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46.温度差という残酷





「――さて」


 アイスの昼食が終わり、専属メイド・イリオが後片付けをし、紅茶を淹れる。


 そんな折に、ようやくゆっくり話せる時間となった。


 午前中は、アイスは訓練に忙しいし、イリオも細々こなさなければいけないことがあるので、昼までゆっくりできる時間がないのだ。


 だから、この時間に話し合おうと、二人は昨夜の内に決めていた。


「では、一つずついきましょうか」


 二つのカップに紅茶を注いだイリオは、アイスの向かいの椅子に座った。


 今日は、茶話会の翌日である。


 色々あった昨日はあまり話をせず、それぞれで考えた。

 一晩時間を置いて、改めて落ち着いて考え、そしてこの時間を迎えた。


「まず婚約者候補の六人ですが、これは問題なく断っていいでしょう」


 結局、期待を寄せていた婚約者候補は全員失格となった。


 だが相手の六人には、最初から断られる可能性も大いにあった話である。

 いざそれを突きつけられても、大した問題はないだろう。


 あるとすれば。


「王妃様のメンツを潰してしまうな」


 そう、お膳立てをしてくれた王妃の顔に、泥を塗ることになる。


 が、その心配も必要ない。


「もう王妃様は知っていますよ。私が伝えましたから」


 対話中に嘘を吐いたから全員ダメだ、と。

 この手の話は早い方がいいだろうと判断し、イリオは昨日の夜の内に、王妃にだけ話した。


 やはり、あまりいい顔はしていなかったが、「こればかりは仕方ない、あとのことは任せろ」と溜息交じりに言っていた。


 ――あと、これはアイスには伝えないが、「もう結婚しなくてもいいんじゃない?」とも言っていた。


 王妃は、アイスが結婚してどこか遠くへ行くのを、内心あまり歓迎していなかった。


 国王が第一王子に王位を譲った後、国王と王妃は城を出て、少し離れた宮殿に引っ越すことになる。

 通例では側室も一緒に行くことになるが、残るケースもあるので、こちらはわからないが。


 この国では、王位を譲った時点で、前国王は城を明け渡す風習があるのだ。


 どういう理由でそうなっているかはイリオもわからないが、余計な権力者を置いておくと、色々話がこじれるのだろうと推測している。


 その際、王妃は自分の護衛として、アイスを連れていきたいそうだ。

 自分が死ぬまで傍に置いておきたいとこぼしていた。

 昨夜、茶話会の結論を伝えた折、そんな愚痴にも似た話を聞かされたのだ。


 イリオとしては、非常に返事に困った。


 そしてこの話はアイスには絶対に伝えられないと、心底思った。

 「結婚したい」というアイスの意識が、揺らぐ可能性が大いにあるから。

 王妃だって期待を掛けて迷わせるつもりで言ったわけでもないはずだ。


 あと「息子より娘よりアイスが可愛いわ。わたくしの老後、あの子が看てくれたらくれたらいいのに。そうしたらわたくしの財産一切合切をあの子に全部残すのに」とも言っていた。


 本当に返事に困った。


「そうか……王妃様には悪いことをしたな。無駄に手間を掛けさせた」


 こればっかりは仕方ないだろう。

 一生の問題だ。軽々しく妥協で決めるべきではない。





 それで、だ。


「例の彼のことはどうするんですか?」


 あの若い騎士のことだ。


「うむ……手合わせ自体はまったく構わないんだが」


 思いっきり唐突に、手合わせを申し込まれた。


 まさか王妃の庭で、木剣でさえ振り回すような野蛮な真似はできない。

 返事は追って伝えると、その場は済ませたが。


 申し込んできた時の、覚悟を決めていた緑の瞳。

 並々ならない信念と、どうしても譲れない何かを感じた。


 あれを見て、断るという手はないと、アイスの直感は告げている。


 まあ、別段断る理由もなかったし、返事は保留となっているが、アイスの中では返事はとっくに決まっている。


 だが、しかし。


「……間違いなく、私が勝つぞ。百回やって百回勝てる自信がある」


 並々ならない信念と、どうしても譲れない何かを抱えた覚悟を感じたが。


 しかし、想いだけで勝てれば、苦労はないのだ。

 

 決して若い騎士が弱いのではない。

 恐らく、騎士団長ブレッドフォークと同等くらいの腕があると見た。

 もしやり合えば、経験や戦術の差で押し負けるとは思うが、純粋な剣の腕だけ取れば同じくらい強いはずだ。


 初めて手合わせした春より、格段に強くなっていると思う。

 だが、それでも足りない。


 若い騎士が弱いのではなく、アイスが強いのだ。強すぎるだけだ。


 春の時も今も、氷の乙女としての神力のかけらを使わずとも勝てるだろう。百回やって百回とも。


「…………勝っていいのかなぁ」


 あれだけの覚悟を決めた男が挑んできた。

 なのに、アイスはやる前から、勝てることがわかっている。


 しかも、だ。


「なあ、イリオ。彼はなぜ普通に誘ってこないのだろう?」


「私はアイス様より彼を知りませんから、何とも言えませんよ」


 彼は、並々ならない覚悟を胸に、言ったのだ。


 ――もし自分が勝ったら一緒に食事してください、と。


 溜めて溜めて、どんな大変なことを言うかと思えば、食事のお誘いだったのだ。


「初対面の時もそうだったが、彼はどうして普通に誘わないんだ。普通に誘われたら行くのに」


「そうですね。アイス様って結構ちょろいですしね」


「むしろ、もうちょっとこう……いろんな男が私を誘うべきではないのか?」


「そうですね。アイス様ってバカみたいな不幸話で多額のお小遣いを渡すようなバカなお金の使い方をするバカですしね」


「なんだ。一呼吸にバカって三回も。言葉に棘があるじゃないか」


「まともに相手してないだけですよ」


「おい。それも失礼だぞ」


 アイスの愚痴はともかく。


 誘い云々の諸々は、仕方ない面もあるだろう。


 国が育ててきた「氷の乙女」の印象操作がある。

 まさかちょっと誘えばほいほい付いていくような女だとは、多くの者が思っていないのだろう。


 それこそ、一生に数回しかないほどの重大な決心をして、ようやく食事に誘えるくらい、アイスを高く見ているのだろうと思う。


「で、昨日はすぐ別れたので、名前すら知りませんよね? 軽く調べておいたので、聞いてください」


「ああ。……ああ、そういえば、私は彼の名前すら知らないんだったな」


 春に手合わせして、それっきりだった。


 彼はずいぶんと執心していたようだが、アイスにとってはもはや忘れていた出来事でさえあった。

 なかなか残酷な温度差である。


「彼は、ビスト・ジャクフル。ジャクフル伯爵の次男です。年齢は二十二歳になったばかりですね」


「伯爵の息子か。道理で……」


 道理で、貴族らしさを感じさせるはずだ。育ちがよく、教養もありそうな印象通りだ。


「近々長男が家を継ぐ予定で、その前に国家試験を受けて騎士となったみたいです。

 一年ほど遠征していて今年戻り、春から城仕えの騎士として勤めることになったようです」


「そうか、帰ってきたばかりだったのか」


 アイスは週に一回、兵士や騎士たちと合同演習に出ている。

 そんなアイスが、見覚えのない兵士や騎士となれば、新入りで間違いない。

 あの若い騎士は、一応新入りではあるが、新米ではなかったわけだ。


「で、あとはアイス様が聞いた通りです」


 ここからは、昨日本人が言っていた経緯と繋がる。


「ジャクフル伯爵が家督を譲ったという話は聞かないから、譲る準備をしていたのかもな。

 そんな大事な時期に、騎士隊に入った次男が私と揉めた。

 だから伯爵は激怒したのか」


「あるいは長男が激怒した、かもしれませんね。もしくは両方か」


 きっと両方だろうな、とイリオは思ったが、それは今はいい。


「アイス様と揉めた後、再び遠征に出て、辺境で魔物を狩っていたそうです。

 三ヵ月という短期遠征で、つい先日戻ってきたと」


 そして、昨日のアレだ。


「イリオ、どうしたらいいと思う?」


「さあ? アイス様のお好きにどうぞ。ただ――」


「ただ?」


「騎士団長に頼み込んでアイス様と引き合わせてもらった。

 この事実だけ見れば、なんというか、後先を考えての行動ではないと思います」


「だろうな」


 アイスが若い騎士から感じたのは、そういう覚悟だ。

 我が身を顧みない捨て身の行動というか。


 だから無下にはできないと思ったのだ。


 そして、だからこそ、迷っている。


「……でも、やれば必ず私が勝つんだよなぁ」


 捨て身で挑んでくる者を、果たして軽くいなしていいものか。

 大きな覚悟をしている者を、片手間でひょいと相手していいものか。


 やるとなれば全力を尽くすのが礼儀ではある。

 だが、決して、一方的に蹂躙していいわけではない。


 ――この悩みには、イリオは何も言えないので、アイスに決めてもらうしかないのである。


 メイドは、昨日王妃にこっそり分けてもらった秘蔵の紅茶を楽しみながら、主が出す結論を待つのだった。







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