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21.若い竜酒の味





「相変わらずキツイね、アイス嬢」


「たまには気合を入れてやらんとすぐサボるからな、そなたは」


 グレティワール王国は、今日も雨である。

 そんな日はよその戦乙女の様子見を兼ねて、氷の乙女アイスは遠出することが多い。


 今日は、特に心配はない、亡国フローズンバイスに住むプラリネを訪ねていた。


 ――まあ、相変わらず、必要のない様子見だったようだが。


 黒の乙女プラリネ。

 深い青の混じった黒髪に黒の瞳を持つ、今年で20歳になる女性である。

 紳士然とした立ち居振る舞いに、顔立ちも口調もどこか中性的。女性にも男性にもない独特の色気を放っている。そして彼女の女性ファンは、かなり熱烈である。


 酒好きで女好きでナンパな言動が目立つが、強い。


 黒の乙女の特性は、幻の具現化。

 ただ見せかけの幻覚を生み出したり、その幻覚を実体化するという二面性を持つ。


 幻覚と実体。

 嘘と真を併せ持つ特性は、傍目にはかなり謎が多く見えることだろう。


 実際は、色々と規制も有効範囲も限られているので、かなり頭を働かせないと扱いきれないらしい。

 この辺の詳しいことは、黒の乙女本人と、黒の戦乙女を経た先達しか知らないことである。いわゆる一子相伝に近いのだ。


 プラリネの戦い方は、アイスと非常に良く似ている。

 状況に合わせた武器の具現化と、それを瞬時に切り替える接近戦。


 ほかにもいろんな隠し玉がありそうな特性だが、基本はそれである。


「そろそろ終わる? それとももう一本?」


 プラリネは態度も発言も軽薄で、傍目には全てにだらしないように見えるが。


「ではもう一本付き合ってもらおうかな」


 ――彼女は、見えないところで人知れず努力するタイプだ。ただの一手、踏み込む動きだけでよくわかる。


 やはりアイスが気にする必要がない程度には、しっかりしているようだ。


「僕が勝ったら一晩付き合ってくれる?」


「いやらしいことを言うな。さあ、やるぞ」


 まあ、意外としっかりしていようがいまいが、軽薄な言動が多いのは確かだが。





 訓練を終え、風呂を借りて一緒に入る。


「相変わらず綺麗な肌だ」


「いやらしい目で見るな」


 ――亡国フローズンバイスは、特殊な国である。


 元は王国だった寒い地方の国だが、色々あって滅んでしまった。

 それで安定してしまい、今は「王族不在の王国」というおかしな土地となっている。


 年中雪が降るという特殊な地なので、作物はほとんど育たない。

 食物となる物が少なく、食物連鎖で成り立つ動物の類も少ない。

 おまけに雪国に育った魔物はどれも強い。


 要するに、近隣国は、どこもこの土地を欲しがらなかった。

 資金を使い人材を派遣してわざわざ治めるほどの価値がない、と判断した。


 それが「亡国」で落ち着いた理由である。


「触ってもいい?」


「いやらしい手つきで触るな」


 過酷な土地柄もあり、王族が滅んだ後は「強い者」を御旗に集落を作り、人は細々と過ごしてきた。


 今では「そういう国」として認知され、交易なども始まり、昔と比べれば随分暮らしが楽になったらしい。


 人々の暮らしの中心となってきた「強い者」。


 歴代の黒の戦乙女は、この国で生まれ。

 一番大きな集落の長として迎えられ、有事の際には出張るのである。


 そして今はプラリネが、その役目を負う立場なのである。


「君から目を離せない……君の美しさいててっ。泡が目にっ」


「鏡越しにいやらしい目で見るな、というか目を開けるな。そなたの髪を洗っているところだぞ」


 かつてフローズンバイス城と呼ばれた小さな城に住み、貴族に近い生活をしている。

 一応国の代表として近隣国とも付き合いがあるらしいが、詳しいことはアイスにもわからない。





 風呂から上がり、応接間で食事を貰う。

 かつては城だった食堂のテーブルは、三人で使うには大きすぎるので、プライベートな客を招く時はこちらの部屋なのである。


 アイスらの大陸では暑いくらいの季節だが、この国ではまだ寒い。時折暖炉の火が爆ぜる音がなんとも温かい。


 なお、アイスの専属メイド・イリオは、ここでは客扱いである。

 給仕には立たずアイスの隣に座っている。


「うん、美味い。魚もいいね」


 アイスが土産に持ってきた黒斑魚ブラックポイントの魚肉は、昼食でソテーとなって出てきた。

 冷凍保存が手軽にできるアイスならでは手土産である。


「この魚は燻製にしても美味いぞ。酒によく合う」


「へえ? 試してみようかな」


 機嫌よく葡萄酒を飲むプラリネは、「そうだ」とグラスを置いた。


「まだ若いけど、竜酒を開けてみようか」


 そう言えば、先日のドラゴン退治で、プラリネは大量のドラゴンの血液を持って帰った。

 その時言っていた通り、早速竜酒を仕込んだようだ。


「まだ早くないか?」


 竜酒も葡萄酒同様、寝かせた方が味が良くなる。


 他の酒に少し入れてブレンドしてから飲むのが、一般的な竜酒の飲み方である。

 元となる酒の原料がかなり強いので、そのまま飲むと喉が焼けるのだ。

 ドラゴンの血にある毒素を滋味に変えるほどの酒精、と考えると、わかりやすいかもしれない。


「十日で毒素は抜ける。それならとっくに過ぎているからね」


「熟成は足りないな」


「いいじゃないか。酒は女性と似ている。人生を味わった深みのある女性の味は素晴らしいが、穢れを知らない無垢な少女を楽しむのも一興だよ」


「いやらしい言い方をするな」


 プラリネは給仕のメイドに、竜酒を持ってくるよう命じる。


「イリオ嬢も飲んでいくよね?」


「いえ、私は帰ってから仕事がありますので」


「酔った君の姿も見てみたいな」


「いやらしい目で人のメイドを見るな」


 一応目上の者に勧められたので、「ジュース割りなら」という条件付で、イリオも少しだけ頂くことにする。

 竜酒も滅多に飲めるものではないので、人生で何度あるかわからないこの機会を逃したくない。やはり味わっておきたいとは思う。


 運ばれてきた小さな瓶は、二つある。


「ロゼット嬢が言っていたんだ。血を採った部位によって味が変わるらしい。試してみよう」


 蓋を開けると、薬湯のような独特の香りが広がる。

 まあ実際薬湯に近い成分は入っているので、あながち間違いではないが。


 熟成が進むと、この薬のような臭いが薄くなっていく。

 やはりまだまだ若い酒だということだ。


 新しいグラスもやってきた。

 アイスの前には二つのグラスが並ぶ。葡萄酒を注ぎ、それぞれに二つの竜酒の原液を少し足す。イリオには柑橘系のジュースで、そこにも足す。


 そして最後に、プラリネは自分の葡萄酒に注ぎ足した。


「どれ」


 アイスは二種類の竜酒を飲み比べてみた。


「……悪くないな」


 というか、元々の葡萄酒が良いものだっただけに、竜酒が若干負けている気がする。薬っぽい香りは嫌いじゃないので気にならないが、葡萄酒の方が強い印象が残る。


 これはこれで、悪くない。


「ほう……さながらこちらは晴れやかな花売りの少女。さわやかな笑顔が見る者の心さえ温めてくれる」


「いやらしい幻覚を見るな」


「対するこちらは、危うさを帯びた少女。まだ闇の怖さを知らず、しかし見えない刺激に心が躍り、夜遊びを憶え始める……」


「いやらしい幻覚を見るな」


「イリオ嬢はどうかな? 何が見える?」


「いやらしい幻覚を見ている前提で話を振るな」


「うーん……こっちは普通に美味しいですね。香りが混ざり合って独特の風味が残りますが。ちゃんとお酒って感じもしますし」


「いやらしい寸評をするな」


「えっ」


 どれ、と、人の飲み差しであることなど気にもせず、プラリネはイリオの前の飲み物に手を伸ばし、無遠慮に喉を鳴らした。


「あ、なるほど。さわやかでいいね。女性が喜びそうだ」


「いやらしい喜ばせ方をするな」


「そうですね。口当たりはジュースのまま、でも酒精はちゃんとありますし。私は好きですよ」


「いやらしい喜び方をするな」


「アイス様さっきから何言ってるの」


 専属メイドにタメ口で突っ込まれた。冷たい眼差し付きで。


 誰も何も言ってくれないから意地になって繰り返していたが、よくよく考えればこだわる理由はなかった。


「そうか……こいつで酔わせればあの娘も……」


「いやらしい使い方をするな」


 こだわる理由はないが、言う理由はちゃんとある気がする。





 「泊まっていけばいいのに」と言ういやらしいプラリネの誘いを断り、少しだけいやらしい竜酒を分けてもらい、国に帰るのだった。






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