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47.思っていたより小さかった悩みの種





 結局、結論は出なかった。


 わざと負けることや、何も気にせず圧勝してしまうことも考えたが、どれもしっくり来ない。


 若い騎士――ビスト・ジャクフルの、あの覚悟を決めた瞳を思うと、難しい。

 何かしらの裏、あるいは秘めた想いがあるのは、想像に難くないからだ。


 たとえば、病気に伏している妹と「兄ちゃんが勝ったら手術を受けるんだよ」とか、約束しているかもしれない。


 世界一の剣士になるのが夢だった親友がなんらかの理由で剣を握れなくなり、その代わりに挑んできたのかもしれない。

 なんなら死出の土産に、最強に近い者の勝利を供えたいのかもしれない。


 もしそんな事情があるなら、アイスは全然負けてもいい。

 たかが手合わせの勝ち負けなんて、アイスには大した意味もないのだから。


 だから、「彼が抱える事情」を想像すると、結論が出なかった。


 騎士団長に頼んだ「事情」。

 その騎士団長を納得させた「事情」。

 他言無用、関係者以外立ち入り禁止、王妃や側室がいる上に秘密の茶話会を開催している最中の王妃の庭に連れてきた「事情」。


 只事じゃないのは間違いないだろう。


 そして、そんな大層な「事情」を抱えている彼に、果たして簡単に勝つだ負けるだ結論を出していいものか。


「――アイス様、ビスト様が来ました」


 などということをつらつら考え、結局結論が出ないまま、約束の日を迎えてしまった。





 専属メイド・イリオに客人を通すように伝え、アイスは椅子から立ち上がった。


「アイス殿」


 騎士団長ブレッドフォークに伴われ、ビスト・ジャクフルがやってきた。


 相変わらず、覚悟を秘めた厳しい表情である。


 騎士団長に軽く挨拶を返し、アイスの視線は客に向く。


「足労を掛けてすまなかったな、ビスト殿。私はあまり自由に動けなくてな」


 場所は、アイスの住む場所と決めさせてもらった。

 というか、アイスはこの国では自由がないので、必然的にここしかないのだ。


「いえ。不躾な申し出を受けていただき、感謝しかありません」


 手合わせ自体は問題なかったので、返事はすぐに出した。

 ビストが抱えた何らかの「事情」を考えて、早い方がいいかもしれないと判断して。


 ただの手合わせで、まさかこんなに思い悩むことになるとは思わなかったが。


「日時もこちらで指定したが、予定は大丈夫か?」


「私より貴女の方が忙しいでしょう。私はどうとでもなりますから」


 いや、ならないだろう。騎士という仕事は意外と時間の融通が利かない。


「ではアイス殿、あとのことは頼む」


 現に騎士団長は、仕事の合間を縫ってビストを案内してきて、案内が済んだらすぐに引き上げるのだから。


「団長、ありがとうございました」


 礼を言うビストに一つ頷き、騎士団長は去っていった。





 後ろ姿を見送り、改めてアイスはビストと向き合う。


「では、早速よろしいでしょうか?」


「待て。始める前に三つ聞きたいことがある」


 逸るビストを制し、もうアイスは直接聞くことにした。


「病気の誰かと約束をしているか?」


「は……?」


 固く厳しいビストの表情が、一瞬崩れた。


「……質問の意図がわかりませんが、病人との約束は、ありません」


 よくわからない質問に戸惑う気持ちはわかる。新聞社のアンケートなどはアイスだってよく戸惑う。

 だが、これはアイスにとって大事な質問である。


「二つ目だ。最近友人が剣を握れなくなったり、亡くなったということは……?」


「いえ、ないです」


 そうか。ないのか。


 アイスは少しだけほっとした。あまり重い「事情」ではなさそうだ。


「では最後に問うが、なぜ手合わせを申し込んできた?」


 よほどのバカじゃなければ、「訓練時に申し込んだ手合わせ」より「王妃の庭まで追いかけて申し込んだ手合わせ」の方が、大きな問題であることは、すぐにわかるだろう。


 そっちの方が、実家に怒られる理由としては重いはずだ。


 たかが「訓練時の手合わせ」を行っただけで彼の伯爵家は激怒したのだ。

 この件が伯爵の耳に入ったら、それこそ勘当されかねないほど怒らせると思うのだが。


 単純に考えるだけで、アイスと揉めるのも問題だが、今回は王妃との揉め事にも関わってくる。

 すでに、二重の問題が起こっていると言えるのだから。


 たとえアイスや王妃は気にしなくても、実家はそうはいかないだろう。前例を考えると。


「…………」


 ビストは、まじまじとアイスを見て、妙な間をおいて。


 そして、口を開いた。


「先に言った通り、貴女と食事がしたいからです。それ以上もそれ以下もありません」


 真面目な表情とその発言に、アイスは少し腹が立った。


 手合わせの今日、今に至るまで、長々と熟考に熟考を重ねた時間はなんだったのか。

 ありもしない深読みをしては悩んだり胸を傷めたりしたのはなんだったのか。

 病気の妹がいない、夢潰えた親友がいないと聞いて、胸を撫で下ろしたのはなんだったのか。


「なら普通に誘え」


「えっ」


 しかもそんな理由なら、手合わせの勝敗で決めなくても付き合うのに。

 なんならその日の内にこなしてもよかったのに。


 たかが食事に誘いたいだけの理由とか、少々納得がいかない。


「――もう質問はない。始めるぞ」


 何か言いたげなビストに背を向け、アイスは歩いていく。





 ビストも後を追いかけ――イリオだけがそこに残っていた。


「……あれ?」


 今のアイスの三つの質問で、諸々の事情がわかり。

 わかった上で、思う。


 彼の行動は、きっと実家に怒られる。

 前回の……春の手合わせのことを考えると、勘当されかねないくらい、怒られる。


 こんなことをしたらどうなるかくらい、わかるだろう。


 なのに、ビストは懲りずに、また手合わせを申し込んできた。

 それも「勝ったら食事を」なんて、デート以下の条件で。


 見た感じ、彼は決してバカではない。

 そもそも騎士の試験は一般教養も求められるので、頭は悪くない。


 つまりすべてがわかっていて、どうなるかもわかっていて、それでなお手合わせを申し込んできた、というわけだ。

 それも「勝ったらアイスと食事したい」という理由で。


 あの覚悟を決めた表情は、「実家から勘当されることも覚悟の上で」と考えると、納得はいく。


 そしてイリオは結論に至る。 





 ――あの男、もう、遠回しにアイスに告白してないか、と。






 

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