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29.潮騒の中、こみ上げる不安を





 今日の戦乙女たちの出動は、東の浜辺であった。


 大型の帆船よりも大きいイカ――クラーケンの襲来である。


 アイスが海を凍らせて足場を作り、集まった戦乙女総出で一気に片を付けた。

 海中深くに逃げられたら追いかけることができないので、短期決戦である。


 なお、クラーケンは食べられるが、大味すぎてあまり人気がない。

 身も堅ければ、小水のような独特の臭気もあり、好んで食べる者はいない。黒の乙女プラリネが来ないので、彼女にとっても欲しい獲物ではないようだ。


 だが、臭いさえどうにかすれば、それはもうただの大きなイカである。

 どうにかできれば食物としての価値が出てくる。


「……貰う……」


 葉の乙女ヴァニラは、薬草や香草で欠点を克服した上での食用転換を期待し、研究材料として足の数本と身体を確保した。誰も異を唱えなかったので、問題なく彼女のものとなった。


 新鮮な内に、と頼んできたので、アイスがクラーケンを凍らせる。

 そして、ヴァニラは巨大な研究材料を持って一足先に帰還したのだった。





 残ったのは、出動してきた戦乙女たちと、まだ海に浮かんでいるクラーケンの足だけである。損傷が激しかったので残していった分である。そのうち魚が平らげてしまうだろう。


 今日の出動は、アイス、テンシン、ロゼット、ザッハトルテ、キャラメリゼ、そしてヴァニラである。


「もうすぐアプリコット様の結婚式ですわね」


 ヴァニラを見送った後、浜辺に集う乙女たちに、剣の乙女キャラメリゼが言った。


 招待状は、現役の戦乙女全員に届いている。少し前にアイスの元にも届けられた。


「皆さん、もう準備は済みました?」


 頷く者と、頷かない者と、聞いてない者と。

 反応は三者三様であった。


「私はもう用意したぞ」


「同じく」


 氷の乙女アイスと、鉄の乙女テンシンは、とっくに準備――いわゆる贈り物の調達はできている。

 結婚式には何度も参加しているベテランだけに、準備も早い。


「実はまだ……何を贈っていいのか迷ってます」


 槍の乙女ザッハトルテは、どうも難しく考えすぎているようだ。


「金を贈ると言っていなかったか? 無理に品物を選ばなくてもいいんだぞ、要は気持ちだからな」


 アイスは言うが、ザッハトルテはすっきりしない顔である。


「でも、それも味気ない気がして……」


 その気持ちはわかる。


「そうだな。大体において結婚式は人生で一度きりだ。当事者はもちろんだし、祝う方もしっかりやりたいものだ」


 語るアイスを見て、テンシンとキャラメリゼは思った。


 今日は情緒が安定しているアイスだ、と。

 安心できるアイスだ、と。


 最近ではしっかり安定している彼女の方が珍しい気がする。悲しいことに。


「ロゼット様は? ……あら、ロゼット様は?」


「向こうでナマコと戯れていますね」


 テンシンの視線の先に、波打ち際にしゃがみこみ、何かを棒で突いている緑の乙女ロゼットの姿があった。何が楽しいのか夢中である。


 そもそも話を聞いていないロゼットはもういいとしてだ。


「その様子だと、皆さん続報のようなものは聞いていないのですね?」


 アイスとテンシン、ザッハトルテは頷く。知っていることは、招待状に書いてあったことのみだ。


「お節介かもしれませんが、アプリコット様に詳しくお話を聞いた方がいい気がするのです。だって、ほら、アレですし」


 キャラメリゼは言葉を濁したが、言いたいことはよくわかる。


「ロゼット並にいい加減な奴だからな。アプリコットは」


 アイスは濁さずストレートである。


「言われてみると、確かに少し不安だな。式場はもう押さえているのか? 何人くらい参加するのだろう? そもそも私たちはどういう扱いで招かれる? 気になることは多々ある」


 そしてそれら「気になること」を、あの弓の乙女アプリコットが、ちゃんと全部詰めているだろうか? あのいい加減で自由でロゼットとつるんで悪さをしていた輩が。

 

「さすがに大丈夫でしょう。私は彼女を信じます」


 テンシンはそう言うが、内心気にしているのは間違いないだろう。戦乙女の中で一番面倒見がいい彼女が気にしないわけがない。


「「…………」」


 改めて考えてみると、やはり、どうも、不安が募る。


 果たしてアプリコットはちゃんと準備をしているのか?

 本人を知っている者からすれば、していない可能性が非常に高いと思わざるを得ない。


 様子見がてら確認するのもアリなのかもしれない。

 少なくとも、今動けば、不備には間に合う。


 一生に一度の結婚式を失敗し、苦い記憶として残るのも、それこそ後味が悪い話である。


「あ、では、こうしませんか?」


 黙り込むことで言外に不安を語り合う先輩たちに、ザッハトルテが言った。


「私の観光と式場の下見がてら、アプリコットさんの国を皆さんが案内する。そのついでにアプリコットさんに会い、式の進捗をそれとなく聞き出す。……という感じでどうでしょう?」


 その提案は悪くない。


 露骨に正面切ってアプリコットを訪ねて問うのは、それこそ露骨に「おまえしっかりしてないから確認に来たよ」という意味合いに捉えられかねない。実際そうだし。


 しかし、ザッハトルテの案内やらなんやらという理由があって、そのついでにアプリコットに会う。

 この形なら、少なくとも、ベテラン勢の露骨な様子見には見えないだろう。

 その上で、今一番気になる話題として結婚式の話が出るのは、むしろ自然な流れである。聞かない方が不自然だ。

 

「それで行こう。普通に式場の下見はしておきたいしな」


 戦乙女たちは目立つ。

 一人二人ならそうでもないが、四人五人くらい集まると、戦乙女だと一般人に看破されてしまう恐れがある。


 果たして式場は、街中にあるのか。外から見える場所で行われるのか。そういうチェックは入れておきたい。無用な混乱を招くのは本意じゃない。


「私も同行します。早速行きましょうか」


「あ、わたくしは一度戻って着替えてきますので。向こうで会いましょう」


 戦闘用ドレスという特異な格好のキャラメリゼは、着替え必須である。


 こうして、戦乙女たちはアプリコットの国へ飛ぶのだった。





「あれ!? みんなどこ行った!? 帰った!?」


 一人波打ち際で遊んでいたロゼットを残して。






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― 新着の感想 ―
[一言] 本気で遊んでたんだw 聞きたくない話題だから、そういう振りかと思ったよ
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