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最終話.ただ一言だけ





「――おい姉さん! ビストが見つかったぞ!」


 まるで電撃のような襲来とともに飛んできた緑の乙女の言葉に、専属メイドを目で追っていたアイスの視線が動いた。


 大々的に尋ね人の『映像転写』を行ったおかげで、ビスト・ジャクフル捜索はあっという間に終了した。

 アイスがこの様になったことを戦乙女たちが知った、二日後のことである。


 昨日の午前中、至極個人的な『映像転写』での呼びかけが行われた。

 まさかの大っぴらな行動に、イリオもかなり焦ったが。


 さすがの自由人ロゼットも、探しているのがアイスであることや、尋ね人であるビストのフルネームまでは、出さなかった。

 出したらまずいとわかっていたのだろう。


「アイス様! ビスト様が見つかりましたよ!」


 アイスの虚ろな視線を浴びながら洗濯物を干していた、心底居心地が悪かったイリオは、電撃的に突然やってきた朗報に頬が緩む。


 が。


「あれ?」


「……ん?」


 駆け付けたロゼットと、洗濯物を放り出してきたイリオは、アイスの変化に戸惑った。


 テーブルに、顔を、伏せていた。

 両腕を枕代わりにして、伏していた。


「え、なにこれ?」


 聞かれたところで、イリオにも答えようがない。

 先の失恋から、最近はイリオの知らないアイスしか見ていない。これもその中の一つだ。


 まあでも、安心はした。


 ビストの名前が耳に入っての行動の変化なら、明らかに反応している証拠である。


 だが、まだまともな話はできそうにないので、先にロゼットから話を聞いた方がいいかもしれない。

 アイスだって、何気に会話も聞いているはずだし、気になっているだろう。


「もう見つかったんですか?」


「え? あ、うん。というか出頭してきたみたいでさ」


 『映像転写』で呼び掛けた結果、人伝で探されていることを知ったビスト本人が、最寄りの冒険者組合に顔を出したんだそうだ。


 ロゼットは、尋ね人の張り紙に「情報は冒険者組合まで。」と書いていた。

 この魔法を使えるのは戦乙女だけと世間には知られているので、その広告効果は絶大だった。

 どこかに貼ってある尋ね人なら流し見がいいところ、という人が、がっつり見て、なんなら捜索にも当たったのだ。


 いつも魔物と戦っている戦乙女の役に立つなら、と。

 張り切る市民が多かったのだ。


 そしてその結果、すぐにビストを探し出すことができた。


 ロゼットは、今朝からグレティワール近辺の冒険者組合を一つずつ回り、ビストの情報を求めた。

 その結果、当たりを引いた。


「あ、ちなみに、冒険者組合への問い合わせは、全員でやったからね」


「全員?」


「そ。現役の戦乙女全員で。あのワラビモチまで来たんだよ」


 なんと。

 公の場には絶対に出ない、あの柔の乙女ワラビモチまで参加したのか。


「ちなみに言うと、『映像転写』で呼びかけるのって、みんなで相談して決めたんだよね。アイス姉さんの一大事だって言ったら全員集まったから」


 なるほど、納得の「名前は出さない方針」だ。

 ロゼットのやることにしては気が利いていると思ったが、誰かの入れ知恵か。


「私も『映像転写』を使えばいいと思って請け負ったけど、私がやってたらアイス姉さんが探してるよーって書いてたね。まずかったんでしょ?」

 

 危ないところである。誰の知恵かはわからないが、その人は気遣いのできる人だ。


「で、もう捕まえたから、いつでも会えるんだけど……」


 アイスは顔を伏せたままである。


「おーい、ねーさーん? ビストに会えるんだけどー。会わないのー?」


 ロゼットが呼びかけるが、アイスの反応はない。


「……え? どうすりゃいいの?」


 どうもこうもない。


 戦乙女たちがアイスのために動いてくれて、今すぐでも会えるというここまでお膳立てしてくれて、会わないという手はない。絶対にない。


「……アイス様? 行きますよね?」


 丸まった背中に手を添え、耳元に囁くように問う、と――


「……え?」


 ロゼットには聞こえないほどか細い声で、アイスは言った。

 確かに言った。


 怖い、と。


「何が怖いんですか?」


 アイスは、普段の明朗な彼女とは打って変わって、小さな声でたどたどしく言うのだった。





「――めんどくさい」


「待て。イリオ」


 途中からロゼットも一緒になって、耳を傾けてアイスの主張を聞いていたのだが。


 話がひと段落したところで、イリオは思わず呟いてしまった。


 面倒臭いと。


「いや、今そういうのは……その、ダメだろ。ダメだよイリオ」


 ロゼットでさえ、たしなめるタイミングで。


「だってフラれるのが怖いから会いたくないって」


 まるで小さな乙女のようなことを言い出して、怖いとか言っているのだ。この二十四歳の大きな女児は。


 しかも、ビストは恐らく、アイスが好きだ。


 惚れた女に会うために、騎士の位や家名を捨てたのだ。

 それくらいの覚悟で会いに来ていた。

 口説く気があったのかどうかはわからないが、これは間違いないと思う。


 今会って、アイスから告白すれば、上手くいくと思う。


 最終的には、それを告げて立ち上がってもらうことになるのか……だが確定していることではないので、不確かな情報を告げるのは避けたい。


 不確かな情報を信じて、万が一にもフラれたら、色々と大変なことになりそうだし。


「私も聞いてたけど……でもわかるだろー? 私だって子猫三匹を『面倒見てください』って箱に書いてここにおいて帰ったこと、言いづらかったよ。怒られるの怖くてさ。そういうことってあるじゃん」


「……」


 初耳である。

 あのどこから降って湧いたのか不明だった子猫はおまえの仕業か。時期的にアプリコットも共犯か。


 なお、猫は側室の子に貰われてすくすく育ち、たまに我がもの顔で遊びに来る。


 いや、今はそんなことはいい。


「会わないなんて許されないでしょう。いろんな人が動いているんですから」


 ほら立って、と脇の下に手を入れて立たせようとするが、頑として動かない。ビクともしない。こんなところで無駄に神力を使って、無駄に肉体強化して拒否するほど嫌なのか。


「くすぐりますよ」


 押してダメなら、である。体制的にがら空きになっている脇や横っ腹を、触れるか触れないかという絶妙な触感で摩る。


「…! ……!…!」


「あ、動いた」


 ビクンビクンしている。

 くすぐったくて嫌がってはいるようだが……しかしやはり動く気はなさそうだ。


「今の面白いね。ちょっと代わって」


 楽しそうなことに目がないロゼットが興味を示すが、視線を向けたイリオの瞳は冷たかった。


「自重しろ。さすがに。わかるよな?」


「……あ、はい」


 メイドにタメ口でキレられたロゼットは、さすがに引っ込んだ。尋常ではない迫力だ。いつかアイスが「イリオには敵わない」と言っていた意味が少しわかった気がする。


「それと生き物はやめろ。命で遊ぶな。もう大人なんだから、わかるよな?」


「う、うっす……」


 この自由人には言いたいことは山ほどあるが、目下一番言いたいことは言ったので、イリオは一応満足した。

 実際今はそれどころじゃないので、本当に一応ではあるが。





「……で、どうします? イリオさん」


 なぜか急にさん付けになったロゼットだが、それも今はいい。


「無理やり……というわけにもいきませんよね」


 強制的に連れていくことも、ロゼットがいれば可能だ。

 しかし同じ速度で逃げることも、アイスには可能。


 というか、最近はふさぎこんでしまって色々と怠っているアイスを、このまま会わせるわけにはいかない。

 風呂に入れて髪の手入れをして、正装とは言わないがこざっぱりした格好はさせたい。


 やはり、本人に奮い立ってもらわないと、話にならない。


「……それで、ロゼット様」


 通じるかどうかはわからない。

 だが、この自由人は、面白そうなことには敏感である。


 もしかしたらその手の勘が働く可能性はある。

 何よりアイスが見ていない、聞いているだけというこの状況は、利用できる。


「ビスト様は、アイス様のことを、何か言ってましたか?」


 これは、言葉の撒き餌である。


 アイスを釣り上げるためには、まず、岩間に引っ込んでいる状態から出さねばならない。釣り上げる云々はそれからだ。


「え? えー特にうぐふっ……あ、うん」


 戦乙女もびっくりの早業で、腹にパンチを食らったロゼットは、イリオの真意を読み取った。


「――アイス姉さんが探してたんだよって言ったら、嬉しそうに『えっマジっすか? 俺も超会いてー』って言ってたよ」


 なんという癖の強い撒き餌。

 とんでもないでまかせが飛び出した。


 記憶にあるビストはそんな砕けた口調じゃないし、そもそも伯爵家次男という教育も行き届いた青年はそこまでラフな言葉は吐かない。「会いてー」なんて絶対言わない。


 やはりこいつはダメか――一発でわかる嘘で台無しになってしまった。


 イリオが諦めて別の方法を思案しようする、が。


「あ、見てる」


「え?」


 ロゼットの言葉に振り返ると、腕の間からチラッと、アイスが見ていた。イリオと目が合うとまた伏せたが。


 今のは――まさか。


 効果があったのか。

 今の嘘が。

 一発で看破できるでまかせが。


 ――いけるんじゃない?


 ――ええ。


 ロゼットとイリオが視線で意思を交わし合った、その時だった。





 稲妻のように、第二の人物が襲来した。


 黒の乙女プラリネである。


「何を遊んでいるんだ」


 彼女は庭先に降り立つと、スタスタと歩み寄ってきた。

 いつもはロゼットより軽い雰囲気をまとい、軽口しか叩かないのだが。


 今は、いつになく真剣な面差しである。


「アイス嬢」


 イリオとロゼットの間を割り、伏せるアイスの前に立ち、静かだが威厳を感じる重い言葉を吐く。


「僕は、君がそうなっている気持ちが、わかるつもりだ。初恋とはそういうものだから。特に君は、一度『もう会えない』という失恋を経験しているから。

 もう一度、その痛みを負いたくない。そう思うのも無理からぬことだ」


 普段から色々と怪しい発言が多いだけに、そういった経験も多そうだ。それだけに重みが違う。


「だが、経験談から言わせてもらえば、会った方がいい。会ってその気持ちを伝えた方がいい。そうしないと必ず後悔する。


 もしフラれたら、その時はいくらでも僕が……――いや、僕たちが君を慰めるよ」


 いつもの軽薄な笑みとは違う笑みを浮かべ、伏せるアイスの肩に触れる。


「君の気が済むまで、ずっと一緒にいる。何日だって一緒にいる。皆、君には返しきれないほどの恩を貰っているんだ。いくらだって我儘を聞くさ」


 すっと手を降ろし、プラリネはロゼットを見た。


「アイス嬢を頼む。――ロゼット、僕らは先に戻ろう」


「りょーかい」





 ビストがいる冒険者組合の場所を伝えると、ロゼットとプラリネが去った。


 そして、アイスがゆっくり立ち上がった。


 ちょっと泣いていたようで、目元が赤い。

 ビストと会う恐怖で泣いたのか、プラリネの言葉で泣いたのかは、わからないが。


「イリオ」


 数日ぶりに、主はメイドの名を呼んだ。


「風呂に入ってから、行く」


「もう準備してあります」


 優秀なメイドは、いつこうなってもいいように、備えていた。


「……心配をかけたな」


「心配なんてしてないですよ。どうせ立ち上がることくらいわかってましたから」


「うむ……皆にも迷惑をかけた」


「喜んで手を貸していたように見えましたけどね」


 数日ぶりの会話をポツポツと交わしながら、アイスの身支度は進む。


「――ドラゴンのブレスが直撃するより痛かった。失恋と攻撃どちらか選べと言われたら、ドラゴンに踏まれて押さえつけられながらブレスを吐かれた方がマシだな」


 それはさすがに同意できないが。





 グレティワールの隣国にある冒険者組合に行くと、職員が出てきて近くの高級宿に案内された。

 戦乙女たちが集まると混乱が起きるから、と、集合場所を移したそうだ。


 三階建ての立派な宿に入り、三階の奥の広い部屋に通される。


 ――そこには、柔の乙女を除いた戦乙女全員がいた。


 鉄の乙女テンシン。

 緑の乙女ロゼット。

 槍の乙女ザッハトルテ。


 剣の乙女キャラメリゼ

 焔の乙女シュトーレン

 鎧の乙女ヘーゼルナッツ


 葉の乙女ヴァニラ

 黒の乙女プラリネ。


 先日まで戦乙女だったアプリコットもいた。


 ――彼も、いた。


 ビスト・ジャクフル。


 数日前にグレティワール国領から移り、普通に旅をしている時に人から尋ね人のことを聞き、冒険者組合に出頭したのは、今朝のことである。


 そして、昼過ぎには、こうして戦乙女たちに囲まれているという状況である。


 彼女たちに敵意はないので、なんとか耐えているが。

 しかし見た目は平然としているものの、心情としては穏やかではいられない。


 そんなビストは、戦乙女たちから「とにかくアイスを待て」と言われて椅子に座らされ、囲まれた挙句、細々した質問を受けていた。


 やれ収入がどうだ、今は無職か、とか。

 貯金はどうだとか、これまでにどんな女と付き合ってきたのか、とか。


 浮気はするのか、とか、浮気したことはあるのか、とか。

 浮気をしたいと思ったことはあるか、とか、ここまでなら浮気じゃないよなと勝手な線引きをしたことがあるか、とか。

 浮気は男の甲斐性とか言うふざけた野郎もいるけどその辺りについてはどう思うか詳しくとか。


 自分の身に何が起こっているかわからない上に、妙に浮気に関して根掘り葉掘り聞いてくる自分より強い女たちに囲まれ、かなり肩身が狭い想いをしていた。

 

「アイス様」


 そして、ようやく待ち人が来た。


 ほっとした顔を見せたビストに、





 ――アイスはもう、自分が言うべきことを、決めていた。


 どうせビストを前にすれば、しゃべれなくなる。


 目が合えば心臓が騒ぎ出して、言葉が閊える。


 そうじゃなくても、元々上手くない口では、想いの十分の一さえ伝えられる自信がない。


 だから、決めていた。


 一言だけ。

 この一言だけ、絶対に伝えよう。


 他はどうなってもいいから、この言葉だけは伝えよう。


 出会い頭、失恋という畏怖すべき強敵に足が竦む前に、勢いに任せて先制する。


 一言でいい。

 この気持ちを伝える、ただ一言だけ。





 入った勢いのまま、テーブルに乗り上げても止まらず。


 その真正面に座っているビストを、思いっきり見下ろして。


「――結婚してください」


 その、決めていたただ一言を。


 とどめの剣を振り下ろすように、言い放った。

 








 ビストは、言いづらそうに眉を寄せ、腹の底から絞り出したかのようなかすれた声で、応えた。


「……あの、ごめんなさい」


 






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