44.辛酸の味はこうだった
アイスが熱望した恋人探しの茶話会は、極秘で行われる運びとなっている。
他国の介入や圧力、政治色の強い権力者のテコ入れを防ぐために、表向きは違う名称で開催された。
「「――アイス様!」」
そこへ足を踏み入れた瞬間、小柄な二つの影が素早く動き、氷の乙女を出迎えた。
アイスは膝をつき、駆けてくる二人を笑顔で迎えた。
「久しぶりだな。レジャーノ、パルミノ」
国王の側室・サンロート婦人の双子の子供である。
この反応の早さからして、久しぶりにアイスに会えるとあって待ち構えていたのだろう。
小さな紳士と淑女に両手を引かれ、アイスは会場へと踏み込んだ。
――ここは、王妃の住まう小さな宮殿の庭である。
晴れた日は、いつも色鮮やかな景色を臨むことができる。
いつも綺麗に整えられた花壇に、存在感があるアーチ状の花の塊。
いや、遠目には塊だが、あれは王妃が好きな「編み薔薇」が絡んで形作られたトンネルである。
一たび足を踏み入れればお姫様気分になれるほど立派で、王妃の自慢の小径である。
通る機会のあるメイドなどは、一度でいいから恋人と腕を組んで歩いてみたいと、誰もが夢見るのだ。
そんな立派な庭には、今日のために用意されたテーブルや椅子が設置され、すでに十数名の先客がいた。
極秘の茶話会だが、茶話会という体はそのまま隠れ蓑として使用されている。
それも、王妃が個人的に開いた小さな茶話会として。
先客は、側室が全員と、アイスとイリオのように王妃とは長い付き合いとなったメイド長とそのメイド仲間。
王子たちや危険な第二王女もいないし、子供の参加は双子のみである。
「ご無沙汰しております、王妃様。皆さんも」
アイスは子供たちに手を引かれて、王妃と側室たちが座るテーブルに連れていかれた。まだ五歳の子供とはいえ、この辺の礼儀はしっかりしている。
貴族社会では、まず主催者に挨拶をするのが礼儀だ。いくら砕けた形式の茶話会であっても。
側室たちが鈴を鳴らすように「「ごきげんよう」」と声もまばらに気軽に答え、
「ゆっくり楽しみなさい」
王妃も、それだけ答えて女たちの話に戻った。アイスのことなど気にもしていないとばかりに。
だが、アイスもよくわかっている。
この茶話会の真意を知らない者もいるので、あまり言葉にできることがないのだ。
まあ個人的なことを言うなら、第二の母とさえ思っている王妃は、まだまだ元気そうだ。
久しぶりに顔を見られて、アイスはそれだけで満足である。
「失礼します――こっちに来なさい。庭を見に行きましょう」
「「はーい」」
サンロート婦人がさりげなく席を立ち、子供たちをアイスから引きはがした。
そう、アイスはこれから忙しくなるのだ。
今だけは子供の相手は二の次である。
「――アイス殿、こちらへ」
庭に来た時から、アイスの専属メイド・イリオの後ろからひっそり付いてきていた騎士――騎士団長ブレッドフォークが、声を掛けてきた。
ここからのホストは、彼である。
少し離れた場所に、ひっそりと用意されたテーブル。
「主旨は聞いているか?」
「ああ。……すまないな、団長殿。非常に個人的なことで大がかりな催しに付き合わせてしまって」
「一言いえばよかったのだ。騎士ならいくらでも紹介したぞ」
「そういう上役の圧力を感じるようなアレでの紹介は、どうも抵抗がな……」
そんななりふり構った外面のおかげで、結果このような静かながら大きな騒ぎとなってしまっているわけだが。
騎士団長は元より、王妃や側室まで動いているし。
きっと見えないところで、国王も動いているはずだし。
アイスが望んだのは「恋人探しの茶話会」であって、決して王族が動くような大それた望みではなかったのに。
だが、そこまでしないと実現できなかったと言われれば、黙るしかなかった。
そもそも内容を聞いた時点で、もう撤回ができないところまで話が進んでいたのだから、認めるしかなかったのだ。
自分の意思に関係なくたくさんの他人が関わり、後戻りできないところまで事が動いているこの感覚。
十年前に舐めた辛酸とよく似た味である。
「まあ、確かにアイス殿も、そろそろ結婚を考えても良い時期だ」
世間的には、年齢を考えれば若干遅れ気味なのだが。
しかし、さすが気遣いのできる騎士団長。言葉を選んでいる。
「では、連れてくる」
アイスがテーブルに着くのを見届け、ブレッドフォークはその場を離れた。
茶話会の形式は、一対一を想定された。
複数名を交え緊張感を緩めた対面も悪くないが、この茶話会は最初から「アイスの婚約者を探す」と銘打って、候補の男性を集めている。
ゆえに、緊張感はあっていいと判断された。
ただの数合わせだの、お茶を濁すための要員だのと、その気がない男は最初からいない、ということだ。
どういう催しかはお互い知らされているが、アイスと男が合うかどうかは別問題だ。話や性格の如何によっては当然結婚はない。
なお、厳密に言うとアイスは「恋人がほしい」と言ったのだが、年齢を考慮された上で、イコール結婚相手と解釈されている。
本人的にもそれでいいと思ったので強いて訂正はされず、はっきり「婚約者探し」と男性陣には伝えられている。
一対一でゆっくり話し、互いを知り、それから……という流れになる。
アイスはこれから、ここで、候補として集められた男と一人ずつ会い、語り、相性を確かめるのだ。
「緊張してますか?」
紅茶を淹れ始めるイリオは、大して緊張している様子もなく座っているアイスに声を掛ける。
「いや。……まあ、多少はあるが。何せ未来の旦那とこれから会うのだから。しかし大して緊張はしていないかな」
特訓の効果が出ているようだ。
「決まるといいですね」
「そうだな」
そんな話をしている間に、騎士団長が一人目の男を伴ってやってきた。
「――初めまして、アイス様。私は――」
その辺のどこにでもいそうな、平凡……よりは、やや男前な、若干パッとないが優しそうな男が、アイスの向かいの椅子に座った。
アイスの茶話会が始まる。
そしてアイスは、驚愕の体験をすることになる。
アイスが望んだのは、ただ一つ、誠実さだけだ。
具体的に言うと、嘘をつかない相手だ。
そもそも、何十人もの男の中から厳選されたたった数名である。
諸々を考慮して「アイスに相応しい」として集められた者たちである。
女関係だなんだは、最初からふるいに掛けられ、問題視する必要がないのだ。
第一、アイスとしては、多少何かしらの問題があるのは許容できる。
たとえ趣味が独特でも、人に迷惑を掛けなければいい。
収集癖があっても、借金せず暮らせるなら多少注ぎ込んでも構わない。なんならアイスだって働きに出るつもりもある。
ただ求めたのは、嘘を吐かないこと。
誠実であること。
この短くも貴重な対話の中に、一つの嘘もないことを、ただ求めた。
――そして。
参加した婚約者候補全員に嘘を吐かれて、全員が婚約者候補として失格という、悲惨な現実を突き付けられることになる。
くしくも、同じ日に、こんなにも短い時間に、二度も辛酸を舐めさせられることになるとは、誰も想像していなかった。