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34.何事もなかったように





「――では行ってくる」


 いつもの朝食を済ませ、鍛錬に汗を流している途中のことだった。


 夏場の訓練に汗は付き物で、湯水のように健康的な汗を流していたアイスは、神力による魔物の到来を察知した。


 戦乙女の出動は、日中が多い。

 なぜだかわからないが、夜間の敵襲はあまりないのだ。


 氷の乙女は急いで汗を拭き、着替えて、専属メイド・イリオに見送られて飛び立った。





「今日は見られるか」


 専属メイドではあるものの、細々した用事は多い。

 特に城や後宮との出入りが多く、イリオはそれらの窓口となっている。人の出入りが極端に少ないので、そういう形で落ち着いた。

 イリオがゆっくりアイスと話せるのは、食事の時と昼食後に時々あるティータイムくらいである。

 

 なんだかんだ忙しいイリオは、今日は『映像転写』でアイスたちの活躍を見ることができそうだ。


 戦乙女の仕事の時は、イリオは同行しない。


 基本的に、戦乙女が単独で狩れる敵は珍しいのだ。

 神が警告する敵は強い。


 どんな相手で、どんな攻撃をして、どんな被害が出て、どれだけ広範囲に影響を与えるかわからない。

 見たことがある魔物や悪魔も多いが、見たこともない敵も時々いる。


 要するに、一般人という足手まといが傍にいたら邪魔だ、ということだ。

 過去に「観戦したい」と言い出した権力者が現場でどうこうあった、という話もあったらしい。


 今の代の戦乙女は、氷の乙女アイスと鉄の乙女テンシンが中心となっていて、安定している。

 地味に皆勤で参加している緑の乙女ロゼットの助力も大きいのだが、多くの者がその功績には気づいていない。まあ本人も特に気にしていないが。


 イリオは、アイスが脱ぎ散らかして行った訓練着を回収し、たらいに水を張って洗い物を始める。今日は水仕事をしながらの観戦である。


 ――と、思ったのだが。


「……」


 それを見た瞬間、「なぜ?」だの「どうして?」だのという疑問より先に、なんだかややこしいことになりそうだな、と思ってしまった。


「ごきげんよう、イリオさん」


 豪奢なドレスにふんわり巻いた美しい金髪。

 どこからどう見てもお姫様然とした姿、直視しがたいほどキラキラ輝く少女が、いつの間にかそこにいた。


 そう、瞬く間に空を駈けてきた光の帯が降り立ったと思えば、そこには彼女が立っていたのだ。


「……キャラメリゼ様……」


 まさか、である。


 まさかアイス不在を狙って、剣の乙女キャラメリゼがやってくるとは思わなかった。

 しかも、格好からして、完全に王族としての公務を抜け出して来ている。


「わかっているとは思いますが、アイス様はいませんよ……?」


「ええ。わかっています。そしてあなたもわかっているかと思いますが、本日わたくしは、あなたに話があって来ました」


 その言葉で、ややこしいことになることが、確定した。


「もちろん、アイス様には内密で」





 歓迎する気は全くないのだが、お客さんはお客さんである。


 それも、本当なら、口を聞くのも憚られるような正真正銘の異国の姫君である。さすがに即座に追い出すというわけにもいかない。

 たとえ、完全にお忍びで来ているということを、察しているとしてもだ。


 キャラメリゼの格好からして、そしてこういう隙間の時間を狙ってくるだけあって、長居はできないはず。

 ならば、早く用事を済ませてもらって帰ってほしい。


 イリオには、グレティワールの国王たちに報告する義務がある。

 この一件も話さざるを得ない。


 が、早めに帰れば「アイスとすれ違いで来たけどすぐ帰った。お客様を門前で追い返す真似はできないのでお茶一杯は出したけど」と言い張れる。


 話の内容如何では、この接触と会話がキャラメリゼの首を、彼女の国であるウルクイッツ王国の首を絞めかねない。

 権力者の言動とはそういうものだ。

 ロゼットやアプリコットが気軽に遊びに来るのとはわけが違う。


 キャラメリゼなら、その辺も理解しているとは思うのだが……


「あまり時間もないので、手短に行きます」

 

 やはりわかっていて来ているようだ。


 家の中に通し、テーブルに着いてもらい、紅茶を淹れているイリオに向けてキャラメリゼは話し出した。


 実際本当に時間がないのだろう。

 紅茶ができるまで待つ余裕も惜しみたいようだ。


「アイス様は結婚したいのですよね? その意思に相違ありませんか?」


 その話か、とイリオは思った。


「もしや好い人がいますか?」


 そう聞くということは、つまり、紹介する気がある、ということだ。


 滞在時間を短縮したいのは、イリオも同じである。


 短い間だが、剣の修行がてらここに住んでいたこともあるキャラメリゼに、悪印象はまったくない。修行中は文句も言わずに家事や料理をしていた。お姫様なのに。


 できれば彼女の足を引っ張るようなことは、イリオはしたくない。


「好いかどうかはわかりませんが、悪くはないと判断しています」


 キャラメリゼは、つらつらと語った。


 曰く、自分の兄弟……ウルクイッツ王国の王子たちや大臣、将軍、騎士団の権力者等、アイスのファンはキャラメリゼの周囲にもたくさんいるらしい。


 その中でも、今年二十二になる第二王子は、アイスの熱烈なファンらしい。


「ウルクイッツで、ですか?」


 面白いもので、本来アイスの売り出し方は、キャラメリゼのような権力者から選出された戦乙女が受ける扱いなのである。


 誰が見てもお姫様と断じる説得力のある美貌。

 しっかり地に付いている強さ。

 わかりやすい民に尽くす活躍。


 そんな売り出し方をされているウルクイッツ王国では、キャラメリゼの人気がとんでもないことになっている。

 そしてなぜだかアイスが目の敵にされているとか。


 恐らく、キャラメリゼと双璧をなす人気者として、存在するからだろう。


 簡単に言うと、自国の戦乙女の方がすごいもんねー、と。かわいいもんねーと。

 地元の戦乙女を応援をしている者が多いということだ。


「隠れてアイス様の応援をしている者も少なくないですよ。わざわざ氷の乙女にちなんだこの国の特産品を、取り寄せている方もいらっしゃいますから」


 初耳である。悪い気はしないが。


「聞いていますか? 先日アイス様が我が国にいらっしゃった時、ストロガ様という留学生と鉢合わせした件ですが」


「あ、聞いてます」


 ストロガは、この国の騎士団長の息子である。留学先からこの国に帰る途中でウルクイッツに立ち寄った、という話だったはず。


「せっかくなので少しだけ同席し、お茶を飲んだのですが。その時に、会話の流れでアイス様が言っていたのです。『もしかしたらストロガ殿と結婚する未来もあったのかな』と」


 まあ、それくらいなら、大丈夫な発言と言えるだろう。


「その時、わたくしはふと思ったのです。アイス様は誰ならいいのかなと。常から誰でもいいとは言っていますが、傍から見たら誰でもいいわけがありませんし」


 その通りだ。

 誰でもいいわけではない。


 たとえ当人たちの問題であろうと周囲が納得できないというのは、実はかなり大きい。

 かなり大きいから、駆け落ちだのなんだのと、周囲から逃げる結果になるのだ。決して無視していいことではない。


「彼はこの国の騎士団長の息子ですよね? つまり、そこまで身分は高くない」


 この国では、だいたい上下のちょうど中間辺りに位置する貴族籍だ。


「そこで、うちの第三王子ですが。ストロガ様と少し似ていますし、剣の腕も確かですし、人当たりも良いです。どうでしょう? 結婚相手に」


 なんと。


「あの、一応聞きますが、なぜアイス様本人にこういう話をしないのでしょう?」


「即決になるからです」


 なるだろう。なると思う。問答無用で決めるだろう。


「先に、ちゃんと彼女の身を案じて熟考してくれる方に相談するのは、当然です」

 

 キャラメリゼの気遣いを感じる。さすがは王族、上手く進めたい話は立ち回りがうまい。


「どうでしょう? 元々すごいファンですし、何くれと紹介してくれ、会わせてくれ、サイン貰ってくれとうるさいくらいですし。必ずやアイス様を大切にすると思いますが」


 一国の姫君が持ってきた話である。


 これは、怖いくらいに本気の話だ。

 返答一つですべてが決まるほどの、本気の話だ。


 イリオは思った。


 この際、アイスが他国のものになるだの他国の利益になるだのなんだのは置いておいて、この話を真剣に考えてみよう、と。


 そして結論は出た。





「――アイス様は、側室とか愛人とか浮気とかは絶対ダメだって言っているんですけど、その方はどうですか?」


「――えっ」





 大らかそうに見えてしっかりしているキャラメリゼにして、それは感情的と言える表情の変化だった。


「そういうのを気にするのですか?」


 意外だったようだ。

 キャラメリゼが怪訝そうに眉を寄せるなんて、イリオは始めて見た。


「あまり王族の男性にいい印象がないみたいで……ちなみにその第三王子は、浮気者なんですか?」


 第三なら、側室がいるわけではないと思うが。婚約者は普通にいそうだし。


「……少しでもアイス様に似ている女性を見ると、相手が誰でもいってしまうという始末で……」


「あ、そういう感じの方は、絶対無理だと思います」


 王族というだけでいい印象がない上にナンパな男なんて、グレティワールの王子たちの二の舞になるだけだ。間違いなく。


「あ、えっと…………出直してきますね」





 紅茶を出すまでもなく、キャラメリゼは光の速さで退散した。


「……やっぱり王族はどこの国でも無理っぽいな」


 イリオは妙に納得し、何事もなかったように洗濯に戻った。






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