐ返ってくる。浴衣から浴衣に着替えるというよく分からないことをし、朝ごはんを食べて準備を進める。
「何か足りない物はあるかしら?」
「あー、俺欲しいものがあるんだ」
そう言って部屋を出ると、両手に何か抱えて帰ってきた。
「これ、役に立つと思って」
「それは魔石?」
「そうだよ。火、水、風、雷、全部貰ってきた」
それは小さな石でスイッチがついていた。それぞれ押すと弱い力で出てくる。例えるならライター、水鉄砲、ドライヤー、懐中電灯といった感じだ。もっと高火力の物もあったのだが持ち運びには向かないので断念した。
「一応全部持ってるわよ」
「いや、これは俺用ってことで。なんか役に立つかもしれないから」
「そう。ならいいんじゃない」
日常生活においてこれらは必需品である。旅に持っていかないはずがない。持っていることは分かっていた。だがそれとは別に、ユウキには役に立つものはいくらあっても困らないという持論があった。
「よし! 準備も出来たしそろそろ行こうー!」
こうして三人は旅館を後にして町の出口までやって来た。
「よーし、最初の一歩はみんなでやるからね、はい手繋いでー」
さつきが二人の手を握る。温かい。気持ちまで繋がったような気がしてきてみんな自然と笑顔になった。
「せーの!」
こうして世界の果てを目指す冒険は始まったのだ。