25.与り知らぬ裏舞台の攻防 2 前編
「では、報告を」
歴々が並ぶテーブルの前で、一人立っているイリオは「はっ」と返事をし、この一週間の報告をする。
――今日もグレティワール城のとある会議室には、この国の要人が集っていた。
国王クグロフ・グレティワールを筆頭に、参謀、事務官長と、なかなか腹が真っ黒な老人たちの顔ぶれが揃っている。
だが、今日は――あるいは今日から。
少々この報告会の意味合いが、変わってくるのかもしれない。
それを予期させる若い顔が、三人も参加していた。
第一王子クロカン。
次期国王として約束された者で、国王の年齢なども加味してそろそろ王座を継ぐのではないかと噂されている、権力者の中では最も注目されている人だ。
その隣に、第二王子エスカリダ。
文武両道を追求し、特に武に力を注いできた優秀な騎士にして、優秀な文官とも言える。
将来の立ち位置はまだ定めていないが、第一王子との仲も悪くないので、国の重要ポストに着くことは間違いないだろう。
そんな第二王子の横に、唯一の若い女がいる。
第二王女ロマシュ。
彼女に関しては、イリオはよくわからない。一つだけ危険視するに足る性癖があるくらいしか知らない。
姉に当たる第一王女はよその国に嫁いだし、ロマシュも同じく外国に嫁に行く予定であるからして、あまりこの国では重要視はされていない。
果たして、この布陣は何なのか。
先日の「王子たち立て続けにフラれる事件」での関係者が集められた理由は、何なのか。
良い方に動いているのか、それとも悪い方に動いているのか。
その判断はまだできないが、確実に国の意思が変わっているのはわかった。
「――」
顔には出さずとも警戒態勢を取るイリオは、簡潔にこの一週間の報告を終えた。
アイスにとって悪い方に舵取りされるのであれば、それは断固として回避すべきことである。
昔から政治不介入のスタンスにある戦乙女を露骨に利用し、利益を得てきた国である。
国の汚さをたっぷり味わってきたのだ、あまり期待はしない方がいい。
「そうか。弓の乙女がついに引退か。めでたいことだ」
内心身構えているふてぶてしいメイドに、国王の感情がこもっていない声が漏れる。一応祝辞は言ってみたが気持ちはないのだろう。
「して、アイスの反応はどうだ?」
「次は自分の番だ、と。己の結婚に対して意欲を燃やしていました」
相手もいないし、相手を作る当てもないのに。
アイスが意気込めば意気込むほど、イリオは彼女が哀れでならない。あまり抱くべき感情ではないとは思うが、どうしても、同情せずにはいられない。
「彼女はどこまで本気なんだ?」
参謀の言は、どこかまだ、イリオの報告とアイスの言動にいまいち一致が感じられないようだ。
いや、わからなくもない。
普段の凛としたアイスの立ち居振る舞いを見ていると、女々しく呪詛の唄を口ずさんだり、酒におぼれて泣いたり、イリオに「男になれ結婚しろ」と迫ったり、子供を異性として見始めたりと、およそイメージと違いすぎるのだろう。
イリオの報告を信じないわけではないが、信じがたい気持ちがあるのも、わからなくはないのだ。
それこそ、国が育ててきた「氷の乙女アイスのイメージ像」であるから。
参謀は特に、若い頃からアイスに避けられているので、何年も直接話す機会はなかった。
イメージ像と実際のそれと、そのまま受け入れられないほどギャップが強すぎるのだろう。
「相手がいれば今すぐでも、というほど本気ですよ」
そして今何気に危険なのは、王宮料理長の十歳の息子である。
ここのところ一日一回は聞いている気がする。
言っている内は逆に大丈夫、と判断するべきか、それとも今の内に料理長にそれとなく警戒網を張るように言っておくべきなのか。
それと昼食会で会った側室の子である双子の話もよく出る。
果たして「自分もあんな子供が早くほしい」的な意味で言っているのか、それとも……いや、考えすぎだろう。さすがに。
十歳を意識している二十四歳女という時点で色々危ないのだが、さすがに一桁の男子はさすがに……さすがに……
どうにも不安が拭えないが、まあ、まだ、まだアイスを信じていいだろう。まだ。まだ大丈夫だ。きっと。
それから年寄りたちの小言が二、三続き、ついに若い顔の出番が回ってくる。
「いいかな?」
第一王子クロカンが、年寄りたちの話が終わった後に口を開く。
「まず、先日の件だ。私たちのことをアイスさんはなんと言っていた?」
やはり王子連中はあの件で出張ってきたようだ。
「何も言っていません。想うことはあるのかもしれませんが、私には言いませんでした」
第二王女が怖かった、くらいだが。だがそれを今この場で言うのも、アレだ、場の混乱を招くだけだろう。
「……意識されないのも悲しいものだね」
苦笑が哀愁漂うクロカン王子は、どうにもまだ失恋から立ち直っていないのかもしれない。
まあ、そりゃそうだろう。
フラれただけでもつらいのに、ついでとばかりに「私は全然脈ありませんよ」と言いつ募るがごとく、アイスはへし折った心を粉々に砕く小言と恨み言を延々言い続けたから。
まだ癒えないだろう。
あの事件は、忘れるにしては記憶に新しい。
「私から一ついいですか?」
イリオは、言おうか言うまいか迷ったものの、先もことも考えて言っておくことにした。
ここにいる王子たちは、女を泣かせまくった国王の子である。この後、父親の後を追うようにして、女を泣かせる権力者として育つかもしれない。
少しでもその芽を摘むように、女として、言っておきたい。
「なんだい?」と促す返答を待ち、イリオは言った。
「アイス様には気持ちが伝わってませんよ」
「え?」
「クロカン王子の気持ちが、一切伝わってません。
流れとして考えてみてください。
あの流れは、アイス様からすれば『側室に迎えてやるから有難く思え』くらいのものです。だって王子の気持ちが述べられていなかったから。
まず、本気だったのなら、愛の告白から始めるべきだったんじゃないかと。これは女としての意見ですけど」
だからアイスは、異性の告白として意識するしない以前に、門前払いしたのだ。「側室になれ? ふざけんなバカ野郎」くらいの気持ちで。
「ちょっと待て!」
あの出来事を思い出し、「確かに……」と自分の気持ちを伝えていなかったことに気づいたクロカン王子の横で、エスカリダ王子が声を上げた。
「俺は言ったぞ! 俺は身分を捨ててでもアイス殿と結婚したいと、言ったぞ! それも伝わってないのか!?」
確かに、エスカリダ王子はそう言った。
「あれは本当に、簡単に婚約者や身分を捨てると言った根性が気に入らなかったんだと思います。もし十年前に婚約を解消していたら、アイス様は間違いなくエスカリダ王子と結婚していたと思います」
イリオは、軽蔑を含んだ目で国王を見た。
「王族に対する前提が違うんでしょう。王族の男性に不信が根強く残っているというか、そういうことなんじゃないかと思いますけどね」
「…………」
ここで自分に矛先が向くか、と言いたげに目を逸らす国王。そう、根源は奴からだ。
「そうか……そうだな。確かに俺は周囲に誠実じゃなかったな」
「国王と一緒で……」と最後に加えられたエスカリダ王子の一言に、さすがに国王が「すまん」と小さく呟いた。
権力者はあまり簡単に謝るものではないが、今のは父親としての言葉だろう。
「だから言っているのに」
そして彼女が口を開いた。
何気に、イリオが一番危険視していた彼女が。
第二王女ロマシュが。
「あの場で唯一フラれていない私こそ、アイス様に相応しいのではなくて?」
…………
この渋いメンツの中で、それを言い放つ勇気。
その胆力には畏怖の念を禁じえない。
「フラれてない時点で、歯牙にも掛けられてないだけじゃないか」
クロカン王子の言葉は真っ当である。
「フン」
そんな兄の発言を鼻で笑い、ロマシュは更に言った。
「お兄様たちと違って、私はフラれてない。――そう、私は相手にされてなかっただけよ!」
父親の前で、それを言い放つ蛮勇。
「アイス様はちゃんと告白すればちゃんと応えてくれるわ! だって私はフラれてないもの!」
――王族は、男もアレだが、女も恐ろしい。