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03.それはただ眩しいということ





 少々危惧していたが、昨夜空を覆っていた重い雲は、なんとか流れてくれたようだ。

 昼辺りから崩れそうな程度には残っているが、午前中降らなければいい。


 今日もいつもの一日をミルクティーとともに迎えていると、彼方から光の帯が飛んできて、アイスの着くテーブルの前に落ちた。

 いや、降り立った。


 光速移動魔法。


 実際には光ほど早くはないが、馬よりも鳥よりも圧倒的に早い、流れ星のように空を移動する神術の一つである。


 使える者は戦乙女のみ。

 ゆえに、アイスの下にやってきたのは、戦乙女である。


「――おはようございます、アイスさん」


 およそ駆け出しの冒険者のような、要所要所を金属でガードした軽鎧と、やや内巻きになったライトブラウンのショートヘアが可愛らしい女の子。


 槍の乙女ザッハトルテだ。


「おはよう。朝食は済ませたか?」


「はい」


「なら茶を一杯飲むといい」


 と、アイスは新聞をたたんで立ち上がる。


「その間に準備をしておく」


「いえ、そのまま朝食を済ませていただいても……」


「構わん」


 元々、朝食は軽めで済ませる性質だ。

 激しい運動をする前に、腹いっぱい食べるものではないから。


 ザッハトルテのことを専属メイド・イリオに任せ、アイスは家屋に戻り身支度をする。





 槍の乙女ザッハトルテは、まだ戦乙女となって二ヶ月。

 つまり新人戦乙女ということになる。


 かつては神が直々に神の術――神力の使い方を教えてくれたそうだが、幾度もの世代交代を経た現在となると、教えるのは先輩の現役戦乙女となっている。


 今、現存する戦乙女は、アイスを入れて十二人。


 その内、一番長く戦乙女として活動しているのは、鉄の乙女テンシンである。

 何歳かは知らないが、アイスより二年は先輩に当たるのは確かだ。年齢は恐らく三十歳前後だと思われる。


 しかしアイスとは事情が違い、テンシンは僧侶だ。

 幼少から結婚はしないものと定め、日々を信仰と修行に当てている。相手がいれば今すぐにでも結婚したいアイスとは、立ち位置も結婚願望もまったく違うのである。


 それはさておき。


 先の二ヶ月、ザッハトルテはこれまで、テンシンの下で修行をしていた。

 神力の使い方を学ぶためでもあるが、戦い方を学ぶためでもある。


 戦乙女に選ばれる少女は規則性がなく、荒事なんて一切縁がなかった者が選ばれるケースも多々ある。


 たとえば本物の王族、蝶よ花よと育てられたお姫様だとか。

 逆に、多くの犯罪に手を汚した者が選ばれることもある。


 あえて共通点を上げるとすれば、「男を知らないこと」と「女であること」くらいだ。採用される年齢もまちまちで、平均すると十二歳から十七歳くらいが選ばれる。


 思想も道徳心も、信仰心さえ関係ない。

 本当にただ無造作に選ばれるだけ。


 もしかしたら、神にしかわからない何らかの法則でもあるのかもしれないが、それこそ人が知りようのないことだ。


 ザッハトルテも、元は戦うだの何だのには縁がない、二ヶ月前まではただ本が好きなだけの、静かな文学少女だったそうだ。





 いつもの訓練着に着替え、アイスは表に出た。


「そのままでいい。少し待て」


 アイスを見て立ち上がろうしたザッハトルテをテーブルに縫いつけ、アイスは柔軟体操を始める。


 必要最低限のことは、テンシンがみっちり仕込んでいる。

 先日の魔物退治の時に見た動きも、悪くはなかった。


 戦乙女は、ほとんど戦うスタイルが違う者ばかりだ。


 鉄の乙女テンシンなら、己が身体を鉄のように固く、そして重くする……と言った特性を持つ。


 ザッハトルテが選ばれたのは、槍の乙女。

 岩をもたやすく貫く、槍の神器を自在に生み出し繰る特性がある。


「戦乙女には慣れたか?」


 屈伸しながらアイスは話しかけた。


 それぞれ特性があり、特性に沿って戦闘スタイルが確立する。

 各々違うだけに、他の戦乙女が口出しできるのは基本のみ。


 ここから先は、訓練で己の戦い方を磨き上げていくのだ。


 ――その第一歩としてテンシンから申し込まれたのが、この他流試合である。


 アイスはこれから、ザッハトルテと戦う約束をしていた。まあ実力差から言って訓練の延長線に過ぎないが。


「まだなんとも……先輩方の方が強いというのは、はっきりわかりますが」


「ならばだいぶ進歩しているな」


 強さがわかるというのは、自分の実力と相手の実力を俯瞰で見られるということだ。


「私の特性はどこまで知っている?」


「氷を使う、とだけです。一般に知られている程度しか知りません」


 なるほど、と頷く。


「では、今日は私も『槍』を使うことにしよう」


 右手に軽く神力をこめる。


 ざわざわと音も形もなく動く見えない強制力が、大気の水分を掻き集める。

 瞬時に、アイスの右手に身体半分ほどの長さの短槍が生まれた。


 ただ水を槍の形に凍らせた、というほど無骨な氷柱のような棒で、矛先もあまり尖っていない。

 が、これから訓練に使うものなので、この程度の完成度で充分だ。


「そなたは普通の槍を使うのだったな? あえて同じ物は選ばなかったが」


「あ、はい」


 アイスは彼女の槍の師でもないので、あくまでも「他流」を強調した。変に手本にされて癖にでもなったらネックになりかねない。

 だが「他人が使う種類が違う槍」を見せるのも、マイナスにはならないだろう。


 たとえ授かった力は強くとも、ザッハトルテはまだ、槍を握って二ヶ月の素人同然。

 まだまだこれからの人材である。

 大切に育てなければならない。


 ザッハトルテは急いでお茶を片付けると、アイスの前に立った。

 右手を振ると、そこには意匠も見事な槍が生まれる。


 一見して鉄とも鋼とも思えない不思議な色を見せる白銀のそれは、曇天の下でさえ、わずかばかり光を放っている。


 ザッハトルテ自身が小柄なせいもあり、槍は不釣合いなほど長い。

 が、神力で生まれたものは身体の一部同然だ。重量は確かにあるだろうけれど、使用者本人だけはホウキかモップくらいの重量しか感じていないはずだ。


「テンシンから教わっているはずだが、その槍は意志により長くも短くもできる。形を変えることもできる。


 今はそのサイズを標準としているようだが、状況に合わせて使い分けると、戦闘の幅は広がるだろう。もちろん今私が持っているサイズにもできるはずだ。


 矛先も、突く以外に叩いたり斬ったりすることを前提とした形もある。

 ハルバートといった、斧のような使い方ができる物も存在する。


 その槍にこだわって戦うのも悪くないが、武器の特徴を知ることで戦況を有利に進められる場面もある。槍の乙女とて槍だけしか使えないわけではない。このことは心に留めておくように」


 やや応用が必要なので、初心者に話すようなことではないが、言っておく。


 一振りごとに器用に「武器を変化させる」のはまだ難しいだろうが、一呼吸の間に「武器を持ち替える」という意識なら、割と簡単にできる。


 少なくとも、アイスはそれができる。


 「ただ突くだけ」という、単純かつ単調な攻め手を封じられた場合の対処法を考えろ、と。暗に伝えておく。

 戦う相手は人ではない。

 そもそも物理的な攻撃が効かないという魔物もいる。


 実戦では、戦況と状況に合わせるができなければ、死ぬ場合がある。

 今のザッハトルテに命懸けの自覚があるかどうかはわからないが、窮地に陥った場合に備え、手札は多い方がいい。


「では始めようか。イリオ、合図を頼む」


「よろしくお願いします!」


 強いて構えず、肩の力を抜いているアイスに対し、ザッハトルテは腰を落として槍を向けて構え――唾を飲んだ。


 何気なく立っているだけのアイスに、一切の隙がなかったからだ。


 どこへ攻撃を仕掛けても、というか、何をしても触れることさえできないことが、すぐに理解できた。


 ――あらゆる武器を氷で生み出し使いこなす者、氷の乙女アイス。


 他の戦乙女と比べても、歴代の「氷の戦乙女」の中でも、この氷の乙女アイスが最強だと言われている。


 実際のところはわからない。

 が、今はっきりしているのは、ザッハトルテよりは確実に、はるか高みにいるということだ。


「……行きます!」


 胸を借りるつもりで、全力で。


 ザッハトルテは力の限り、強く踏み込んだ。





「可愛かったですね」


「ああ」


 午前中いっぱいみっちり訓練し、ザッハトルテは帰って行った。


 防戦一方でザッハトルテの攻めの稽古に付き合ったアイスは、少々物足りなかったので、重い氷の鎧をまといいつもの訓練と素振りをした。

 日課なのでやらないと気持ち悪いのだ。


 家屋にある風呂で汗を流して、昼食のテーブルに着く。

 今にも雨が降りそうなので、今日は家の中に用意されていた。


 昼食はすでにテーブルに並んでいて、今イリオは紅茶を煎れている。


「素直で扱いやすい。あれは学ぶ者の心得を最初から持っていたのだろうな」


 何せ、戦っている間も頭を巡らせ、なんとかアイスから一本取ろうと、身体も頭も働かせていた。元々勤勉な性質だったのだろうと思う。

 あの様子ならめきめき強くなるだろう。

 あと半年もすれば、半人前は卒業できそうだ。


 若い代の戦乙女が育つ。

 それは、世代交代の最低条件でもある。


 自分が抜けても、後続がしっかりしていれば、安心して引退できるというものだ。


 引退したくてもできない者も、ここにいるが。

 それでも後続が育つのは喜ばしいことだ。


「まだ十三歳だそうですよ」


「らしいな。……ついに二桁も離れた後輩が出てきたのか」


 アイスは遠い目で、過ぎ去った過去を見詰める。


 自分にもあんな頃があっただろうか。

 あんなに可愛い子ではなかったとは思うが、でも、同じ歳の頃はあったのだ。


 あの頃の自分は何も考えず、ただ必死で前だけ睨み、若さを浪費して遮二無二訓練をしていた気がする。


 若さを浪費して。


 十三歳。


 若い。


 きらきら輝いていた。若さが。


 ぎらぎら煌いていた。若さが。


 というか若すぎるだろ。

 十代とか。

 それも十代前半とか。


「アイス様も、順調に結婚などしていれば、あんな子供がいる歳なんですよね」


 イリオは、紅茶をコポコポ煎れながらとんでもないことを言い出す。


「いない! さすがにいない! 何歳で結婚した設定だ! ……子供がいてもおかしくない年齢というのは、まあ、わかるが……」


 強く否定したが、嫌な恐怖だけは残る。


 このまま、あと三年も四年も過ごしたら。


 もし適齢期で結婚して出産していたと考えれば、ここから数年後には、自分の子供くらいの後輩が現れたりするのかもしれない。

 そう思うと、ものすごく怖くなる。


 この歳まであっと言う間だったのだ。

 あと数年だかも、きっと、気が付けばあっと言う間に過ぎ去っているだろう。


「イリオ」


「はい」


「そなた、男だったりしないか? ちょっと私と結婚してくれないか?」


「何度も答えている気がしますが、申し訳ありませんけど私は女ですし、アイス様はちょっと私には重いですね。あと気軽にプロポーズはやめてくださいね」


 生物学上の理由でフラれた上に、性格上の理由でもフラれた。それと発言へのダメ出しもされた。本当に遠慮も配慮もないメイドである。


「……結婚したいなぁ」


 一番の理解者であるメイドにも断られたので、しみじみ呟いてみる。


 途端、さぁーっと雨が降り出した。


 まるで「無駄な望みなど捨てろ」と天が言っているかのように。

 おまえの望みなど誰にも聞こえないと、ここに声を閉ざすかのように。


「……世界よ滅びろ」


「ぼそっと不吉なこと言わない」


「……黒き雨が大地を染め、闇色の空が世界を覆った。

 其は嘗て幾万の命を弄んだ魔王が今生に帰した兆時であった。


 ……復活して恋人たちを呪い殺していかないかなぁ。片っ端からやってしまえばいいのに」


「あなたはそういうのと戦うお仕事をしているはずですけどね」


 アンニュイな午後は、雨音に混じる怨嗟の声とともに、じっとりと過ぎていく。






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