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35.それでもアンケートはやってくる





 ついに来た、という感じである。


 今はいろんな事情から刺激したくないのだが、しかし、届けないわけにも行かない。


「アイス様」


 昼食を食べているアイスに、専属メイド・イリオは告げた。


「またパリアさんからアンケートが届いていますが」


 パリアは、新聞会社の記者である。

 売り上げや認知度が上がるので、定期的に氷の乙女アイスが関わる記事を新聞に載せたいという理由から、ちょくちょく手紙やアンケートが届く。


「……ほう?」


 アイスは、木苺のジャムを塗っていたパンを皿に戻し、じっとイリオを……正確にはイリオの手にある封筒を見る。


「私を恋人探しの茶話会に誘わなかった他人から、何か届いたのか?」


 どうにもアイスの態度と言動は棘がある。


 やはり、まだ微妙な時期である。

 例の茶話会云々の記事が載った頃から、あまり日が経っていないせいだ。


 露骨に言うなら、アイスの怒りのほとぼりがまだ冷めていないのだ。


「嫌味はよしましょうよ。他人じゃないでしょ」


 友人とは言えないかもしれないが、知人ではあるだろう。


 対談だって何度かしているし、もはやパリアは、新聞会社では氷の乙女部門の専用窓口となっているくらいだ。

 さすがに他人扱いはひどい。本人が聞いたらきっと泣く。


「それに、彼女はアイス様の意思を知らないんですから。仕方ないじゃないですか」


 国が作り上げてきた「氷の乙女の偶像」は、それはそれは凛々しく頼もしくかっこよく。

 それこそ誰しもの理想を体現したような印象が作られている。


 まさか日ごと恋人ほしいー結婚したいーなどと言っているなんて、知らない人は誰も想像しないだろう。そんな理想像が出来上がっているのだ。

 そして、パリアもまた、その理想像を信じている内の一人である。


 責めるのもかわいそうだ。

 知っている者の方が圧倒的に少ないのだから。


「フン。今日は何に関してのアンケートだ?」


 やっぱり棘があるが、突っぱねるつもりはないようだ。まあ、なら、いいだろう。





「今日は、働く女性に関してですね」


 項目をざっと確認するイリオは、なるほど特に特化した女性たちに向けてのものであることを察する。


「更に言うと、戦う女性に関してですね。今書いてしまっていいですか?」


「好きにしろ」


 アイスは食事を再開し、イリオは向かいに座り書き物の準備をする。


 若干アイスの機嫌が悪いが、今回も通例通り、イリオの代筆でアンケートを埋めるのだ。


 ささっとやってしまおう。アイスの機嫌も悪いし。


「一つ目。アイス様が活動を始めるようになって、女性の冒険者が増えました。これに関してはどう思いますか?」


 恐らく、『映像転写』によりアイスが戦う場面を見て憧れた子たちが、魔物と戦う道を志したりしているのだろう。


「特に何も思わないが」


 アイスは冒険者に関して、あまり深く考えたことがない。

 女性が増えようがなんだろうが、特に何もない。なんの感慨もないし、ああそう、くらいのものである。


 あまりにも端的な意見に、しかしゴーストライターの腕が走る。


「――冒険者稼業は、安定しない収入や危険度合いを考えると、一般論で考えれば割りに合うとも言いづらい。

 だが、どんな業務形態だろうと、それはただの一つの職業である。


 目標や目的に何を据えるかで、活動も大きく変わることが特徴と言えば特徴だと思う。

 割りに合わず危険も多いが、しかし、どんな職業よりも自由であることは間違いない。


 ぜひ、目標を持ってほしい。野望でもいい。それはきっと絶望や窮地において、あなたの最後の心の支えとなり、武器となるから。そして個人的に、引き際だけは見誤らないでほしい、と」


 今日もペンさばきは好調である。

 もはやアイスの返答の脚色なのかイリオの意見なのか、境界線は非常に怪しい。


「さすがにそこまで違うのはまずくないか?」


「でもアイス様もそう思わなくはないですよね?」


「ま、まあ……概ね同意はするが」


「同意するならアイス様の意見でいいですね」


 相変わらず、ひどい捏造がアイスの目の前ですらすらと行われている気がする、が……


 だが、確かに。


 アイスの返答では、記事にされても面白くもなんともない。

 為にもならない。

 毒にも薬にもならない。


 最近では新聞記事のバリエーションも増えてきた。

 アイスが好む記事、面白いと思う記事も、ちらほら出てきている。


 自分の返答がそのままそっくり紙面を飾ることを考えると、なんと簡素でつまらないものか。

 そう想像できるくらいには、新聞のこともわかってきている。


 「これはこれでいい……の、かな?」程度には、この半ば捏造される真実を、受け入れてもいい気はしてきた。


「二つ目。戦う仕事は男の仕事、と考える男性も多く、特に古参から差別や蔑視のような扱いを受けることも多いそうです。アイス様は、戦うことは女性には向いていないと思いますか?」


 複雑な気持ちのアイスに気づきもせず、イリオは淡々とアンケートを進めていく。


「戦場に立ってしまえば男も女も関係ない。強い者が勝ち残る。それだけだ」


 男が強いだの女が強いだとか、アイスは考えたことがない。

 強い者は強いから強い、と非常に愚直に考えている。そこに性別だなんだという言い訳は存在しない。


「戦場で男だ女だ気にする者がいるのか? 私にはそんな余裕はないがな。やらなければ自分がやられるのだから」


 アイスはちょっとがんばって、紙面を埋めるに足る長めの返答をしてみた。


 さて、頼もしいメイドはどうするか――


「――戦いに男も女も関係ない。強い者が勝つだけ。ただ、どうしても肉体的・身体的には男女で差が生じることが多い。その差をどう考え克服するかで、短所も長所となりえるだろう。

 己の強さを追及してほしい。誰かを追いかける強さではなく、己だけの強さを、と」


 アイスは思った。


 ――あれ? イリオは自分より良いこと言ってないか、と。


 そうだ、自分は結局「戦場では男も女も関係ない」という話を繰り返しただけで、長めの返答は返したが内容はそれにしか帰結しない。強調する言葉を連ねただけに過ぎない。


 イリオの捏造は、自分の意見よりよっぽど役に立つ。

 薄々気づいてはいたが、ちゃんと認めたのはこれが初めてかもしれない。


「もうイリオが答えていいぞ……」


 ちゃんと認めたら、何気に少し傷ついた。

 もうアイスよりよっぽどアイスらしく文字を綴るイリオが、全部書いた方が早いし有用だろう。概ね内容も同意できるし。


「何言ってるんですか。アイス様が応えるから意味と価値があるんです。バカなこと言ってないで続けますよ」


「いや、だって、そなた」


「三つ目。異国には女性だけで編成された騎士団があると言います。グレティワールにも必要だと思いますか?」


「……その辺は実力主義だから、強ければ女性の騎士団もあっていいと思うが」


「――結局の所、騎士は実力主義である。実際このグレティワール王国には、女性の騎士も存在する。編成する理由がちゃんとあれば、女性の社会進出を推奨する国王や重役は、柔軟な対応を見せてくれるかもしれない」


 なんというゴーストっぷり。

 アイスの意見をうまいこと脚色し、更には権力者へのヨイショもうまいこと取り入れて。


「やはりそなたが応えた方がいいんじゃないか……?」


「はいはい。次行きますよ」




 走り出したイリオのペンは止まらない。







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